六、それぞれの思い、それぞれの覚悟
歩くたびに身体の芯へと響き渡る鈍痛……間違いなく、折れている。
塀から飛び降りた時だろう、着地に失敗して彼女には格好の悪い所を見られてしまった。
鈍い痛みに耐えながら、彼女を抱え何とか自宅まで帰り着いた俺は、ゆっくりと玄関の扉を開き途中から気を失っている少女に神経を配りながら、そっと扉の隙間に身体を滑り込ませる。
人目を避けるため適当な所で夜更を待ったせいで、辺りは真っ暗になっていた。
自宅の様子に変わった所は……今のとこ無い。
俺は気を失ったままの彼女を、移動させ少々ほこりを被った革張りのソファーへとゆっくり横たえる。
「……悪いな、今日はここで勘弁してくれ」
反応のない彼女の様子に、胸を刺すような感覚を覚えながらポケットから取り出した端末……ステータスパスを見つめる。
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レイン・エバンス
《天職:
《スキル:未取得》
《魔適性:光》
《耐性:腐敗、石化、光》
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「っち……スキルはまだ使えないか、癒しの力ってのには期待できそうも無いな」
ルゥシィが使用していた『強制開花』というのは、今まで聞いたこともない方法だった。
通常スキルを修得するには、それなりの期間と特化した訓練が必要……だから専門分野に進学する。
何かの拍子に俺も……と期待してみたが、どうやら足の骨折は自力で治すしか無いらしい。
「また……助けられてしまったな、覚えていないだろうが二度目なんだぞ? お前に救われるのは」
気を失っているのを良い事に、独白じみた事を始める……起きていたら恥ずかしくてとても口にだせない。まぁ、一種の自己満足だ。
古びた書斎にホコリを被った机、小難しい資料が山となって乱雑に放置されている部屋。
「……この部屋に入るのは、父さんが失踪して以来か」
狭い室内を感慨深く見渡しながら、ポケットに手を入れ小さな鍵を一つ取り出すと、机に設置されている棚の三段目、その鍵穴へと合わせ。
「——やっぱり、ここの鍵か……」
父が失踪する前「何かあったら使え」と真剣な面持ちで手渡され……しかし、今日まで中身を確認する勇気がなく、ずっと自分の机に放り込んだままであった。
カチリと鍵の開く音を確認し、ゆっくりと引き出しに手を掛ける。
「……これは、魔装銃? 何かあったらって……俺が何かに巻き込まれる前提だったのかよ」
ずっしりと重量のある銃を取り出すと、奥から更にもう一丁の魔装銃と使い込まれたホルスター、そして魔術の施された魔弾、父の名前が記されたカードキーのようなパス。それ以外には何も無い、何を期待していたわけでもないが、おそらくこの家に帰るのが最後になるだろうと思い確認しただけ……それだけだ。
「……最後まで、何も教えてくれないのかよ。そして、息子になんて物置いていきやがる……まるで、わかっていたみたいに……」
一人静かに拳を握りしめ肩を震わせた後、背後で気を失っている彼女へと向き直り、魔装銃の一丁と父の名前が入ったカードキーをソファーの前のローテーブルへそっと置いた。
「……兄さんが行方不明になった後、思い詰めたような表情で出て行った父さんもそれ以来帰らなくなった、そして残された母さんは……ある日事故に遭い……それが事故だったのか、自殺だったのかはわからない……俺はもう、どうしたら良いかわからなくなって」
思い出す記憶は、やはり重く、苦しいものだったが、どうしてか目の前の彼女を眺めていると胸の内で凝り固まっていた感情がスッと軽くなるような気がして、思わず笑みが溢れてしまう。
「……そんな時、お前が救ってくれた。覚えられていなかった時は、それなりにショックだったんだからな」
「————」
彼女はやはり反応を返さない。当然だ……気を失っているのだから、そして、そんな状況でもなければ、やはりこんな事は言えない。
「……今度は、俺がルゥシィを助ける。お前は……生きてくれ」
□■□■□
何か重たい扉が閉まるような音がした……一筋の雫が頬を伝う、しかし、拭おうにも未だに身体は言う事を聞かない。
まるで棺の中に閉じ込められているようだ。瞼が開かない、心でいくら叫んでも声が出ない、彼が立ち去るその瞬間まで……ただ“聞いている”事しか出来なかった。
——思い出した、全部……思い出したよ、レインくん。
『あの事件』以来、私は過去の記憶を完全に封じていた……二度と同じ事が起こらないように。
でも、その鍵は私自身の中にあって……私は“あの時”それを無理やりこじ開けた。濁流のように流れ込んでくる記憶の中で、掴み、手繰り寄せた記憶……それは、幼い彼と同じく幼かった私が共に過ごした時間の記憶。なんて事はない日常……酷く落ち込んでいた彼を偶然見つけた私は、執拗に絡み……何度も家に押しかけては、彼を外に引っ張り出して。
私はこの家に、何度も来ていた……彼が一人である事も、彼の母が亡くなっている事も……なのにっ。
思えば、彼の母のワンピースを自分で引っ張り出せたのは、彼を元気付ける為幼い頃「私が、お母さんになってあげる」などと、人の気持ちも考えずやりたい放題やった時、使っていたから。
——レインくん……ごめんねっ、私……私っ!!
「————!?」
ゆっくりと開いた視界に見知らぬ天井が映る……暖色のランプが一本だけ吊るされた、まるで倉庫みたいな天井。
「……ぇ、いん、くん……レインくん!?」
意識に身体がやっと追いつき、弾かれた様に上体を起こす。身体の至るところが軋むように痛み、頭が割れそうなほど痛い。
「……っ! ここはどこだろう……」
見渡す限り扉も窓もない、閉鎖された空間……そしてふいに目の前に置かれていた銃とカード、そして一枚の手紙。
「……」
————リーベルシアへ。
目覚めたら、知らない場所にいて驚いただろう。
ここは、父が趣味で作った家の地下にある、秘密の部屋みたいなものだ、出る時は天井のハッチを捻れば外に出られる。ここなら、もし連中が家を捜索に来ても見つかる心配はない。
食糧や水は備蓄してあるし、トイレもあるから、ほとぼりがさめるまではそこで身を隠すといい。
非常に言いづらいのだが、俺は“あの時”のお前に恐怖を抱いてしまった。助けてもらって本当に申し訳ないと思っているが、これ以上一緒にいる事が出来ない。約束を守れなかった事悪く思う。
俺は、知り合いに頼んで身を潜めて生活する事にした。だから、その家にはもう二度と帰らない。
最後にこんな形になってすまない、この魔装銃と父さんのカードキーは餞別だ。
父さんは政府でも特殊な機関で働いていたようでな、秘密裏に国を出るルートがあるようだ、その方法が記されている手記を机の上で見つけた。カードキーはその際に必要なものらしい。
お前は、この国から脱出しろ。そうだな、明後日に開催される同期の卒業式なら警備も手薄になっているはずだ。その隙をつけば何とかなる、お前の力があれば出来るはずだ。
最後まで、力に慣れなくてすまない。元気でな。
————レイン・エバンス
「……嘘つき」
嘘をつく人は、好きじゃない……だけど、こんなに“優しい嘘”は嫌いになれない。
無意識に溢れる涙を袖で拭い、置かれていた魔装銃を手にする。
レインくんが『何をするつもり』なのか……どこへ行ったのか、わからない。
でも……一つだけ確かな事は、この国を出て自由に生きる事が出来るなら……その時は、あなたも一緒。
「明後日……お願い、無事でいてね……レインくん」
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