十五、潜入開始


 私は心から叫び扉を思い切って開いた。彼の思いは私が叶えなきゃ。


 視界に映るロゼさんは頭を抱え、彼は驚きに目を見開くとすぐさま頬を赤く染めながら視線を背ける。

 恥ずかしかったのだろうか? 予想外の反応に私は少し困惑し。困惑? ふと視線を下に向ける。そこにはパジャマ代わりに借りた少し大きめのシャツを一枚だけ羽織った、エリシアの悪戯で前ボタンが全てはだけている私の姿があって。


「——みぃぎゃぁああああああ!!?」


「本当に、忙しい子達ね?」





□■□■□






「で? 何がどうなってこうなったわけ?」


 私の叫び声でエリシアまでも起こす事になってしまい。少々気まずい空気で夜中にまた顔を突き合わせる事になった私達。


「ぇっと、その、レインくんとロゼさんが話してるのを聞いちゃって。レインくんが一人で乗り込むって言うから、それなら私がっ! て飛び出したら、こんな格好で。あぁ……穴をください、私が入る穴を下さい」


「もぅ、相変わらず抜けてるんだから。それがモテる秘訣なの?」


「そんなんじゃないもんっ! もとはと言えばエリシアが——」


「はぁい、そこまで! これ以上はおねぇさん怖いかもょ?」


「「はい、すいません」」


 どこから出したのか刃物をちらつかせて微笑むロゼさん。二人してその場で小さくなる。


「とにかく、おねぇさんはあなた達に関わると決めた以上責任があります。そんな無謀で危険な場所に子供だけで向かわせるなんてできるわけないでしょう? これ以上困らせないでほしぃなぁ?」


 明らかにその表情と対照的な雰囲気を垂れ流しながら微笑むロゼさん。すごく、怖い。


「で、でもレインくんのお兄さんが」


「気持ちはわかるわょ? でもそこまでのリスクを犯す確証もない。無謀すぎるわ」


 ロゼさんの声色に普段のような冗談めいた雰囲気が感じられない。それだけ危険だと言う事だ。


「それでも、何か手掛かりはある。ルゥシィには悪いがあそこには俺一人で行く。お前はエリシアと一緒にこの国を出てくれ」


 頑として引く様子のない彼は、私の方を見ることなく突き放すように告げ。


「そんな、勝手に! 足も折れてるのに、無理して……私だってレインくんの役に立ちたい」


「……俺は、これ以上お前を巻き込むわけに——」


「そんなの知らない! 私は、絶対にレインくんを助ける! 私のことは私が決めるんだから」


「————」


 彼の意見を遮って私は声を張り上げた。彼が引けないように私も引けない、絶対に。


「ロゼさん、エリシア、ごめんなさい。せっかく助けてくれようとしてるのに、だけどやっぱり私は行けません。彼と彼のお兄さんをどうしても助けたいから」

 

 厳しい表情で目を細めるロゼさん、そして困惑するエリシアへ向かい私は思いを告げた。


 エリシアは僅かに考え込み、しかし、力強く顔を上げて。


「ルゥシィ……あたしも行く!! めっちゃ怖いけど、でもあたしだけ安全なところになんかいられるわけない!」


 そんな私達の様子を眺めながら、深々とため息を漏らしたロゼさんは「バカな子達」と呟き。


「はぁ、なんだかあなた達のおかげでとんでもない任務になっちゃったわね。いいわ、ルゥシフィルちゃんはともかくあなた達二人はおねぇさんが守ってあげる」


「ぇ、じゃぁ」


「あんな所にあなた達だけでいかせられるわけないでしょう? この貸しは高くつくから覚えておいてね?」


 ロゼさんは、肩を竦ませながら笑みを溢すと、私達に同行してくれると頷いてくれた。


「ありがとうございます! この恩はきっとお返しします!!」


「……俺も、礼を言わせてもらう」


「そうねぇ? お礼は一晩おねぇさんにルゥシフィルちゃんを捧げると言うことでどうかしら?」


 ロゼさんは舌舐めずりをしながら私に卑猥な視線を向け。思わず肌を粟立たせていると、エリシアとレインくんは互いに頷き合い。


「「……どうぞ」」


「ぇぇえええ?! なんで息ぴったり?! 酷いよぉ、酷すぎるよぉ」


「あら? おねぇさんも命がけなのだから、それくらいは頂かないとね?」


「ずいまぜん、勘弁しでください」


 笑顔のロゼさんに泣いて懇願してみたが、受け入れられる様子はない。さようなら、私の初体験。こんにちは、新しい扉。


「とにかく、今日は寝なさい? 決行は明日の夜、それまでに色々と準備するわよ?」


「はい、わかりました!」


 気を引き締め直し、返事を返す。

 私達はロゼさんの助力を得て、彼のお兄さん救出の計画を実行することとなった。





□■□■□






 そして作戦決行の時。


「いい? 絶対におねぇさんの指示に従うこと。わかった?」


「はい!」

「わかっている」

「うん!」


 私たちは、できる限りの準備を整えこの国の中心に聳える大きな塔。実際シンボルみたいな感覚で政府の機関? 偉い人たちが集まってる場所? くらいの認識しかなかったが、ロゼさん曰くこの場所は国の心臓部であり、天職に関わる研究などもされているらしい。ともあれ、今その塔をぐるりと囲む高い塀と同じ目線にある小高い丘に隠れ潜んでいる。


 今日のロゼさんは、クレープ屋のお姉さんでも、刺激的な格好のお姉さんでもなく。黒を基調としたスタイリッシュな装いに、丈の長い外套を羽織っていて、まるで別人のようだ。

 外套の胸元には世界地図? を交差するように貫く三つの剣? そのようなエンブレムが刺繍されていた。


「レインくん、足大丈夫? 痛くない?」


「あぁ、おかげで問題なく動かせる。迷惑はかけない」


「まったく、無茶しないで留守番しておけばいいのに!」


「そぅねぇ、意固地な男の子って可愛くないのよね? もっと、触ったら壊れちゃいそうな儚い男の子がおねぇさんは好きだわ?」

「あなたの特殊な性癖は聞いてないわよ!」


 レインくんは、何度か留守番するようにロゼさんから説得されたが一歩も引かずに食い下がって、観念したロゼさんは特殊な補強具を準備して彼の足を固定してくれた。


「普通に歩いたり走ったりするのは支障ないでしょうけど、痛みはあるし無茶すると悪化するわよ?」


「あぁ、わかっている」


 彼は決意を込めた瞳で、頷き返す。その表情に呆れたような素振りを見せるロゼさんは。


「はぁ、本当に困ったちゃん達ね? まぁ、いいわ。あなた達がいなくてもいずれこの場所には侵入する予定だったし」


「ルゥシフィルちゃんは自力でなんとかなるとして、とにかく二人はおねぇさんから離れないように! じゃぁ行くわよ?」


 出来れば私も守る側に入れて貰いたいと潤んだ視線をロゼさんへと向ける。彼女はにこりと微笑み軽く受け流した。それは、言外に「お前は自分で何とかしろ」と言われているのだ。


 実は今日一日、準備をする中でロゼさんに少し戦闘訓練をしてもらったのだけど。思った通り全く歯が立たなかった。ロゼさんは私と対峙して、訓練も積んでいないのに何でそこまでの動きができるのかと首を捻っていたが、そんな事は私が聞きたい。スキルってそう言うものじゃないの?


 とにかく、私たちは互いに頷き合うと、その場を駆け出し手筈通りに塔への侵入を開始する。


 まずロゼさんが魔装銃より一回り大きなサイズの銃を出しその場にセット。塀をめがけてカギ付きのワイヤーを放った。この間に周辺の見張りがいた場合、私が無効化する予定になっていたが。


「おかしぃわね? 最重要拠点にしては警戒が薄すぎるわ?」


「そうですね? いくら裏側とはいえ、こんなの簡単に忍び込めちゃうんじゃ? ぁ、みんな私を探しに出払ってるんじゃ」


「んー、まぁ、それでいっかぁ。楽に越したことはないものねぇ?」


 正面には確かに見張りが三人ほど立っていたが、重要拠点の警備にしてはあまりに少なすぎる。辺りを見回しても人の気配など全く感じられず、ロゼさんも拍子抜けと言った様子でワイヤーを固定していると。


「ここの見張りは人じゃない、訓練された馬鹿でかい犬だ」


 どこか躊躇うように口を開いた彼は、ちらりとこちらへ視線を投げかけ。


「ぁ、そっか。あの大きな犬、あの時の場所ってここだったんだ……」


 いまだに霞みがかったような記憶の一部に大きな犬のいた光景を思い出し呟きを漏らす。彼は、私の事を気遣って言い出せなかったのだろうか。


「犬? 何よそれ、何か意味あるの? 吠えられると迷惑だけど」


 エリシアは怪訝な表情を浮かべながら首を傾げる。


「そぅね? ある意味人間より厄介な見張りかもしれないわね? とにかく行って確かめましょう?」


 しかし、ロゼさんに促されるまま私たちはワイヤーへと腰ベルト付きのフックを引っ掛け、ワイヤーを伝い塀の上まで移動する。


————小さい頃、私とレインくんはここに来たんだよね? どうやって入り込んだんだろう。


 今の私達でも、特殊な器具を用いてやっと超えられるような高い塀の中に私達はどうやって忍び込んだのか? はっきりと思い出せない記憶にもどかしさを感じていると、眼下を見下ろしていたロゼさんの表情が途端に険しくなる。


「ロゼさん?」


 違和感を感じた私は、その視線の先を追いかける。そこで目にしたのは、私の倍はありそうな大きさの黒い犬?


「ここの連中はとんでもない物を育成してるみたいね? 『ヘル・ハウンド』あれは、犬なんかじゃないわ……あれは、魔物よ」




「——————魔物!!?」



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