四、一時の休息、嵐の前の静けさ
今、私は鏡の前にいる。タンスから引っ張り出して来た、少し地味な色をした大きめのワンピース。そして深い帽子にメガネとマスク。
——完璧! 私の溢れ出る可愛さもこれで少しは抑えられたはず!! どこからどう見ても普通の。
「……怪しいな、どう見ても変質者だ」
「やっぱり? でもレインくん? こんな可愛い女の子に変質者はないんじゃ無いかなぁ?」
「……ぅわ」
「な、なな、なによっ?!」
「……別に」
わかっている、自覚はある。自分で可愛いなどとほざく事がイタイ事など重々承知している、だけど仕方がないじゃ無いか、可愛いのだから。
昨日、聞いた事が事実なのかはわからない。でもこのままずっと引きこもっているわけにもいかない。
だから、一先ずレインくんはいつも通り学校に行き、私は変装して家の様子や街の様子を見に行こうと決断したのだ。
「……本当に行くのか? もう少し熱りが冷めるのを待った方が」
「うん、確かにその通りだと思う。正直これから私がどうして行くべきか、全然わからない……だけど、だからこそ、私は現実を見に行きたい、じゃないと、どうしても甘い考えに走っちゃいそうだから」
「……そうか、無理すんなよ」
「大丈夫、なんか天職を聞かされてからいつもより身体が軽いって言うか、昨日も信じられないくらい早く走れたし、逃げるくらいは出来ると思う! それに、昨日レインくんが教えてくれた事も自分の目で確かめてみたいし」
——昨日、レインくんが私に話してくれた事。
「この国は……戦闘系の人間を消し去っている」
「ぇ? どう言う事? 消すって」
どこか表情に陰りを見せるレイン、その意味深な言葉に目を丸くする私を静かに見返すと彼は真剣な面持ちで応えた。
「突然消えたんだ、何の痕跡もなく」
「お兄さんのこと?」
「……」
強く拳を握り込む彼の姿から、それは肯定であると捉えた。
そして、同時にわかった……その事が、彼を変えてしまったのだと、あの写真立てに写っていた屈託のない笑顔を向ける少年から笑顔を奪い取ったのだと。
「……それだけじゃない、俺はこの数年、戦闘系の天職に選ばれた人間を数人観察していた」
「観察?」
「あぁ、出来る限り張り付いて過ごした、なにが起きているか確かめるために」
私が、なにも考えず呑気に過ごしている時に……彼は必死で、お兄さんを探してたんだ。
納得できなかった、お兄さんが突然いなくなった事に……それを否定できる自信があった。
「……兄さんは、酷く落ち込んでいたけど、それでも前向きに生きようとしていた」
「……」
「……だから、俺は約束したんだ、自分も頑張って戦闘系の天職を貰う、そして一緒に社会の役に立てる事証明しようって、今思えば馬鹿げてるよな、努力でどうにか出来る話じゃないのに」
「……」
——違いすぎる、私なんかと。行動は一緒でも、その思いも、背負っている覚悟も……私、恥ずかしい。
「ある日……兄さんは、母さんから買い物を頼まれ出て行ったきり、帰って来なかった、でも! 兄さんは約束を破る人じゃない! だから」
返す言葉なんて見つからない、私なんかの考えで彼の思いに安い言葉をかけるべきじゃない、そう思うと、ただ押し黙るしかなかった。
「……おかしいと感じたのは、その後だった、心配しているのは俺だけで父さんも母さんも兄さんを探そうとはしなかった。ただ二人とも難しい顔をするようになって」
「だから、一人で調べる事にしたんだね?」
「……あぁ、二人ともまともに取り合ってくれなかった、だから俺は腕輪組になった奴ら、特に『剣士』や『槍士』って噂を聞いた人間に張り付いた」
「その人達も、帰ってこなくなった」
「……それだけじゃない、誰もその事に疑問を持たないんだ、だから俺は思い切って張り付いていた家の家族に直接聞いた、なぜ探さないのかって」
「なんて、応えたの」
聞くのが怖い、もし……母や父が同じ事を、自分が居なくなった時同じ反応をしたら。
「そんな子はいない……ただ、それだけ言われて俺は追い返された」
「————」
「あれは忘れているとか……そう言う雰囲気じゃなかった、まるで無理やり無かった事にしているような」
ここに来て、ようやく現実が心に追い付いてくる。想像したくも無かった、甘いままにしておきたかったものが、心を酷く締め付ける。
「……大丈夫か」
「うん、ごめんね、レインくんもいっぱい辛い思いして頑張ってるのに……私」
「……謝ることじゃないだろ、辛いに決まってる」
「まだ、お前の両親が同じ反応をすると決まったわけじゃない。それにお前は立ち向かった、現実を否定して、一人で戦った。カッコ良かったぞ」
「レインくん」
「……悪い、あまり慣れてなくてな、まともな言葉が浮かばなかった」
「うんう、そんなことない……ありがとう」
「……放って置けなかった、だからお前が走って行くのを見かけた時、気がついたら追い掛けてたんだ」
「そっか、追っかけてくれたんだ」
「……お前早すぎて、全然追いつけなかったけどな?」
「ま、まぁ、あの時は必死だったから」
救われた、あの瞬間……親友にも見放され、世界中でひとりぼっちになったような気がしていたから。
そんな私を想って追いかけてくれた人がいてくれた事に。
「……俺より強そうだから、調査に協力してもらうと思ってな」
「返せ。今、私が抱いた感情を全て返せ」
「……何のことだ?」
「もういいです。助けられたのも事実だし? いいよ、私に出来ることがあるなら協力する、私自身もこれからどうして行くのか、向き合って決めないといけないから」
多少むくれたが、すぐに気持ちを切り替えて笑顔を向けると、不思議そうな表情を浮かべながらも納得したように頷く彼であった。
私は何を期待していたのか……今はそんな時じゃない、今の私は、崖っぷちに立っているのだから。
□■□■□
「……これ、俺が子供の頃に着てたやつ」
彼がゴソゴソと戸棚の奥から引っ張り出してきたのは、デニムとどこか幼さの漂うフードのついた上着。そっと渡されたその服をゲンナリと受け取り。
「ただでさえ、逃亡者のレッテル貼られている私がこの格好で見つかったら、もう色々と大変だよね……男の子のふりしてた方がバレにくいのかな」
とにかく文句は言ってられない、一時彼を部屋から出してそそくさと着替えを終え、鏡でチェック。
「んん? これはこれで? かわゆいんじゃないのかなぁ?」
鏡に映る姿は、ちょっとボーイッシュな女の子という感じで、やはり私の可愛さをこの程度で抑えることは不可能である。
「……ぅわ」
「そこ!! 勝手に覗かない!?」
鏡ごしにドアの隙間から、可哀想な視線を漂わせている顔が視界に入り思わず飛び退いた。
「……そろそろ、俺は行くが問題ないか?」
「ぁ、うん。大丈夫、気をつけてね?」
「……それは、お前の方だろう? 『デバイス』と『ステータスパス』を落としたんだったな?」
「そうなんだよね。パスはまぁいいんだけど『デバイス』がないと連絡が……でも、そのおかげで居場所バレてないのか」
面目ないと頭を描きながら苦笑いを浮かべるが、それはそれで不幸中の幸いと気持ちを前向きに切り替える。そんな様子をあまり表情のない瞳で見つめていた彼はポケットから取り出した少し古いデバイスを手渡し。
「これは、兄さんが使っていたやつだ、いざという時連絡がついた方がいい、持ってろ」
「ぁ、うん。ありがと、でもいいの? 大切なお兄さんの」
喉まで出かけた言葉を呑み込む、それではまるで死んでいるかのようだから。
「兄さんは生きてる、俺はそう確信している……気にするな」
「わかった、落とさないように大切にしまっとくね」
「バッテリーの魔力は充填した、問題なく使えるはずだ」
デバイスを起動すると四角い画面にぼんやりと光が浮かび上がり通信できる人物の名前が羅列される。
その中にレインの名前を確認すると、ズボンのポケットにしっかりとしまい込んだ。
「……気を付けろよ?」
「うん、じゃあ夕方」
「……あぁ」
制服姿の彼を見送った後、フードを深く被り……意を決して玄関の扉を開け放つ。
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