二十四、ルゥシフィル・リーベルシア

 ここは、どこだろう。私はどこに向かっているの?

 次々と武器を手にした戦闘系の人達が、私を敵と認識して襲ってきた。私は心を無くしたように、攻撃をかわし、武器を弾き、躊躇なく腕輪ごとその手首を落としていく。


 彼らは生きているのだろうか、手首が身体から離れると同時に絶命したように倒れていく人達を、私は振り返る事なく歩いていく。その度に段々と蘇る感覚、心が仄暗い闇の底に沈んでいくのがわかる。

 次々と人を手にかけていく感触。鉄のような血の匂いは、既視感すら感じる。




————これが本来の私? 私は、戦う為の存在。私に出来るのはただ人を斬ることだけ。




 心が渇いていく。私が、私として存在できるのはこの場所だけ、この鉄のような匂いが充満する戦場だけが、私の居場所。



 何階ほど登ったのか、意識を向ければあたりは静かになっていた。そこは、今までの廊下伝いに研究室のような部屋が連なる場所とは異なり、何もなく、ただ広いだけの空間。

 床や壁の質感も下の階とは違って丈夫な造りになっているように思えた。床の所々には窪みや古い傷の後が無数にあり、部屋全体に染み付いているのは私の奥底に眠っている感覚を呼び覚ますような匂い。


 ふいに向けた視線の先。薄暗い明かりの灯された室内の奥から現れたのは一人の人間だった。

 身の丈二メートルはありそうな大柄な男は、屈強な体躯に無骨な人相で野太い腕はその膂力だけで簡単に人の首をへし折ってしまいそうだ。そして、その両手首には黒の腕輪。


 二つの腕輪をはめられた男は、右の手に巨大な剣。左手には鋭い槍を持ち、色の無い瞳でこちらを睥睨している。

 私は、その男を視界に納めるなりすぐに地を蹴った。二対の小太刀を抜き放ち、勢いよく接近する。理由など不要、疑問など微塵も感じない。そこにいるのは敵であり、私の存在価値。ならば斬る。ただ、それだけ。


 男は接近する私を迎え撃つべく、左手の槍を構え、右手の大剣を振り上げた。


 しかし、今の私には男の動きなど静止しているも同然であり、男が槍の一突きを放つよりも速く懐へと潜り込み、手首を一閃。その後宙を舞うように振り上げた右手にも一太刀を加え背後に降り立つ。


 瞬間、首筋に感じる悪寒。咄嗟に私は首元で小太刀を十字に構え————

「————!?」


 凄まじい衝撃が全身に伝わってくる。私はその衝撃に弾き飛ばされ壁面に思い切り身体を打ちつけられた。


 朦朧とする意識、しかし、本能的に私は真横へと飛んだ。間も無く鋭い槍の一撃が先程まで私がいた壁を刺し貫いているのが見えた。


 男の両腕は健在、わかっていた。明らかに手応えが無かったからだ。その強靭な太い腕には僅かな切り傷が走っている程度。男は私が後方に降り立った直後、凄まじい勢いで振り上げていた大剣を振り向きざまに回転を加え私に放ったのだろう、そして間髪入れずに槍を構えて突進してきた。


 私の身体が反応出来ないほどの速さ。そして、まともに受けようものなら即死不可避な一撃。

 口元から滴る血を拭い、私は小太刀を構える。思いのほかこの身体は丈夫なようだ。軋むような痛みが全身に走るが、まだ戦える。ここで倒れるわけにはいかない、倒れたらそれで終わりだ。私の存在価値も、命があろうと無かろうと、倒れれば私の存在理由はなくなるのだから。


 男は色の抜け落ちた瞳と表情で、声を発することもなく再び同じ構えをとった。しかし、次はこちらの番と言わんばかりに力強く地面を蹴った男は、槍を突き立て猛烈な勢いで突進してくる。


 私は、身を翻して突撃をかわす。男は宙に浮いた私目掛けて大剣を振り、しかし剣先の届く間合いではない。だが、私は本能に従い空中で身体を捻った。瞬間、何かが頬をかすめて通り過ぎるのを感じ。

 私の後方で大きく、まるで斬りつけたように壁がえぐれた。恐らくは、スキルの力。斬撃のようなエネルギの塊を放出? とにかく受ければひとたまりも無い。そしてこの小太刀では受け止めるのは不可能。


 考える隙など与える間も無く、男は着地した私の元へ突き出した槍と共に突撃してくる。その勢いと速度は、スキルによって強化された私に迫るほどだ。

 これも、スキルによるところなのか。槍と大剣、一見不釣り合いな武器と二つの腕輪。想像するだけで嫌悪感が脳内を支配する。しかし、今それどころでは無い、このままではいずれ攻撃を受けてしまう。


 私は、猛烈な速度で突っ込んできた男の槍を寸前のところでかわし、懐に潜り込んで胴体を斬りつけた。だが浅い、即座に後方へと跳び退き小太刀を構える。


 男は、浅く斬りつけられた箇所になど気に留める事なく再び同じ構えをとり、私に槍を向ける。

 このまま、同じ事を続けても私に勝機はない。それでは、ダメだ。私は勝たなければ。勝たなければ、生きている意味など無いのだから。


「次で、終わらせる」


 私はだらりと両手を下げ、槍の先端ごしにその顔を見据え。男は、先程より力強く地を蹴るべく、腰を低く落とし、その足元で地面が爆ぜるのとほぼ同時。



「《影桜かげざくら》」


 心が黒く染まる。同調するように小太刀はその姿を変え、手元に現れたのは怪しげな揺らめきを纏う漆黒の刀。全身を這うように黒い影が私の身体を侵食していく。

 しかし、男が私の元へ肉薄すると同時に放った渾身の一突きが、胸を穿ち風穴を開け————

 だが、私の身体は影に溶け込むようにその場から掻き消える、男は唐突に見失った敵の姿を探し困惑している所へ、私は漆黒の閃光と化して男の足元から姿を現し一直線に真上へと通過する。


 地面へと降り立った私は黒い刀身に付いた血を払い鞘へと収める。チラリと視線を投げた先、男は私の方へと向き直り大剣を振りかぶろうと手を上げ。そのまま袈裟に斬り裂かれた上半身が滑るように地面へと崩れ落ち、残された半身も鈍い音と共に倒れた。


 終わった。これで、私はまた少し生きている事が出来る。存在することを許される。私の身体を、心を、黒い影が徐々に侵食している。感情が呑み込まれていく、痛みも何もかも全てを消し去るように呑み込んでいく。






 ————エリシア、レインくん。ごめんね。






 また私は歩き始めた。どこへ行くか、何をするべきか。そんな事はもう覚えていない。とにかく私は進まなければいけない。存在するために、価値を証明するために。

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