暗殺者として可愛く生きるにはどうしたらいいですか?〜理不尽極まりない理由でアサシンにされた私は、とりあえず世界に喧嘩を売ります〜

シロノクマ

一、人生の転機、それは最も望んでない形


 彼は私を見つめて言った。


「……俺と、この国を出るか?」


 群青色の髪に鋭い眼光の青年は、世界で一人ぼっちになってしまったのではないかと思っていた私に一番欲しかったものをくれた。


「レインくん……」


の場所、この世界から奪い取るぞ」


 これは、私と彼がこの平和でなんの問題もない。どうしようも無く理不尽な世界で。

 小さく、しかし、何よりも強い意志を持って世界に反旗を翻す。


 そんな物語。






□■□■□






 私の名前はルゥシフィル、皆からはルゥシィと呼ばれている。

 

 差し当たってお伝えするべき点としては、今この瞬間。人生で最大のピンチを迎えており。

 そして、十五歳の可愛らしい女の子である私が、全力で“逃走中”だと言うことだろう。




 私達が暮らしている『文明都市エリシャ王国』は魔術工学の発展により世界に豊かな文明社会をもたらした、最も大きな国のひとつである。


 そしてこの国では、十五歳になると『天職』と呼ばれる、持って生まれた才能を開花させる儀式が行われる。この天職によって将来どんな仕事につくか、どんな人生を送るのかがほぼ決まると言っても過言では無い。


 例えば。


 『祭祀』と言う天職を授けられた人間は、傷を癒したり、病を浄化させることが出来る。それは、天職固有の『スキル』を会得する事により、専門性に特化した力を得られる訳で。

 つまり、治療院の経営や政府直轄のお仕事など引く手数多。人生の成功が約束されている。

 『薬師』ならば、治療薬の開発。『錬成士』であれば、日常製品の生産から先進技術開発のための研究職など。

 

 この世界は、生まれ持った天職によって勝ち組と負け組が決まっているのだ。

 

 そして、天職には大きく戦闘系と非戦闘系の二種類に分けられ、戦闘系となった者の運命、それは。


 「追え!! そっちに逃げたぞ!!」

 「戦闘系の学生が一人“腕輪”の装着を拒んで逃走中! 至急応援を!」





 「なんで、なんでこんな。 私の人生は? 幸せな未来は?」





 魔王? 魔物? いつのおとぎ話ですか?





 戦闘系の役割? 仕事? あるわけないじゃないですか。 






————今、この国では犯罪もおきません、悪い人いません……超平和です。






□■□■□






 時を遡る事数時間。


 けたたましく鳴り響く目覚ましのベルに叩き起こされた私は、まだ薄暗い窓の光を覚めきっていない寝惚けた眼でぼんやりと見つめ。


「おはよぅございます……そして、おやすみなさい」


 再びまだ温もりの残る布団の中に身体を埋れさせて行く。二度寝、それは至福。


「ルゥシィ? 早く起きなさぁい」


 廊下から聞こえてくる母の声が夢見心地であった私の時間を再び現実へと引き戻す。


「むぅ、何人たりとも私の至福の時を邪魔する事はできないのです、そのために早起きしてるのにぃ」


「ルゥシィ? 今日は開花式でしょう? 早く起きないとエリシアちゃんが迎えにくるわよ?」


「ぁ、そうだった!」


 母の言葉に颯爽とベッドから飛び起きる。

 気持ちを切り替え忙しなく用意を整え、制服に着替えたら鏡の前で全身チェック。

 鏡からこちらを覗き込むのは愛嬌のあるアクアブルーの大きな瞳と、ふんわりツインテールに白いリボンを付けた桜色の髪を揺らす美少女。前髪にお気に入りのピンを付ければ。


「よしっ完璧、今日もかわゆぃ!」


 鏡に映り込んだ自分にニコリと微笑み笑顔の練習、私が思うに“女子力”とは可愛さだ。

 料理や裁縫ができなくたっていい、今日も私はバッチリ可愛い!


 身支度を整え、朝の優しい香りに包まれたリビングへと向かう。


「おはよぅ、お父さん、お母さん」


「あぁ、おはようルゥシィ、今日はいよいよ開花式だな」


「そうなのよ、なのにこの子ったら全然緊張感無いんだから」


 いつも通りの穏やかな笑顔を向けてくれる父、クロイド・リーベルシアは天職に『解析士』を持ち、国の情報管理? とにかく政府関連の仕事で情報の分析をやっている。


 そしてどこか困ったように肩を竦める母、オリビア・リーベルシアの天職は『園芸士』植物の状態を把握しコントロール出来る事から、自宅でささやかだが花屋を営んでいる。



「緊張するなぁ……私、戦闘系になったりしないよね?」


「大丈夫、ルゥシィは私たちの自慢の娘だからね? 間違っても腕輪組なんかになったりしないさ」

「あなた? その言い方、不謹慎ですよ?」


「おっと、すまない……そうだね、ルゥシィは心配しなくても非戦闘系の天職だよ」


「うん、そうだね! 悩むのやめたっ」


 大丈夫、この日のために毎日女子力(主に可愛く見える方法)を磨いてきたのだ、きっと女の子らしい素敵な天職に————


玄関からチャイムの音が室内に響き渡る。


「ぁ、エリシアだ! 急がなきゃ、行ってきまぁす」


「あらあら、エリシアちゃんによろしくねぇ」

「行ってらっしゃい、ルゥシィ」


「はーい」


 食べかけのパンを口に頬張ると勢いよく玄関へと向かう。


「「……」」


 この時の私は気が付けなかった、いや、普段から気づかないふりをしていたのかも知れない。暖かく穏やかな両親の瞳がどこか陰りと憂いを帯びていた事に。


「おはよう、エリシア」


 エリシア・ブラウンは裏表のない快活な女の子。私の親友だ。


「おはよっルゥシィ、今日もバッチリ決めてるねぇ?」


——当然! めっちゃ努力してるからね? 女子は日々が戦いだからね?


「そんな事ないよっ、今日は緊張していつもより気合い入っちゃってるかもだけど」


——いつも気合い入れてます、今日は増し増しです。


「彼女にしたい女子ナンバーワン様てのも楽じゃないんだね?」


「もぅ、やめてよエリシアっ、そんなんじゃないもん」


——長っかった、今日という日を迎えるために、女の子らしい天職のため、女子力磨き続けてきた私!


 エメラルドのような瞳を悪戯に細め、その栗色になびく長い髪の後ろに手を組み覗き込んでくるエリシア。

 化粧っ気も無い彼女だがその容姿は整い、誰とでも分け隔てなく関わる彼女の姿勢から男女共に好かれ高感度だけならば間違いなく学年一。


 何の気ない会話を繰り返しながら私たちの通う学園への道中、エリシアはいつも通学のついでと言って回り道をして迎えにきてくれて、そんな所からも彼女の人となりがうかがえる。


「ルゥシィは『聖女』とか『祭祀』とか、とんでもない天職になりそうだよねぇ? あたしなんて戦闘系にならないか冷や冷やだよ」


「そぅだと良いんだけど。エリシアはそんな風にしてても意外と女子力高いからなぁ、絶対大丈夫だと思う」


「ないない、あたしに女子力なんて無縁の言葉ですから。それに生まれ持ってる天職に女子力なんて関係ないっしょ? 皆、頑張って色々やってるけど意味あるのかな?」


「ぅ、うん……そうだね、でも多分、きっと、絶対、何もやらないよりは意味あるんじゃないかなぁ」


——ある、きっと意味あるもん、神様! 私、頑張ってますよ?!


 内心でダラダラと冷や汗を流しながら、あわや自分の努力が無駄だったのではなどと言う世迷言は瞬時に切り捨て前を向いて歩く。


「なんか、皆緊張してるっぽいね? やばいなぁ、私も緊張してきた」


「ルゥシィは大丈夫だって、まぁ今更慌ててもしょうがないんだし? なるようになるっしょ」


 楽観的な笑みを浮かべる親友の姿に勇気を貰いながら足を進める。


「おはよう、エリシアさん、ルゥシィさん」


「ぁ、アレックスくん! おはよぅ」


「おはよっ」


 全身の至る所から爽やかを撒き散らす青年は軽快なリズムで二人に挨拶を交わし、同じように周囲へ挨拶を繰り返しながら正門へと向かって行く。

 ブロンドの髪に透き通るような碧眼の青年はアレックス・ネルソン。彼はそう、完璧。


「ルゥシィ? おーい、よだれ出てるよ?」


「へっ? 嘘っ? つい見惚れて、アレックスくんはいつ見ても眼福。カッコいいなぁ」


「まぁ、顔はいいけどさぁ? あれだけは絶対やめといた方が良いって、ああ言うカリスマ性の塊みたいなやつが戦闘系の天職引くんだよ?」


「そぅかなぁ? どちらかと言えば『祭祀』とか『薬師』だと思うんだけど」


「いぃや、間違いないって、それよりあたしは……」


 エリシアがそっと視線を向けた先、それぞれに誰かしらと登校する生徒たちの中ぽつりと独特な雰囲気を纏いながら歩く一人の男子生徒。

 深い海を思わせる黒に近い群青の髪色、鋭く鋭利な眼光から覗く黒瞳はどことなく近寄り難い印象を相手へと与える。

 長身で細身のシルエット、その顔立ちの良さから一部の女子人気はあるものの近寄り難い雰囲気が周囲との溝を作り一人でいる事が多い。


「レインくんかぁ、エリシア? 怖い人が好きなの?」


「わかってないなぁ、ああ言うタイプが意外とレアな天職引くんだって、まぁ……顔も? 嫌いじゃないけど」


 ほんのりと紅色した頬で、横目に通り過ぎるレインへと視線を流すエリシア、そんな様子を微笑ましく見つめながら私達は逸る気持ちに一度深呼吸をして、会場へと足を進めるのであった。





□■□■□






「以上で式典の説明は終わりです、皆さんは本日を持って大人への第一歩を踏み出すのですから節度を持った行動を心がけるように。それから、天職を戦闘系と判断された方達は式の後教室へ戻ってください。それ以外は帰宅して構いません」


 淡々と説明を終えたマーシャ先生に連れられる形で生徒達は緊張に身を固くしながら式典の会場へと移動を始め。


「ルゥシィちゃんの天職ってなんだろうっ、私超気になるっ」

「だよねっルゥシィちゃん可愛いから天職も可愛らしい感じの天職になりそうだよね『裁縫士』とか」

「ぁあっ似合うかもっ」


「そ、そぅかなぁ」


——当然っ、狙っていますから!


 移動の最中いつも和気藹々と近寄ってくるマリン、レイラ、レナの仲良し三人組は持て囃すように会話を繰り広げ、正直あまり得意な系統とは言えないのだけれど彼女達を敵に回すと学園生活に終止符を打つようなものなので、程よい距離感を保って来た。


「そもそも、女子で戦闘系とかあり得なくない?」

「わかるー、どんな育ちかたしたのって感じ」

「でももし、そうだったらどうやって生きてくんだろ? 身体売るとか?」


「……」


 この人たちは、自分にそんな可能性が起こるとは微塵も感じていないのだろう。身体を売るしかない人生なんて考えただけでゾッとする。


 そうこうやっているうちに、場所は式典の会場である体育館へ到着。

 生徒達は整列させられると、順番に魔術を刻印された薄い端末『ステータスパス』を手渡され検視官の見ている前で先端にある窪みへと一滴の血液を垂らしていく。

 すると瞬時に端末上へ天職が表示され、生徒達は一喜一憂しながらも、和やかな雰囲気で式典自体は進んでいった。


 程なくして順番が回って来たのはアレックス・ネルソン。

 余裕のある表情で、周囲に笑顔を振り撒きながら壇上へと立った彼は、渡されたステータスパスを手に右手の人差し指へと小さな針を刺され、ぷくりと滲み出た血液を端末の窪みへと垂らす。


「——ぁ、ああ……嘘だ、嘘だっ嘘だ!!」


 突然狂ったように首を左右に動かしながら後ずさる彼を見て会場は騒めき、和やかであった会場の空気は一転、緊張と不穏などよめきが空間を支配する。


「勇者、戦闘系ですね。式が終わったら教室へ戻るように」


「……」


 放心状態となったアレックスは教師に介抱されながら、元の席へと戻され。


「ぅそ!? アレックスくんが勇者、そんな」


「うわぁ、本当に当たっちゃったよ……」


 予想外の結果に衝撃を隠し切れなかった私は、エリシアと僅かに視線を合わせた。


 アレックス・ネルソンを皮切りに数人の男子生徒が戦闘系と判断され、皆同様に途方に暮れては、力なく項垂れていく。


「きっと、大丈夫」


 胸騒ぎが心の中を掻き毟る、嫌な汗が首筋から溢れゆっくりと背中を伝っていくのがわかる。


「ルゥシフィル・リーベルシアさん、前へ」

「はいっ」


 来てしまった、永遠に来なければいいとさえ思った時が。


 一歩ずつ壇上へと向かう。途中笑顔を向けるエリシアや三人組の姿が視界に映るも反応を返す余裕が無かった。


「では、これを」


「……」


 慎重に受け取ったステータスパスを心なしか震える手で受け取る。


——神様、お願いっ!!


「……」


「天職は『暗殺者アサシン』戦闘系です式が終わり次第教室へと——」


——ぇ、暗殺者アサシン? 何? それ。


 酷く静かだった。その後は何か説明していたようだったが何も聞こえない、覚えていない。


 背後にいる生徒達に騒めきが広まって行くのを背中で感じ、様々な感情が背中へと突き刺さる。



 驚き、哀れみ、悲嘆、嘲笑、そして侮蔑。



——————終わった。私の人生はこの瞬間。終わったのだ。




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