三十、アサシン・オブ・ユートピア


「ルゥシィ!!」


「レインくん、一度離れて!!」


 私は体を張って必死に兄を抑えている彼のもとへ急ぎ駆け寄ると、彼が離れた隙をついて黒と白二対の刀で舞うように剣撃を放ち、数合撃ち合いを重ね一度距離を取る。


「レインくん、大丈夫? あまり無茶したらダメだよ!!」


「大丈夫だ、この《聖域》にいる間は、多少の無茶くらいしても問題ない」


「そういう、問題じゃないんだけど? すごい辛そうだよ?」


 彼のスキルのおかげで驚くほど身体が軽い、まるで羽が生えたように——これが、レインくんの力。優しくて暖かい力。でも、これだけの力を、ましてや開花させたばかりでそんなに長く維持できるとは思えない。そして彼のことだから、きっと既に限界を超えている事だろう。


「レインくん? スキルを一度解除して」


「なぜだ!? 俺なら心配するな、やっと役に立てるように————」


「一緒に戦って欲しいから、私一人じゃお兄さんを止められない」


「だったら、尚更!!」


「いざという時に倒れられたら、誰が私を守ってくれるのかなぁ?」


「————そ、それは。わかった、だが俺も一緒に戦うからな」


「うん、頼りにしてる」


 彼は、少し困ったように眉間にシワを寄せたが、大人しく頷いてくれた。空間を覆っていた白銀の光が収束し、彼のもとへと戻っていく。

 じっとりと額に汗を流し、肩で息をしているその姿を見る限り、相当に無茶をしていた事が見て取れる。なぜ、男の子というのはこうも意地を張るのか。ただ、今はそんな彼の事が同時に愛おしくも思え。


「————」


「兄さん……いい加減、目を覚ませよ!! 俺の事も全部忘れたってのか!?」


「……」


 彼の言葉に、反応しているのかどうか、顔まで覆った鎧のおかげで全く表情が読み取れない。彼の兄はアレックスくんのように、暴走するわけでもなく、ただじっとこちらの様子を伺いながら剣を握り、立ち尽くしている。


 一見無防備にも見えるが、そこに隙は一切存在しない。一歩でも間合いに入り込めばその瞬間、斬り刻まれる。彼があのように組み付く事が出来ていたのは、シャーロットさんの力とあの環境があってこそ、あるいは————


 微動だにしない彼の兄。しかし、その瞳は確実に私を見据えていた。私にはわかる、待っているのだ。自分に敵意を向ける相手、存在するための理由。戦いこそがこの人の全て。


「レインくん、二人でお兄さんを取り戻そう。今度こそ」

「あぁ、もちろんだ」


 私達は互いに見つめ合い、頷き合う。私達の敵意を察して彼の兄が、手にした剣を再び構え直す。


「レインくん、もし援護出来たらお願いしてもいいかな? でも、無茶はしないで」


「任せろ!! 無茶もする、お前ばかりにいい格好はさせられない」


「ふふ、そうだねっ」


 誰かとわかり合うのがこんなにも心地いいなんて、今から死地に飛び込むとは思えない程、心が軽い。戦闘系と告げられ絶望した。だけど今は、彼と共にこの場所にいて私自身が戦えている事に喜びすら感じてしまっている。

 ずっと続けばいいとすら、感じてしまう私は、やはり戦闘系の血が流れているのだろう。






————これが、彼と共に戦う“最初で最後”だから。私達の道はきっと、繋がってはいないから。






 刃と刃が激しくぶつかり、甲高い音と共に無数の火花が舞い散る。

 私は二振りの刀を使い白と黒の閃光を描きながら、同時に攻撃を繰り出す。しかし、その尽くを、滑らかな身のこなしで、弾かれ、かわされ、滑り込むように二対の剣撃をすり抜け私の懐へと入り込み。

すかさず私は、影の幻影で虚を突こうとするが死角に入り込んだ私を躊躇なく狙い定めて来る。


 この勝負を初めて、どのくらい時間がたっただろうか。一向に攻めきれない私は徐々に疲労を感じ始めていた。


 実際何度か致命傷を貰いかけている。しかし、その都度、彼が私の傷口を効率的に離れた距離から治癒を施してくれている為、未だにこうして戦えているのだ。


 彼もまた共に戦いたいという一心で、自身の力を昇華させていた。先ほどのような大規模な空間を展開するわけではなく、動き回る私の傷口だけに力を集中させて治癒を施しているのだから、常人では計り知れない程の精神力と集中力が必要なはず。

 しかし、彼もまた顔色を見る限り限界が近いのも事実。何か糸口を掴まなければ私達は負ける。


そして、何より恐ろしいのは彼の兄が、未だになんのスキルも使う素振りも見せないという事だ。この人は純粋な剣技のみで、私達と渡り合っている。


 心のどこかで、シャーロットちゃんが加勢に来てくれないかなどと甘い考えもよぎった。しかし、遠目に彼女がアレックスくんと交戦しているのがわかる。

 あれだけ私を圧倒した彼と一歩も引く事なく渡り合っているのだ。そんな彼女が倒せなかったこの人を私が倒せるのだろうか。積もる疲労と苛立ちは焦燥を生み、後ろ向きな考えを芽生させる。


「一瞬でも足止めできればいいのにっ」


「ルゥシィ、俺に考えがある! もう少し待ってくれ」


「うん! ありがとう」


 彼も必死に考えているのだ。後ろ向きな考えではなくこの状況を覆す何かを考えないと。しかし、そんな余裕は与えないとばかりに苛烈な攻撃が繰り広げられる。


 私は、影の幻影を駆使しながら、“二人”同時に攻撃を仕掛ける、だが、彼の兄は確実に本体の私を攻撃してくるのだ。


「なんでわかるの?!」


「————」


 もちろん、そんな問いに丁寧な答えなど返って来る筈もない。ただ、この人はわかっている、感じているのだ。私という存在を————


 この人を倒すには、鎧に覆われた“腕輪”その力を無くさなければ意味がない。攻撃をかわすのがやっとの状態で、鎧を外して腕輪をなんとかするなんて出来っこない。


「どうしたらいいって言うの——っ」


「ルゥシィ!? 大丈夫か!」


「大丈夫!! レインくんは策に集中して!」


 一瞬、思考が鈍った。その隙を突かれ腕に一太刀を浴びてしまったのだ。集中を欠けば命はない。


 私は、浮かぶ死のイメージに緊張感を再び高め、彼の兄と刀を交える。二本の刀を交差させ真正面からの剣撃を受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。


考えるんだ、なぜ私は——お父さんは腕輪の力を無効化できたの? どんな方法を使って。


思い出せ……“ルゥシフィル”の感覚、魂を吸収する腕輪、心を支配する腕輪の力。支配された心はどこへいくの? 腕輪が吸収するのはスキルを使用するために必要な魂とロゼさんが言っていた。


人間として、生きてきた人格は一体どこへ。


頭をよぎるのは心の中で見た光景。透明な壁に黒い世界——あの黒い力は本当にルゥシフィルのもの? この力を使ってわかった事がある、確かに影を操るこの力は暗い印象を与えるが、イメージをするならば、それは“闇”ではなく“夜”だ。静かで寂しさの漂う、だけど、心地良い安息の宵闇。


だけど、あの“黒い世界”から感じたのは——闇だった。


あの“透明な壁”はお父さんが作ったシステム? でもあれは、あの時に——ぁ。


確かに掴んだ、自分の中で見つけた一つの答え。だが私は、その一瞬に文字通り足元をすくわれる。


「————!?」


鍔迫り合いに押し負けた私は、後方にバックステップをとり損ね足を取られた。そのまま間抜けに尻餅をつく形で背後へと倒れ込み。


 鋭い刺突が私の胸を貫く————反応、できない。


「させるかぁ!! 《聖域・罪過を縛る聖鎖ギルティジェイル》」


 私の目の前には、布一枚隔てた位置でピタリと停止した剣身。ゴクリと固唾を呑み、視線を向ければそこには、鉄同士が軋む音と共に地面から伸びた白銀に輝くの無数の鎖が絡みついていた。


あと一秒遅ければ、私は————今は考えている場合ではない。それよりも、このチャンスを生かさないと。


「すまない!! ルゥシィ、あまり……長くは」


「ありがとう、レインくん!!」


 私は漆黒の刀を納め、刀身に白い光を纏う刀を握りしめ彼の兄へと向き合う。


「外見に囚われちゃダメ——見るのは、ルークさんの心」


 私は、意識を集中させる為、軽く瞳を閉じる。彼が作ってくれたこの時間、決して無駄には出来ない。


 手の内に顕現しているスキルの力と一体になるように、この刀は私の魂が形を成したもの——これは破魔の力。この力と一体になる。体の隅々を巡り、全身の細胞を呼び起こしながら力の根幹に触れていく。






————心桜しおんおまえは私達一族の光になるんだよ。





 優しい男の人声……今のは、誰————






 全身を覆うように純白の光が身体の奥底から溢れ出して来る。そしてその力を瞳の奥に集中させ、ゆっくりと瞼を開く。


「見えた——ルークさんの魂、黒い……世界」


 私は、刀に意識を集中させ今願う形を顕現させる。それは、淡い光を纏い透き通る半透明の刀身。


「今、解放します《桜花破魔ノ太刀おうかはまのたち透桜すざくら》」


「ルゥ、シィ……すまな、いっ、これ以上は——」


 彼の力も限界が近く、白銀の鎖が徐々に弾け拘束を解いていく。彼の兄は鎖を振り解きながら凄まじい気迫を放ち剣を力強く地面へと突き刺した。


「————!!」


 地面に突き刺された剣から橙色の光が放たれ部屋全体が激しく揺れ動き、床に激しい亀裂が走る。


「これは!!」


「ルークさんのスキル?! なんて力! これじゃあ建物ごと壊れちゃう」


 私は、刀の柄を握りしめ進み出ようとするが、激しい揺れと、放出される力の影響で近づくことが出来ない。


「あと、一歩、なのにっ」


 その時、凄まじい勢いで飛来した一本の大剣が彼の兄と、その手にある剣を弾き飛ばした。


「させぬよ、ルーク・エバンス。いけルゥシフィル」


「シャーロットちゃん!! うん!! ありがとう」


「王女殿下だ、馬鹿者が」


 千載一遇の好機、これを逃せばもう次はない!! 

私は刀を握りしめ、力強く一歩を踏み出しその心臓部——魂を縛り付ける“黒の世界”を払うべく透き通る刀身を突き出し。


「——っく!!」


 しかし、寸前のところで首の付け根と柄を抑えられ、あと一歩——切っ先が届かない。



「諦めるなぁああ————」



 瞬間、叫び声と共にその背後から飛び込んできたのは。


「レインくん!!」


 彼は、助走をつけ思い切り兄の背中へと渾身のドロップキックを放った。その勢いに負けた身体は前のめりに倒れ込み、半透明の刀身がその胸を貫く。


「——————!?」


「レインくんっ、意外と大胆————!!」


 彼の行動に一瞬驚きはしたが、おかげで一歩が届いた。打ち合わせも何もしていないのに、彼は私を信じてルークさんの命を預けてくれた。


 そして、私は自身の中に眠る力を最大限引き出して刀を通し、ルークさんの中へ注ぎ込む様に解放する。刀から陽光色の光が溢れ出し、内側からルークさんを包み込む様に膨らんでいく。

 この時、私の目には、はっきりと見えていた。ルークさんの中から“黒い世界”が剥がれ落ち、鮮やかな色を取り戻していく姿が。


 膨張した光はやがて、ルークさんを中心に周囲へと弾け飛び光の粒子となって辺りに降り注ぐ。


 陽光色の明かりに照らされ、光の粒が落ちゆく様は、まるで木漏れ日の下に降り積もる、花弁のようであった。


 私はゆっくりと半透明の刀身をルークさんから引き抜く、この刀が傷を追わせる事はない。この刀が斬るのは淀んだ闇の力だけ。

 ルークさんの鎧にヒビが入り、その表情と姿が顕になっていく。茶褐色の短髪に穏やかな顔つきのルークさんは、レインくんとは正反対な顔つきではあるが、やはりどこと無く面影を感じる。


「兄さん————」

「ルーク・エバンス!!」


レインくんとシャーロットちゃんが同時に駆け寄り、ルークさんを囲むように寄り添い。私がふと視線を向けた先、ルークさんの手首に嵌められていた腕輪が粉々に砕けて剥がれ落ちた。


「何、幸せそうに寝てるんだよ————バカ兄貴が」


「全くだ、人の気も知らずに……馬鹿者め」


 二人とも悪態はついているが、その瞳には大粒の涙を溜めていて。二人に抱えられるルークさんは遊び疲れて眠る子供のように安らかな寝息を立てていた。






□■□■□






 程なくして私達は、シャーロットちゃんによって気絶させられていたアレックスくんを同じように腕輪の支配から解放すると同時にレインくんの力によって傷を癒す。しかし、彼に限っては問題も残り。


「落ち着いたみたいだね、よく寝てる」


「起きていきなり暴れ出したりしないだろうな?」


「それは、ないであろうよ。記憶と感情を取り戻すのに恐らく数ヶ月から一年はかかる、それはルークとて同じ……彼奴の場合は更にかかるかもしれない」


 どこか、物悲しげに視線を落とすが今は悲観に暮れるよりも、やるべき事があると皆、気を持ち直す。


「それよりも、これ治らないね?」


「本人が記憶と自我を取り戻したら泣くだろうな」


「まぁ、生きづらい事は確かよの」


 アレックスくんは複数のスキル、私と違い魂ではなく能力だけを強制的に植え込まれており、そればかりはどうしようも出来ず。特に問題を引き起こしたのが『獣人』という特殊な天職。

そのスキルであると思われる“獣化”の影響で、腕輪の支配から解放されて尚、獣の耳と尻尾は残るという問題を彼は抱えてしまった。私としてはむしろ大歓迎だが、彼の気持ちになってみれば居た堪れない。狼人間なのだ、そう考えると笑えない。


「王女、あんたは腕輪を解放してよかったのか? 国のルールでは」


「今回は特例として余が押し通す。現に戦闘系である余も腕輪をしておらぬしな」


「シャーロットちゃんが戦闘系って事は……」


「余の母上がそうであったのだ、前国王であった父上は戦闘系であった母に心奪われ、余が生まれた」


 シャーロットちゃんは、懐かしい顔を思い浮かべるように遠くを見据え、でも、その瞳に宿るのは深い悲しみの色。


「この腕輪による支配が始まって数十年、国々は互いに条約を締結し戦闘系における取り決めを行った。しかし、母に心を奪われ、戦闘系の娘を持ってしまった父上は、世界に抗おうとしていたのだ。ルゥシフィル、其方の父のようにな」


 私達はシャーロットちゃんの話に耳を傾けながら、その足は自然と、娘の為命を賭し、もう二度と覚める事のない眠りについた勇敢な人、クロイド・リーベルシアの元へと向かい。


「お父さん、本当にありがとう」

「……」


 私は、膝をつき、改めて冷たくなってしまった父の手を握りながら静かに涙を流す。彼は、そっと私の隣に座り何も言わず寄り添ってくれた。


「あの男ロズワルドは虎視淡々と国王の座を狙っておった、故に父上を秘密裏に暗殺させたのだろう。しかし、余は父上の思いを引き継ぎ戦闘系の者達が疎外される事のない国を作る為、数名の信頼できる協力者の元、研究を続けさせていた。それが」


「……お父さん」


「そうだ、リーベルシアは娘の為になるならと、協力を惜しまなかった。そしてもう一人余の思いに賛同し秘密裏に動いておったのが、エバンス——其方の父だ」


「————父さんが?」


「あぁ、そしてエバンスはまだ生きておる。この国にはおらぬがな」


「————」


 彼は告げられた事実に、一瞬驚きを見せたが、その後どうという反応を示す事は無かった。彼なりに思うところもあるのだろう。


「そして、其方の兄ルーク・エバンスは、腕輪の支配を受けながらも尚、強靭な精神力で自我を保ち父上がこの世を去った後、ひっそりと余に戦い方を教え、ロズワルドの手の物から余を守ってくれていた」


 親愛を込めた瞳で、今も横たわるルークへと視線を向けるシャーロットちゃんは、どこかその表情を真剣なものへと変え、私達の元から数歩後ずさる。



「エバンス、其方ら親子に余は恩義を感じている。故にこれもまた本意ではないのだ」


「おい、それはどういう————」

「王女殿下と逆賊を発見!! 直ちに包囲せよ————」


 突如けたたましい叫び声と共に武装した大勢の人間が流れ込み、私と彼を包囲して押さえ込んだ。


「王女殿下!! お怪我はございませんか!!」

「案ずるな、騒々しい。もっと静かに出来ぬのか、見計ったように出てきおって」


「おい、王女!! これは一体、どういう事だ?! 離せっ、このっ」

「王女殿下になんたる不敬を! このガキが!!」


 彼は目を剥き出しにしながら叫び声を上げ、しかし、抵抗も虚しく数人の力で無理やり黙らせられ。


「あまり、雑に扱うでない。その者らを余の前へ」


「はっ!!」


 彼と私は、腕と頭を抑えられたまま彼女の前へと連れていかれ跪かされ。彼は、怒りの形相で歯を剥き出しにしながら彼女を睨みつけ。


「そう睨むでない。これも仕方のない事、其方達は赤い髪の女を知っておるな?」


「だったらなんだ!! さっきまでの話は全部嘘だったのかよ」


「……あの女は革命軍、つまり全世界指名手配中のテロリストと言えば察しの良い其方の事だ少しは理解できるであろう?」


「————!?」


「今頃、本人と其方らと共に来た友も包囲されておる頃だ」


「エリシア達もか!? あいつらは関係ない! 俺が全部一人で考えて、だから全ては俺の——」


「事はそう簡単ではない、其方達は国家の敵であるテロリストと共謀し政府の最重要機関へ侵入した、これだけで極刑は免れ得ぬ」


「そんな、俺たちは、ただ」


 彼は愕然とうなだれ、唇を噛みしめながら力強く握りしめた拳を床へと叩きつける。そして彼女は私の方へと向き直り、不適に笑みを浮かべながら告げた。


「しかし、余も鬼ではない、其方らに恩を感じておる事も事実。そこでだ、ルゥシフィル・リーベルシアよ其方が余に忠誠を誓い、その生涯を余の右腕として捧げる事をこの場で宣言するならば、此奴らには寛大な措置を与えん事もない」


 静かに私を見つめる、淡いルビーのような瞳を見つめ返した私は、彼の方へと向き直り。


「レインくん、お願いがあるんだけど」


「やめろ、お前が犠牲になっても俺たちは——」


「エリシアのことお願い? あの子、ああ見えて本当はすごく臆病で泣き虫だから、守ってあげて」


「あいつが、そんな事納得するわけないだろう!! お前が残るなら俺も——」


「あとね、ロゼさんにもちゃんとお礼を伝えて欲しい、それと巻き込んでごめんなさいって」


「ルゥシィ!! 俺は、俺たちは仲間だろう?! お前だけがここに残って、何されるかわからないんだぞ!!」


「大丈夫、私結構タフだから」



 私は彼に微笑みで返すと、彼女の前に進み出て膝をおり首を垂れる。


「私は、シャーロット王女殿下に忠誠を誓い、この生涯を殿下の剣としてお捧げする事をここに宣言します」


「……聞き入れた。余が王女の名を持って命ずる、レイン・エバンス及びエリシア・ブラウン両二名をテロリストとの共謀による国家反逆罪により、国外追放とする。我が国に潜伏中である指名手配犯ロゼ・カーミラは、捕らえ次第連行するように」


 王女は堂々たる姿で、自らの決定を全員に告げ知らせると彼のもとへ歩より。


「——許せ。この者を連れ出すのだ」


「「「はっ!!」」」


 そっと耳打ちをするように言葉をかけたあと、彼は引きずられその場から連れ出されていく。


「ルゥシィ!! 待っていてくれ!! 必ず、必ず迎えに————」


 私は心から彼に微笑んで見せた。私にほんの一瞬でも、人を好きになる喜びを与えてくれたあなたに感謝を込めて、そして、もしできる事なら。


「この道には、足を踏み入れないで欲しい。レインくん、あなたは普通に生きて——幸せに、なって」







 彼は、連行されて行き、私は一人その場に佇んでいた。やがて、怪我人、遺体の搬送などが終わりその場から人々は姿を消し。


「余からの申し出とは言え、本当によかったのか? ルゥシフィルよ」


 その場に残っていたのは私とシャーロットちゃん二人きりで、彼女は痛ましそうに私の表情を覗き込んでくる。


「うん、エリシアには本当に申し訳ないと思うけれど、きっとこれが一番いい形だと思うから、シャーロットちゃんもごめんね、難しい立場なのに」


「だから、王女殿下と……もう良い、好きに呼ぶがいい。其方達を余の力で庇いだてするのはこれが限度だ。知っての通り、我が国の内政は一枚岩では無い。無罪放免と言うわけにもいかなくてな」


 彼女はその言葉に悔しさを滲ませながら歯がみし、視線を下げる。私達のやってしまった事はそれほどまでに危険で無謀な事だったのだ。幼さや、無知などと言う弁解が通る程世の中は甘く無いのだろう。


「だが、ルゥシフィル、其方も彼奴と共に生きる道もあったのでは無いか? 彼奴の事だ、其方の事を諦めるとは思えないがな」


「そうかなぁ。でも、そうじゃ無い事を祈りたいなぁ……私がいたら、きっと戦う選択肢意外レインくんやエリシアに選ばせてあげられないから、もし、自由に選べる場所があって、二人が戦わない運命を選んでくれるならそれが一番嬉しい。でも、私は今回の事で色々とね? 線を越えちゃってるからさ、もう同じ道は歩けないよ」


「……すまない、余が不甲斐ないばかりに」


「シャーロットちゃんが謝る事じゃ無いって、むしろ感謝してるくらいだよ。私に生きる意味と、居場所を用意してくれた」


「其方の力が必要だ、ルゥシフィル。改めて頼む、余と共にこの国を変える為、戦ってくれるか」


 彼女は神妙な面持ちで、私を見据え。そして王族としての矜恃を全て投げ払い、私に頭を下げた。


「やめてよ、シャーロットちゃん! 王女が簡単に頭なんて下げちゃダメだよ! でも、ありがとう。一緒に戦おう? この国に住む皆が笑顔で暮らせるようになるまで」



 私は彼女に微笑みを浮かべながら、手を差し出す。彼女もその手を握り返し私達は共に戦う事をここに誓い合ったのだった。


 そして、翌日、シャーロットちゃんから私は知らせを受ける。国外追放の二人組と革命軍の一人が共謀し、国外へ逃げ遂せたと。



————さようなら、レインくん、エリシア。本当に、ありがとう。






□■□■□






 あの日から、二年の歳月が流れ。



 あの時のことは、二年経った今でも、昨日の事のように思い出せる。二人は元気にしているだろうか。平和な日常を送ってくれている事を願わない日はない。


 そして私は今日も、鏡の前から一日が始まる。


「よし、今日もバッチリ? かわゆぃんじゃないかな?」


 鏡の前に写るのは、桜色の鮮やかな髪を腰までなびかせるスレンダーな美少女。蒼穹を閉じ込めたようなライトブルーの瞳に、うるっとした小ぶりな唇。

 タイトな黒いスカートを身につけ、あまり好きではないが記章のついた黒いジャケットを着込む。最初に渡された“軍服”があまりにも可愛く無かったから、異議を申し立てまくって特注していただいた。

 私が思うに、女子力とは可愛さだ。そして今日も私の女子力は全開です。


「大佐!! リーベルシア大佐、失礼します!! 女王陛下がお呼びです」


 扉をノックする音と共に私の執務室へと入ってきたのは深く帽子を被り、しかし隠し切れていない獣耳をピクピクとハタつかせ、ふさふさの尻尾をたらした一人の青年。


「おはよう! アレックス中佐、とりあえずこちらへきたまえ」

「ぇ、い、いや僕は……その」


 私は、ニヤリと広角を釣り上げ軽く手招きをする。そして、ビクビクと顔を引きつらせながらも階級に逆らえない彼は。


「ぁあ、たまらないっ! このモフモフ、これがないと朝が始まらないよねぇ」


「ちょっ、やめてよ!! ルゥシィ!? 尻尾はダメ! ダメだってばぁあ————」


「ふむ、余は満足じゃ」


「酷いよルゥシィ——」


 アレックスくんは、あれから数週間寝たきりだったけど、目覚めてからは比較的意識の回復は早かった。でも、無理やり“獣化”と言う本来ならその天職に不適合なスキルを強制的に植え付け発動した後遺症で、狼の耳と尻尾は元に戻らなくなってしまい。


「ひと昔前は、淡い恋心を抱いていた彼も今では、愛玩動物へと成り果ててしまったのである」


「心の声が漏れているよ?! 全く、僕だって好きでこんな風になったんじゃないって言うのに」


 彼は再び可愛らしいキャスケットの帽子を深く被ると、尻尾を背中に仕舞い込み私の方へと向き直る。


「でも、士官学校の女子生徒には大人気らしいよ? アレックスくん」


「事実を知っている大半は気味悪がって近づきもしないけどね?!」


 彼もまた、心の傷が完全に癒えている訳ではないが彼なりに前を向うと必死で努力しているのだ。


「それより、女王陛下がお呼びですよ? 大佐?」


「もう、それ二人の時はやめてよね? 未だにくすぐったいんだから」


「そうかな? 似合ってると思うよ? リーベルシア大佐」


「後で、またモフってやるんだからね?」


 などと、何気ないやり取りを終え、私は彼女の待つ部屋へと足を運ぶ。


「失礼いたします、シャーロット女王陛下。ルゥシフィル・リーベルシアです」


「入れ」


「はっ」


 豪奢な扉を開き、足を踏み入れると忙しそうに公務をこなす彼女の姿があった。女王に即位してからというもの、その雰囲気は以前よりも遥かに貫禄が増している。


 私は背筋をピンと張り、規則正しい足取りで彼女の前まで進み一礼をする。


「案ずるな、其方意外は誰もおらぬ」


 一言、声をかけられた瞬間、全身から力が抜け。


「シャーロットちゃん、それならそうと早く言ってよぉ? すごく疲れるんだから」


「相変わらずよのルゥシィ? いい加減に慣れろ、そして女王の前で疲れるのは世界共通だ」


「シャーロットちゃんのいじわる、あれからルークさんの調子はどう?」


「まあまあ、というところかの。日常生活に支障はないが、はっきりとした記憶が戻らないようだ」


「そっかぁ、早く戻るといいんだけど」


「どうかの、思い出さなければ良い事も多くある————世間話をする為に呼んだ訳では無いのだ、奴ら革命軍に不穏な動きがあるようでな? 領土内での目撃情報が上がってきておる、悪いが部隊を連れて急ぎ向かってもらえぬか?」


「……わかった、すぐに出発するね!!」


「……ああ、頼んだ」


 今までも、何度となくあった革命軍絡みの任務——その度に、彼の顔が頭をよぎる。いないで欲しい。そう思う反面、私はどこかで再開する事を待ち望んでいるような気もしていて。






□■□■□






 外から見る故郷の景色がこんなにも、寂しくちっぽけな物だったなんて俺は、知らなかった。


 大きな運河に囲まれたエリシャ王国は外界との情報を断絶するかのように巨大な壁に覆われている。自由に出入りする事は許されない、そもそも国外へ出ようなどと言う概念すら、あの中で暮らしている人間は思わないだろう。ここだけでは無い、この世界にある国々は全て、俺の目には歪にしか映らなかった。見せかけのユートピア————偽物の平和だ。


「こんな所で黄昏ちゃって、どしたの? ルゥシィに会えるのが嬉しくてたまらないとか?」


「エリシア、揶揄うのはよせ。それはお前の方だろ?」


 俺たちは今、黒い外套を見に纏い、世界地図を剣で貫いているエンブレムを胸に施し、故郷であるエリシャ王国を見据えていた。


「あたしは勿論楽しみに決まってるじゃない? それじゃ、囚われのお姫様を助けにいくとしますか」


「あぁ、そうするとしよう」


 俺たちは、故郷を見据えながら、胸に宿した想いを熱く滾らせその足を進めていく。


「囲まれているな——」


「そうみたいね? 軽く準備運動しますか」


「油断するなよ」


 茂みからこちらに狙いを定めている気配を感じ取った俺たちは背を向けあい周囲に警戒を巡らせ。


瞬間、周囲の木々や茂みの間から連射式の魔装銃を装備した黒い軍服の男達がこちらに向け一斉に射撃を開始————


「ふん、問答無用か? 相変わらずだな《聖域・聖なる大楯》」


俺たちを中心に白銀の壁が周囲に展開され、弾丸の尽くを弾き落としていく。


「ルルガ、エルガ!! 蹴散らしちゃって」


 エリシアの掛け声と共に、同じく茂みから突如姿を現した漆黒の獣が二匹、牙を剥き出し唸りながら次々と武装した男達を襲っていく。


「ぁ、ああああ!! ぁ——————」


 俺の背後から自棄になった男が魔装銃を乱射しながら、強襲を仕掛けて。だが俺はすぐに、両肩、両膝にホルスターから抜いた二丁の魔装銃を使って四発の弾丸を見舞い、行動不能にする。


 その後も、正確に敵の四肢を撃ち抜き行動不能にしていく。


「相変わらず容赦ないね? その人達、もう真面に生活できないかもよ?」


「命があるだけましだろう、俺たちは人殺しではないからな」


 十数人の部隊は五分と持たず俺とエリシアの二人に殲滅させられた。


「エルガ、ルルガお利口さんだねぇ、偉いよぉ」


「「ワフッ」」


「そいつらに弄ばれるのも、相当な苦痛だと思うがな?」


 そして、俺たちは再びエリシャ王国に向けその足を進めようとした、瞬間————


「誰か来る、警戒しろよ……相当な相手だ」

「うん、ビリビリする感じ——二人かな」


 それは遠目に見てもその力量を感じ取れるほどのプレッシャーを放っており、俺たちは身構えたままゆっくりと近づいてくる二人組を迎え撃つべく、警戒を最大限に強め。


「ちょっと、レイン? あれってまさか」


「あぁ、間違いない————」


 以前よりも伸びた桜色の長い髪を風になびかせ、腰には一振りの刀を携えたその姿は、見間違えるはずもない。隣を歩くのはブロンドの髪に獣の耳を生やした青年。


「ルウィシィ、それとアレックスか」


 彼女は俺たちの姿を見て一瞬その目を大きく見開いた。しかし、毅然と歩みを進め俺たちの前に立つ。


「ルゥシィ!! ルゥシィだっ! やっと、やっと会えた」


 エリシアは喜びに舞い上がり、歩いてきたルゥシィのもとへと駆け寄り。


「こないで、エリシア」


「ぇ? ルゥシィ、どうして————」


 彼女はどこか、悲しみと痛みを伴ったようにその瞳を揺らしながら俺たちを見据え。


「できる事なら、この道には……きて欲しくなかった、そう願ってた」


 彼女の反応が予想外だったのだろう、エリシアは愕然としてその姿を見つめている。


「久しぶりだな」


「うん」


「一つ聞いてもいいか?」


「……」








「……俺と、この国を出るか?」



「レインくん……」



「俺たちと一緒に行こう——そして」



「俺たちの場所、この世界から奪い取るぞ」



 彼女は、沈黙し顔を俯けた。そして、腰に携えた刀を抜きこちらへと向ける。



「————ごめん、あり得ない」



「そうか、残念だ」



 俺たちは互いに銃口と切っ先を向けあい、最後の言葉を交わし合った。


 

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暗殺者として可愛く生きるにはどうしたらいいですか?〜理不尽極まりない理由でアサシンにされた私は、とりあえず世界に喧嘩を売ります〜 シロノクマ @kuma1234

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