十、立ち向かう時

 

 静まりかえった夜の住宅街。エリシアの家は少し外れた場所にある二階建ての一軒家で、周囲の家と比べても立派な作りと言える。

 そんな二階建ての窓から見えるのは閑静な住宅街に不釣り合いな無数の人影。


 二階の部屋に上がる直前だった。この異質な空気に気がついたのは。今までの自分であれば絶対に気がつく事はなかっただろう。しかし、天職を自覚してから徐々に色々な感覚が研ぎ澄まされていくようで、同時にそれは本来の自分から確実に遠ざかっていた。


「ごめんね、エリシア。私のせいで」


 何も知らずベッドで眠る親友に視線を向けると、こみ上げてくるのはどうしようもない程の悲しみと取り巻く環境への激しい怒り。


「どうしてここがわかったの? もしかしてずっとつけられて? なら何故今」


 考えても答えは出ない、今はこの家を取り巻く事態を解決しなければ。

 魔装銃を手に窓から様子を伺う。家の周囲に感じる異様な気配は無数にあった。そして改めて目視してみると、家の周囲を完全に武装した政府機関の隊員によって囲まれている。


「何よあれ……」


 おそらく直ぐに襲ってこなかったのは、警戒されていたから。そして完璧に準備を整える為だろう。

 この平和な国ではまず見る事のない光景が眼下に広がっていた。正直、銃や武装した政府機関の人間など学校の教科書でしか見た事ない。


「とにかく、エリシアに迷惑はかけられない」


 状況を見るに、まだ完全に包囲が整っていないのだろう、隊長格らしき男が周囲へと指示を送っているのが見える。

 私は直ぐに準備を整え、エリシアが用意してくれていた短パンと、黒いパーカーに着替えた。

 古びた革の鞄を斜めに掛けると、魔装銃をパーカーのポケットに忍ばせゆっくりと部屋を後にする。


「エリシア、本当にありがとう。バイバィ」


「————」


 後ろ髪を引かれる思いで、また何も告げず立ち去ってしまう事に後悔を残しながら部屋を後にした。





 エリシアの自宅は少し高めの塀に周囲を囲まれており、入り口は正面玄関しか存在しない。

 そして現在、敵は塀の周囲をぐるりと囲む形で包囲を固め、隊長格らしき男と数人の隊員が門の前に陣取っている。準備が整い次第門を開け突入してくるだろう。


 しかし、この家には一箇所だけ出入り出来る場所が存在する。それはキッチン横にゴミ出し用で設けられた小窓。人、一人通り抜けられるくらいのスペースがあり、そこから外に設置してあるダストボックスへゴミを捨てる事が出来るようになっているのだ。

 バルコニーなどの開けた場所は当然警戒の目が向いているだろうが、キッチン側は塀との距離も近く通路も狭い為、おそらく警戒は薄い。


「ここは、第二の私ん家だよ? 絶対傷付けさせないんだから」


 息を殺しながら、音を立てないように小窓から外へ出ると、直ぐに身を屈め周囲の気配を探る。

 足音が数人。一人が近くで立ち止まり、後は離れていく。


 ——今だ。


 自分でも信じられない程、冷静な感覚に驚きを隠し得ない。けれど、それ以上に今は守るべき人がいる。その為だったらどんな自分にでもなれる。


 常人離れした跳躍で軽く塀を飛び越えると、視界に入ったのは銃を構えて警戒する一人の隊員。

 こちらの気配に気がつく事なく周囲を警戒していた男の背後にスッと降り立ち、膝裏を軽く蹴る。

 途端に態勢を崩した男の肩口を手で掴みそのまま膝を着かせると、銃口をこめかみへと押し当て。


「———っ!?」

「動かないでください——」


 トンっと首筋に手刀を入れ男を気絶させる。我ながら見事な手際だが、全然嬉しくも何ともない。


 女子力を高めるために、お菓子作りや料理に裁縫。様々な分野に挑戦したがどれもダメ。唯一得意な事は運動神経のよさだったが、そう言うキャラになりたく無かったので今まで周囲には隠してきた。


 そして、誰に教わった訳でもないのにここまでの事が出来てしまう自分はやっぱり女子力とは無縁の『暗殺者アサシン』なのだろう。私に残された女子としての砦は、この可愛さだけなのか。


 そんな事を考えながらも、手際良く敵が所持していた魔装銃のホルスターと装備していた二本のナイフを奪い、自分の太腿に装着する。なぜ手慣れているのか? わかるわけがない。でもこうした方がきっと良いのだと思うから、実行している。


 そして現在、私の居場所は正面入り口の丁度真反対の場所、家の裏は壁伝いになっており壁を超えたら川がある、気持ち程度の細い一本道には身を隠す場所などない為。


「い————!?」


 当然見つかってしまう。前方から周囲を見回っていた隊員二人が私に気がつき、魔装銃を構えながら走ってくる。しかしそれよりも早く片方の男目掛けてナイフを投擲。肩口に突き刺さったナイフを見て驚愕する二人の間を瞬時にすり抜けると、背後から頭部目掛けて回し蹴りを放つ。蹴られた男はそのまま隣の男へ勢いよく激突し二人ともその場で気を失った。


 ——私、結構強いのかな? 強い女の子。それはそれで。


 再び、手際良く装備を回収し、不必要な銃は一先ず鞄の中に詰め込む。意識を取り戻す可能性を考慮して装備は極力剥いでおいた方が良いのだ、きっとそうに違いない。


 それから家の周囲に配置されていた隊員を次々と無力化して行き、残すは隊長格とその取り巻きだけとなっていた。


「あの人たち、門を壊して突入する気だ」


 隊長らしき男の指示に従うように裏手に配置されていた隊員よりも重装備の隊員たちが器具を持って門の鍵を切断しようとしている。直ぐにでも門をこじ開けエリシアの眠る室内へとあの物騒な連中は押し入るつもりなのだろう。しかし、そんな事は絶対にさせない。


 鍵が器具によって切断された。その瞬間、強く地を蹴り高く跳躍すると敵の真上へと飛び、間髪入れずに両手に持った魔装銃を敵の足元目掛けて乱射する。


 ——変なところに当たりませんように。


 突然の強襲にパニックとなった隊員達は必死に弾丸の雨を避けるが腕や足などを撃ち抜かれ、殆どがその場でうずくまる。同時に着地した私は、瞬時にその場にいた全員へ攻撃を加え意識を刈り取った。


「これで、全員? あの偉そうな人がいない!?」


「——る、るぅしぃ。助けて」


 瞬間弾かれたように、弱々しい声が聞こえた正面玄関へと視線を向けるとそこには、涙目で助けを求める親友と彼女を抱え込んでその頭に銃口を突きつけた隊長らしき男、そして隣に佇む隊員が一人。


「エリシアを離して」


 それは今まで発した事がない程、静かで冷たい声色だった。隊長らしき男を睥睨しながら魔装銃を向ける。


「まさか、これだけの人数をたった一人で制圧してのけるとは、流石に想定外だルゥシフィル・リーベルシア。だがここまでだな、この子はお前の命と交換で助けてやる」


「……っ、本当に助けてくれるの?」


「勿論だ、我々の仕事はお前のような危険分子からこの国の住人を守る事。彼女を傷付けはしないさ」


 言っている事と、やっている事が噛み合っていない。こいつらは彼も危険分子だと言って殺そうとした。エリシアだけ都合よく解放してくれるとは思えない。


「どうした! 早く魔装銃を下ろして投降しろ!? 大事な友達が死ぬぞ?」


 男は不適な笑みを浮かべながら、ガクガクと震えるエリシアに強く銃口を突きつける。


「わかリました! これは捨てる! だからエリシアを離して」


「る、るぅしぃっダメ……死なないでっ! ごめん、ごめんねっ、あたしが、起きて」


「大丈夫だよっ、エリシア!! 私こそ、巻き込んじゃって本当にごめん。エリシアは私が守るから」


 震える声で、それでも身を案じてくれる親友の優しさに心が震える。彼女を守りたい、その為なら何だって出来る。


「早くしろ!! さっさと銃を置かないか!」

「きゃぁっ!」


「————」


 痺れを切らした男は更に乱暴にエリシアのこめかみへと銃口をねじ込む、恐怖に震える彼女は立っているのもやっとだ。

 唇から血の滲む味がする、気が付けば悔しさのあまり噛み切った口元からポタポタと血が滴っていた。

 しかし、今は従うしかない。一瞬、隙がつければ————。


 ゆっくりと、血走った瞳で男を睨みつけながら手にしていた魔装銃を地面へと置く。


「それで良い!! 死ね!」


 男はその瞬間、エリシアを放ると手に持っていた魔装銃の銃口をこちらへと向けその引き金に指を掛ける。


「死ぬ前に教えてやる、お前のような危険分子を庇ったものがこの国で生きていける訳がないだろう? そいつも直ぐに送ってやる!!」


「————!!?」


 嘲るような笑みを浮かべ、その引き金をまさに引こうとしたその時。ガチャリと男のこめかみに銃口が突きつけられる。


「——!? 貴様! 一体何のつもりだ!!」


「……悪い、二人とも俺のクラスメイトなんだ」


「ぇ?」


 隣で佇んでいた隊員は上官に銃口を突きつけたまま、その顔を半分覆っているヘルメットを脱いだ。

 深い海のような群青の髪、少し寂しそうな鋭い瞳の彼がそこにいて。


「レインくん」


「……あぁ、また会っちまったな。ルゥシィ」



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