十一、真実のかけら

 

 その瞬間、まるで時が止まったかのような静寂が訪れ。


「お、お前はだれ——」

「エリシアにひどい事した分!!」


 背後から銃口を突きつけられると言うまさかの事態に気が動転した男の一瞬の隙をついて、力強く地を蹴り宙を舞うように肉薄し、思い切り回転を加えた踵をその嫌味な横顔へとお見舞いする。


「女の子を怖がらせるなんて、最低だし」


 大きく真横へ吹き飛んだ男はそのまま壁に激突し、ずるりとその場で崩れ落ちた。


、容赦がないなお前は」


「ふーんだ、泣き虫レインくんには言われたくないよぉ」


「——おまっ、俺のこと覚えて!?」


「……ほんの少しだけ、ね? まだ曖昧だけど。約束、忘れててごめん」


「……気にするな」


 再開の挨拶よりも先に皮肉が口をついて出る二人のやり取りは、しかし、どこか暖かい二人だけの空間を作り出していき。


「るぅしぃー!! 怖かったっ! 怖かったょ」


 そんな空気をぶち壊して真横から飛び込んできたのは、柄にもなく半ベソをかいたエリシア。


「うん、そうだね? 怖かったね? もう大丈夫だから。私のせいで本当にごめんね」


 また自分のせいで大切な人を巻き込んでしまった。そう思うと鋭い痛みが胸を刺す。

 悲し気な視線でエリシアの頭を抱いていると彼女は勢いよく顔を上げて私を見つめ返し。


「ルゥシィが悪い訳ないじゃん!! 何もしてない女の子にこんな物騒なもの向けて! 人質まで取るなんて、絶対頭おかしいってこの人達!!」


「まぁ、それに関しちゃ俺も同感だな……こいつらはこの平和な国にあって非人道的すぎる」


「……」


 それほどまでに“私”という存在が危険なのだろうか、しかし、今その疑問は静かに呑み込んだ。


「この人たち、どうしようか?」


 閑静な住宅街にあってただならぬ様相の状況をどうするべきか、倒れている武装集団を見て互いに頭をひねる。


「とにかく、一度縛ろうその後は」


「埋めちゃう?」

「——エリシア?!」


「それは良いな」


「レインくんも乗らないで!」


 さらりと可愛らしい顔で怖い発言をするエリシアに驚愕すると、堂々と乗っかって来た彼へ反射的に突っ込みを入れる。


「とはいえ、どうするかなぁ」


「……俺の家の“隠し部屋”に隠そう。一先ずあそこなら死ぬことはないし、こいつらは独自の判断で今回の作戦を決行している。こいつらさえ隔離しておけば当面この場所に当たりをつけることはないだろう」


「ぁあ、なるほど!」


「でも、これだけの人数よ? どうやって運ぶの?」


 それは明暗と納得しかけたところで、エリシアの的確な発言にすぐさま頭を抱える私。


「近くにこいつらが乗り付けた『魔導車』がある。俺が運転してこいつらを隠してくる……」


「ぇ?! レインくん車運転できるの? じゃなくて免許無いでしょ? それって悪い事だよ!」


「ルゥシィ? それ今更じゃ無い?」


 だんだんと冷静さを取り戻して来たエリシアが転がる隊員達を指して肩を竦める。確かに、ぐぅの音もでない。


「……何度か経験はある」


「あるの?!」

「そりゃ、男の子だからねぇ」


「エリシア? なんかレインくんに緩くない?!」

「——べ、別にっ!? そんなこと、ないし……そういえば、助けてくれて、ぁりがと」


「……? あぁ、気にするな」


 急速に赤面していくエリシアの表情を見ながら、和やかな気持ちになる反面、どこか胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「とにかく、行ってくる。お前達はここで」

「——私も行く!!」


 私から視線を逸らすように、背を向けようとした彼の言葉を思い切り遮って意思を主張した。彼はそんな私に目を丸くする。


「……いや、まだ外には見張りが何人も居て」

「だから何? レインくんだって危ないことは変わらないじゃない! それに、レインくんの下手な嘘には私、騙されません」


 明らかに戻ってくるつもりのない彼の嘘に対して、一歩も譲らないという態度で腕を組み、大きく一歩前に出る。彼は焦ったように頬を描き誤魔化しを口にしようとするが。


「下手な嘘って、お前」


「何言っても無駄だから、どうせこのまま一人でお兄さん探しに行くつもりなんでしょ? 変装までして紛れ込んで、見え見えだよ」


「ぅ……でもな、これは俺の——」

「私の問題でもあるの!! 約束、したよね? 一緒にお兄さん探すって」


 彼は私を見て、その瞳を大きく開いたが、どこか憂いを宿した表情は自分自身を戒めるように揺れ。


「……俺はもう何度もお前に助けられた。子供の頃、あのデカい犬に襲われた時だって、ビビって気を失って、目が覚めたらお前と、お前の親父さんに助けられていて」

「——お父さんが助けた?」


 困惑したように告げる彼の口から発せられた言葉に思わず反応する。そんな様子を未だ状況が掴めないと言った表情で眺めていた親友が口を開き。


「よく、わからないんだけど。ルゥシィ? 記憶が戻ったの? 昔のこと思い出したって事?!」


「ぇ? 記憶が戻ったって、どういう事? エリシア何か知ってるの?」


 唖然とした表情でこちらを見つめる親友の姿に困惑する私は、もう何がなんだかわからなくなり。


「全部、思い出した訳じゃないんだね? 公園のことも、あたしとの事も」


 僅かに視線を落とすエリシアは、どこか悲し気に呟きを溢し、その顔を改めてこちらへと向け。


「ルゥシィ、あたしとルゥシィはね? 小さい頃からずっと一緒だった。でも突然、あたしも詳しくは聞いてないんだけど、事故で記憶喪失になったんだよ?」


「ぇ——」






 □■□■□






 私たちは、一先ず状況を整理した後で武装した政府機関の人達を拘束して、魔導車へと乗せるとシートで覆い隠し、一旦エリシアの家で話し合うことにした。


 記憶喪失であったと告げられた私は、おぼろげな記憶を辿り、ある一定の年齢より以前の記憶がまるで無い事を再認識した。同時に押し寄せるのは、そんな出来事を忘れていた自分への嫌悪と自分自身を理解できない恐怖。


「そんなに自分を責めないの。あたしがおじさんから聞かされたのは、事故で強く頭を打ったって事だけだったから、それに“あの時”のルゥシィは言葉も喋れなくて、まるで赤ちゃんみたいだった」


 ダイニングの椅子にそれぞれ腰掛け、エリシアは隣で私の背中を優しく撫でてくれる。正面に座る彼はどこか居心地が悪そうな空気の中で、躊躇うようにその口を開き。


「俺は……お前の親父さんに、会うことを止められていた」


「お父さんに? なんでっ」


「当然だろ、俺のせいで娘が危険な目にあったんだ。でも、どうしても謝りたくて一度だけ様子を見に行った」


 なんとなく、彼の言わんとせん事がわかってしまった。きっとその時の私、いや、今の私は。


「別人、みたいだった?」


「……」


 彼は言葉なく肯定した。きっとそんな私を見て距離をとったのだろう。そして父は、私が彼と接触する事で、その事件にまつわる記憶が蘇る事を恐れたのかもしれない。父にとっては記憶喪失という状態は返って都合の良い結果だったのか。


「そ、それよりさ? これからどうするの? レインくんの事情はルゥシィから聞いたけど、正直危なすぎない? それより、国から脱出する方法を考えた方が——」


「……気持ちはありがたいが、俺はどうしても兄を探し出したい。この数年間、俺はそれだけの為に生きてきた。命は惜しく無い」


「そんな、簡単に。死ぬみたいな事言わないでょ」


 話の流れを変えようと、前向きな方法を必死に考えて提案するエリシアであったが彼の固い意思に触れ、俯きながら言葉を溢すと、最後には黙り込んでしまう。


 確かに、今考えるべきはこれからどうして行くのか。いつまでも逃げ切れる訳では無い。ましてや相手は命を狙って来ている。そして、私が人に関われば関わるほど、先ほどのエリシアのように躊躇いなく殺そうとするような恐ろしい一面がこの国にはある。


 国を出る。逃げる事を前提に考えれば当然の結論な訳だけど、そもそも私たちは。


「ねぇ、この国の外ってどうなってるのかな?」


「「……」」


 知らないのだ。私たちは生まれてから一度もこのエリシャ王国から出た事が無い。それどころか、学校の授業においても、この国が世界にとってどれほど有益な文明をもたらしたか『非戦闘天職』による魔術的研究が国をどれ程豊かにしたか。そう言った類の知識以外与えられていないのだ。


 だから私たちは、外の世界を何も知らない。果たして、そんな人間が国を脱出して生きていけるのか。

 私の意見は最終的に、全員を黙らせる事しかできなかった。子供すぎる、無知すぎるのだ。せめて世界の常識や情報を教えてくれる人がいれば。



 ——『どうしても、困った事があったら私のところにいらっしゃい? たっぷり時間を作ってね?』



「ぁ、いるかもしれない! 協力してくれそうな人!!」


 思いついたように立ち上がった私に、二人の視線が釘付けになる。


「クレープ屋のおねぇさん!!」


「「……だれ?」」




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