八、目覚めていく力、抗えない思い
薄闇の中を颯爽と走り抜ける。とにかく、今できる事をやらなければ。
皮膚をかすめる風が痛い、狭まる視界は目を開いているのがやっとだ。一体どのくらいの速度で走っているのだろうか。今までの私では絶対にあり得ない動き、明らかに身体の中で何か変化が起きているのがわかる。
天職とはなんだろう、何故そんな力が私たちには備わっているのか。この平和な世界で、戦う必要も、相手もいないのに。
神様は何故、私にこんな力を与えたの? この国では犯罪も起きない……なのに。
——それがおかしいんだよ。
なんで? 誰も傷つかない理想の……
——私は傷ついている。
私は、この力のせいで。
——私が、悪いの?
わからない、わからないよ! 今はとにかくレインくんを探す。私を逃すために、一人で何かする気だと思うから! そんな事させない。この国を出るなら、一緒に。
——それが彼の幸せ? それで、彼は幸せ?
そ、それは……私がいなかったら、彼を巻き込まずにすんだ。
自問自答に答えを見失い、
今はどこに行ったらいいのかも、何をするべきかも分からない。ただ、私はまず、私自身を受け入れなきゃ。
袋小路に近づくたび、鼓動が早くなる。きっと誰もいない、何もない。
そして、見覚えのある高い塀。昼間と違いどこか不気味さの漂うその空間へと辿り着いた。
「誰もいない……よね、何も————」
ふいに足元へと視線が向く、そこには
「——!? やっぱり、やっぱり私が」
腰から砕けるように座り込み、両手で顔を覆う。それでも押さえきれない涙が溢れて。
「どうして? どうしてこんな事に、私はただ普通に、普通に生きたいだけ」
こんな力はいらない……必要ない、誰にも求められない、誰にも必要とされない、こんな力。
——るぅしぃ? おまえ強いんだな! おれの兄さん助けるのてつだってくれよ!!
それは幼い群青の髪色をした少年の、無垢で真っ直ぐな叫び声だった。
「レインくん?」
——おれの兄さんは、悪い奴らにあのでっかいたてものへ連れていかれたんだ! おれ、助けに行こうとしたけど、門のところに黒くてでっかい犬がいて邪魔するんだ。なぁ、助けてくれよ。
「そうだね、約束したんだった」
いつも一人で怖い顔していた、男の子。でも、実はちょっと弱くて、すぐに泣かされて。
気になったから、声をかけたら走って逃げちゃうような、いじっぱり。
私もムキになって、追いかけて……直ぐにあの家へ閉じこもっちゃう彼を強引に引っ張り出して、一緒にいじめっ子と戦いに行った。
彼はやっぱりダメダメで、運動神経の良かった私は簡単にいじめっ子をやっつけちゃって。
女の子に真剣な顔してあんなお願いするんだもん、思わず怒っちゃった。
だけど、やっぱり放って置けなくて、二人でたくさん話し合った。たくさん計画をたてて、あの日それを実行したんだ。
——そして、私は。
彼のやろうとしてる事? そんなの決まっているじゃないか。私のやるべき事? わかってる。
「……守ろう、あの日叶えられなかった約束を」
ぐっと袖口で弱い自分と、涙を拭い去る。そして力強く立ち上がると、私は地面を強く蹴りその場を後にした。
「まずは、お父さんに会わなきゃ。きっと何か知ってる」
□■□■□
「やっぱり、まだ見張りがいるなぁ。どうしよう」
私は、今、母との苦い思いを胸に引きずったまま、だけど、今の自分に出来る事を最大限にやろうと決意し、長年過ごした家を物陰からひっそり見つめていた。
「レインくんのお兄さんを助ける。彼も同じ気持ちのはず、いつまでも逃げてはいられない。なら、こっちから」
政府の内部で働いている父なら国の中心部、あの大きな塔への入り方もわかるはず。
レインくんは、あの塔に腕輪をつけた人が入るのを見たって言っていた。手紙にあんなわかりやすい嘘を書いたのも卒業の式典に乗じて何かするつもりだ。だったら、その場に私も!!
下唇を噛みしめ、家の周囲を巡回する隊員を睨みつける。
——やってやる!!
相手の数は五人。家の正面に二人、裏口に一人、裏に回るための道にそれぞれ一人ずつ。
普通なら、多分だけど一人ずつ戦って裏口から入る。でも、あの二人完全に油断してる、今なら。
——正面から突っ込んだ方が早い!
戦うなんて、馬鹿げてる! そんな方法知らないし、訓練なんてした事ない!! なのに、なんでかなぁ、あの人たちをどうしたらいいのか、どこを攻撃したらいいのか分かる自分が。
「大っ嫌い!!」
スキルはまだ使えない、だからあの剣? も出せないし、出すつもりもない!! あんな事しなくたってできる事はある————。
途中で拾った、丁度良い長さの木材を握りしめると、勢いよく地を蹴って正面から身をかがめ疾走する。
「ぁっ——————!!?」
見張りの一人がこちらに気が付き声を上げようとする、その前に跳躍して一気に距離を詰め喉笛に手刀を打ち込んだ。完全に喉を潰され声を失った見張りをそのままフルスイングした木材で殴りつけて気絶させ、その様子を目の当たりにし、驚愕の表情で銃を構えようとするもう一人の見張りの喉元を木材で打ち抜く。
「————っがぁ!!?」
声にならない声を上げながら後方へと吹き飛んだ見張りはそのまま気絶した。
こんなの、私じゃない! こんな酷いこと出来るわけないんだから。
まるで染み込んだかのような洗練された動きをする自分の身体に嫌悪感を抱きながら、でも沸々と湧き上がる高揚感にどうしようもないもどかしさを感じてしまう。
「とにかく、誰か来る前に」
慣れ親しんだ玄関の扉がやけに重く、まるで別の世界に通じる扉のようにさえ感じた。
「何か物音が聞こえなかったか?」
「そうかしら? ちょっと見てきますね」
取手に手を掛けようとした瞬間、扉一枚を隔てて聞こえてくる聴き慣れた声色。
内側から扉が開けられる。そう思った直後、この身体は最も最悪で、最適な行動をとってしまった。
「る、ルゥシィ!? お前……何を」
「んん————!!」
扉が開いた瞬間、身を滑り混ませた私は、最愛である筈の母の首へ背後から手を回し口元を押さえると、動脈を圧迫し————落とした。
「なによ、なによこれっ! なんで私こんな事できるの!?」
「……」
「ねぇ! お父さん!! 私なんなの!? 何か知ってるんでしょ!? 教えてよ……」
父はどこか物悲しい視線を、向けるとゆっくり母の元へ近づく。立ち尽くす私を警戒する事も、怯えるでも無く、母の無事を確認した父はそのまま抱き上げソファーへと横たえた。
「ルゥシィ、すまない。私ではもうお前の力にはなれない」
「どういうこと? お父さんはなにを知っているの?」
「私は——」
父はとても苦しそうに視線を落とし、ゆっくりと重たい口を開こうとしたその時。
「おい!! 誰にやられた?! 酷い怪我だ——」
「中は大丈夫か!? おい! 応えろ」
残りの見張りが予想よりも早く異変に気が付き正面で騒いでいる声が聞こえてくる。
「逃げなさいルゥシィ、私にしてあげられるのはこれが精一杯だ」
「……おとうさん」
その言葉に、思わずハッと父の顔を見上げ。それは、悲しげで、でも、父だった。
「すまない。お母さんを恨まないでやってくれ、お母さんもずっと苦しんできたんだ」
「そんな……そんなこと言われたって!! 私」
「おい!! 中にいるのか!? こじ開けるぞ!!」
玄関で叫び声を上げる見張り、切迫した状況に思考が全く追いつかず。
「ルゥシィ! 裏口から、早く行きなさい!! 彼らは私がなんとか誤魔化す……早く」
「————」
感情の整理も出来ないまま、慌てて裏口へと走った。父は振り返ることなく扉へと向いたまま、しかしその背中は、泣いているように見えた。
裏口から飛び出した私は、そのまま夜の街を走り抜け。背後から遠く聞こえてきた乾いた発砲音にびくりと立ち竦む。
「……お父さん」
しかし、戻る事はしなかった。私は力一杯に拳を握りしめ、深い夜の闇に姿を消していく。
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