九、再会

 

 あてもなくふらふらと夜道を歩き、気が付けば何かにすがるようにたどり着いた場所は、いつも親友とくだらない話を長々と語り合った公園のベンチ。


 たいした遊具もない、気持ち程度の滑り台と砂場があるだけの小さな公園。

 学校の帰り道、暇な休日、遊ぶ前の待ち合わせ。なんでここになったのか、いつからここで会うようになったのかはもう覚えていないけど、この場所は私にとって。


「……エリシア、元気かな」


 父はどうなったのだろうか、先ほど聞こえた銃声はなんだったのだろう。やっぱり私のせい、私が関わったから。戻るべき? でも、もし私を逃した事がばれたら余計に迷惑をかける。


 静かな夜の公園で、一人ベンチの背にもたれながら虚に夜空を見つめていた。

 心なしか、街の方が騒がしく思える……多分私の事で騒ぎが大きくなっている、こんな所で座っていたら直ぐに見つかってしまうだろう。


 父に何を期待していたのか。母にあんな態度を取られても、まだ私は諦めきれずに、頼ってしまった。もう、終わったのだ。私の日常は。もう、終わった。


「レインくん、ごめん、やっぱり私————」



「こっちか! 走り去る人影を見たというのは!?」

「探せ!! 必ず見つけ出せ!!」


 近くで、声を荒げながら走り回る足音が聞こえる。ここにいれば見つかる。でも、立ち上がる気力が、まるで湧かない。


 ——もう、無理だよ。レインくん、本当にごめんなさい。


「おい、公園に人影が見えるぞ!! 行け!本人と確認でき次第射殺して構わない!!」


 迫る足音、遠くで光る魔術光の明かりが周囲を照らし、私をその視界に捉える瞬間。


「——こっち」


 誰かが不意に私の腕を掴み、ベンチの背後にある茂みへと引き込んだ。その姿を視界に入れた私は目を見開き、鼓動が高鳴る。

 思わず呆然として、ただ涙を流す私を見つめ、ため息を一つ溢した人影は茂みの奥へと私を押し込み。


「なんて顔してんの? 女子力台無しだよ?」


「エリシア!?」


 軽く片目を瞑ってベンチの前へと進み出たエリシアは駆け寄ってきた隊員達に囲まれ。


「ん? 君は? 学生か。こんな所で何をしている? それよりもこの近くでルゥシフィル・リーベルシアという少女を見なかったか?!」


「ルゥシィ? あの子まだ捕まってないの? あたしは知らない、大して仲良くなかったし」


「……そうか、では質問を変えよう、君のような学生がこんな時間に一人で何をしている」


「ぇ? おじさん、乙女心をわかってないなぁ? 娘ができたら嫌われるよ? お年頃の女の子には色々あるの! 公園のベンチで考え事するのに理由が必要?」


「——っち、早く帰る事だな」

「まだ街に潜んでいるかも知れない、レイン・エバンスの家ももう一度探し直せ!!」

「はっ!!」


 隊員達は駆け足でその場から離れ、元来た道を戻って行った。その後ろ姿に舌を出して見送った彼女は茂みの奥で小さくなっている私の元へと近寄り。


「大丈夫? ルゥシィ」


「う、うん……ありがとう、エリシア」


 どこか気まずい心境を抱きながらも、差し伸べられた手を取り、土や木屑をはたきながら立ち上がる。


「……」

「……」


 片腕を抱いて佇む私は、うまく彼女の顔を見れずに俯いてしまい、エリシアもどこか居心地の悪そうな雰囲気を醸していた。


「ぁ、あの——」

「ごめん!!」


 私が沈黙を破り口を開いた瞬間、大きく頭を下げたエリシア。


「ぇ?」


「ルゥシィ! ほんとにごめんなさい! あたし“あの時”どうしたら良いかわからなくて。でもやっぱりルゥシィとは友達だから! あの後、謝ろうと思って探したけど全然いないし、なんか大騒ぎになってるし、あたし、あたし、もっと早く力になりたかった」


「エリシア……」


 普段の気丈な彼女からは想像も出来ない程、くしゃくしゃにした表情で飛びついてきたエリシア。

 その背中に、そっと手をまわす。久しぶりに感じる人肌の体温に思わず涙がこぼれだし、良く見るとエリシアのまぶたは随分と腫れあがっていた。






 □■□■□






 それから私達は、人目につかないよう移動しながら、私の近況、レインくんの事やお兄さんの事などを話し、現在エリシアの自宅へと辿り着いた所で。


「大丈夫なのエリシア? 私なんか」


「親友を家にあげてなんの問題があるのよっ? それに、ママとパパ泊まり込みの仕事で当分帰ってこないから全然平気」


 軽い調子で玄関の扉を開く親友の当たり障りのない、いつも通りの反応に心が救われる。

 エリシアの両親は、とても忙しい人で二人とも同じ職場で働いている、くらいの認識しかない。私も会ったのは二、三度しかなく、ただ雰囲気の明るい良い人達だったという印象。


「それに、その格好女子としてヤバいよ? お風呂も入ってないんでしょ?」


「ぅ、確かに。ずっとこの格好だった、私の制服どこ行っちゃったのかな」


「制服なんて目立つ格好して、どうすんのよ。あたしの服貸してあげるから」


「ありがとう」


 掛け値のない優しさが、今はとても心に響く。エリシアは玄関でもたつく私を急かすように背中を押して、そのまま浴室へと連れ込み。


「ぇ、ちょっちょっと? エリシア!」


 悪戯な笑みを浮かべるエリシアはいそいそと私から服を剥ぎ取ると、自分もその場で脱ぎ始める。


「いいじゃんっ! 久しぶりに背中流しっこしようよぉ、どれほど成長したかお姉さんに見せてみなさい」


「ぃやっちょっと……恥ずかしいって」


「むふふ、おぉっ! 育ってるねぇ」


「むぅ、それ、超イヤミだからね!!」


 背後から私の胸を弄ろうとするエリシア、その豊満な感触を背中に押し当てられ、その差を見せ付けられているような仕打ちに、目くじらを立てて向き直る。


 大きければ良いと言うことはない! これはしっかり調査済み! 情報によれば、世の男性は意外と大きさよりも、形や質感! そして掌に収まるベストなサイズを求めると書いてあった。

 つまり、エリシアのように大きすぎる果実は逆効果、私のようにやや小振りでも掌に収まる方が。


 ——それはそれ! やっぱりなんか悔しい!!


 頬を膨らまし、半目で睨む私を「ごめん、ごめん」と諫めたエリシア。

 むしろ何の「ごめん」なのだろうか!? と突っ込むのは余計に傷口を広げるのでやめておいた。


「うぃいー! 生き返るぅ!! ずっと外にいたから身体冷えちゃった」


「エリシア、おじさんみたいだょ? そういえばエリシアは何であの公園にいたの?」


 二人で交互にシャワーを浴びながら、髪を流す。まるで心のわだかまりも流れ落ちるように気持ちがどことなく楽になった。


「……あそこにいけば、ルゥシィに会えるかもって」


「エリシア、もしかしてずっと——」


 髪を洗い終えた彼女は隣にいた私に寄り掛かるように頭を預け、胸元で鼻を啜る。


「本当に、無事でよかった。あたし、あのままルゥシィに会えなかったら、あたし……ぅうう」


「うん、ありがとう。私も嬉しいよ」


 子供のようにすすり泣く親友の暖かさに、自分も甘え、そっとその頭を抱きながら二人してのぼせるまでそのままで居た。






 □■□■□






 私達はその後、エリシア自慢の手料理を食べ、何気ない会話をしながらありふれた時間を過ごし、私が無くしたと思っていた日常を親友は私に与えてくれた。

 そうして、夜も随分と更け、緊張のほぐれた心と身体は眠気を感じ始め。私達は二人でエリシアのベッドへと潜り込む。


「エリシア、聞いてもいい?」


「うん、どうしたの?」


 同じベッドで、向き合う私達は先程までの眠気が嘘のように目が冴え。


「天職、エリシアは何だった?」


「あぁ、それ聞いちゃう? そうだよねぇ? 最悪だった」


「ぇ!? そうなの? 何で」


「うちのママとパパさ『調律師』と『指揮師』って言うスーパー音楽夫婦なんだよね……だから当然あたしの天職もそうなるだろうって期待されててさ」


「……ダメだったの?」


「ダメどころか、擦りもしない『調教師テイマー』って言う動物と心通わせる天職でさ」


「ぅわぁ、でもエリシアらしいよ! いぃなぁ、女子力高い」


 私は、純粋に羨ましく思い同時に彼女にピッタリの天職だと感じた。しかし、エリシアはどこか遠い目で嘆息し。


「がっかりさせちゃったんだよねぇ、それで大喧嘩して」


「それで? どうしちゃったの?」


「ん……まだ、なかなおり出来てなぃ————」


「寝ちゃった、ふふ、可愛い」


 話の途中で眠気に勝てなかったエリシアはそのままスヤスヤと寝息を立て始め、その様子を眺めていた私は、寝ついた彼女を確認して安堵する。


 むくりと身体を起き上がらせると、彼の自宅から持ってきた古びた革の鞄に目を向け、ベッドからそっと抜け出し、鞄の中から取り出した魔装銃を構えた。




「ごめんね、エリシア」



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