二十、真実への扉

 

 私達は階段をひたすら駆け上がった。彼の表情はやはり辛そうではあるけれど、それでも私達は走った。もしかしたら、私達はとんでもない場所にいるのかもしれない。とても無謀な事をしているのかもしれない。


 それでも、もう止まれない。立ち止まったり出来る筈がない!! 何も出来なくても、私達は真実をこの目で確認する義務がある。そして、伝えなければならない、叫ばなければならない。



——こんな世界、間違っていると。





 □■□■□






「この手記って、もしかして」


「あぁ、間違いない。父さんの字だ」


「そんな、偶然……それに、なんでこんな所に」


「それは、わからないが、を誰かに伝えようとしたのだろう」


 数枚の用紙に綴られた内容を私達は驚きに表情を固くしながら、隅々まで目を通した。

 そこに書き記されていたのは、この国が抱える問題と恐ろしい闇。


「サクリファイスチルドレン計画……こんなの、あんまりだよ」


「もう、人間の考える事じゃないぞ。この国はどこまで腐ってやがる」




 手記に書いてある内容によれば、世界の国々が共通して掲げている一つの言葉がある。

 それは————英雄をつくらない。


 戦闘系の天職を持つ人間は時として、その力故に民衆の心を惹きつけ、絶大な発言力を持つようになる。人々は彼らを英雄、救世主、果ては王と呼び崇めてしまう。世界は民衆が国ではなく一人の人間に統率されてしまう結果を恐れた。


「だから、戦闘系を支配してその力を奪っていたのか」


「それが世界にとっていい事なのかどうかわからない。けれど、絶対にこれは間違ってるよ!」


 国々は戦闘系の人間を駒に平和的な解決策として遊戯のように戦わせた。それにより戦争の起きない仮初の平和を手にした国々であったが、戦闘系を支配し有能な者達を駒として使用し続けた結果。その血筋は段々とか細いものとなり、戦闘系の生まれる確率も当然低くなっていった。つまり天職とは親からの遺伝的要素が大きく関係していると言う結論に至ったのだ。


「親からの血筋、戦闘系……」


「どうかしたか?」


「うんう、なんでもない。それより、この研究をどうにかしなきゃ」


「今の俺たちだけで解決するのは正直難しいが、ここの情報を出来る限り多く持ち帰る。それが今俺たちの出来る最善だろう」


「うん!」


 彼は冷静な表情で、私達の今やるべき事、私達がこの場所にいる意味を確信したように告げる。


 そう、私達はきっと意味があってこの場所にいる。だって、こんな事は絶対に間違っているから。

 サクリファイスチルドレン。適性のある子供達に『サクリファイスリング』から抽出した情報を植え付け、強制的に有能な戦闘系の人間を創り出す。悪夢のような計画。


 彼のお父さんはきっと、なんらかの形でこの研究に関わっていたのだろう。しかし、そのあまりに非人道的な行いに耐えきれず、ひっそりと誰かに向けメッセージを残した。

 なぜあんな場所に隠してあったかは定かではないが、偶然にもそれを私達が発見した事には不思議な意図を感じざるを得ない。まるで、彼のお父さんの想いがそうさせたかのようだった。






 □■□■□






 そして現在私達は、十階まで各階を調べながら登り。文字通り壁にぶち当たっていた。


「なるほど、これが警備のいない理由だな」


「そうだね、多分この階までは普通にここで働く人たちの職場なんだと思う」


 非常階段を登った先に待ち受けていたのは厳重なセキュリティーで守られている重々しい鋼鉄の扉。まるで巨大な金庫の扉のようだ。


 彼と私は他に手がないか色々と思案し、思い切ってこのフロアにあるエレベーターへと乗ってみたが、十階までのボタンしか存在しなかった。つまり、私達は非常階段で上がろうと、エレベーターを使おうと結果は同じであったわけで。それを考えると、どっと疲れが押し寄せる。


「ただ、階段を使ってなきゃあの手記とは出会えなかったもんねぇ」


「……」


 彼は視線を落とし、手にした手記を強く握りしめた。私はちょっと軽はずみだったと内心反省しながら。


「あの扉、カードみたいなの差し込むとこがあったよね? レインくんに貰ったこのカード挿してみない?」


「それは、父さんのカードキーか」


「うん、レインくんが私に国から出るとき必要になるかもしれないって預けてくれた物だよ? 次からはこう言う大切な物、簡単にあげちゃダメなんだからね?」


 私は言いながら彼へカードを手渡した。すこし驚いたように目を開いた彼は小さく頷きながらカードを受け取る。


「レインくん? もし私がそのカードを持って本当に一人で、この国から出てたらどうするつもりだったのかな?」


「兄さんを見つけた後の事はあまり考えていなかった。ただ、どうにかなるかなと」


「それで、二人とも捕まっちゃったら意味ないんじゃないかなぁ?」


「それは……絶対に捕まらないように」

「子供か!!」


 つい反射的に突っ込んでしまった。彼は一瞬たじろいだが、張り詰めていた気持ちが緩んだように苦笑いを溢す。


「すまない、あの時は色々と必死で」


「うん、わかってるよ。ありがとう、守ってくれて」


 なんのことだかわからないと言うように首を傾げる彼に微笑みを返し、私は非常階段の扉へと歩き始める。


「とりあえず、それ挿してみよう? レインくんのお父さんが残してくれた物だもん、きっと意味があるよ」


「あぁ、そうだな。どのみちこのままじゃ手詰まりだ。これで開かなければ、それは俺たちの限界ってことだ」


 お兄さんの為に感情のまま突き進むだけだった彼の言動が、ここにきて冷静さを取り戻し始めている。

 この場所に来た事は色々な意味で彼の心に変化をもたらしているようだ。


 私達は、どこか澄んだ気持ちで重々しい扉の前に立つと、彼がカードを扉の中央に設置されている鍵穴へと差し込む。




 この扉がひらかなければ、私は……いや、私達は。




「あいちゃったね?」


「あぁ、まさか本当にひらくとは」



 重く冷たい鋼鉄の扉がゆっくりと、開いていく。そして私達は恐る恐る扉の奥へと足を踏み入れ。


「避けろ!! ルゥシィ!?」


「——ぇ? 腕輪……」


 目の前に舞う血飛沫、そして彼は静かに倒れていた。



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