二、逃走と出会い
暗殺者という衝撃の天職を告げられ……それからの事はよく覚えていない、朦朧とする意識で人の波が過ぎ去るの静かに見送った後、おもむろに教室へと向かっている自分が居て。
「ねぇ、聞いた?」
「うん、ありえないよね?」
「暗殺者だって! 実はもう人殺しだったりして?」
「うそっ! こわーい」
周囲の視線が恐ろしく痛い、嘲笑う声が聞こえる。あらぬ事を言い始める者がいる。自分が必死に保ち、積み上げて来たものが崩れ落ち自らに降りかかってくる。
私はこれからどうなるのだろう、母の嘆く姿が脳裏を過ぎる。
これからどうやって生きていくのだろう。
——『身体売るとか?』
————いやだ、いやだ……いやだ、いやだ、いやだ!!
何かの間違いかもしれない、端末の誤作動かも……もしかしたら読み間違い? もしかしたら。
哀れでもいい、なんでもいい、とにかく何かに縋ろうと必死で手にしたままの端末へと目を剥いて何度も、何度も読み返す。
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ルゥシフィル・リーベルシア
《天職:
《スキル:未取得》
《魔適性:闇》
《耐性:毒、呪い、闇》
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気が付けば「いらない」……そう叫んでいた。
今まで出したこともないような声で、周囲の人々が驚きに戸惑い距離を取っていく。
どうでもよかった、もう、私の人生は終わったのだ。もうどうでもいい。
「……ルゥシィ」
そこには苦く切ないものを噛みしめるような表情で佇む親友の姿があった、しかし、今、彼女は目を逸らしその場から走りさっていく。
「はは、そっか。そうだよね、私、友達の価値すらなくなっちゃったんだ」
気が付けばいつの間にか教室へと辿り着き、ふいに視線を巡らせた室内には同じく生気を失った男子生徒が数人席についていた、その中には未だ放心状態のアレックスの姿もあったが、最早そこへ痛みを感じ気遣う余力など残されていない。
「非常に残念な結果だと思いますが、あなた達の将来が閉ざされた訳ではありません」
気休めのつもりだろうか? だとしたらなんの意味もない、間違いなく私たちの将来は閉ざされた。
「あなた方には今から、この腕輪を配布します。これはあなた方が危険分子とならないようにあなた方の力の成長を封じ、社会に適合して生きていけるようあなた方を守る腕輪です」
そう、私は今日から腕輪組。社会から必要ないと判断された目印をつけて残りの人生を送る。
弱者の象徴、社会的に不必要と判断された者の証。
「それでは、順番に……」
一人一人、無気力に打ち拉がれる生徒達が、静かに立ち上がりその右手首に光沢のある特殊な金属で生成された黒い腕輪を嵌められていく。二度と外す事の叶わない黒のレッテル。
私の名前を呼ぶ声が遠く、意識の中に消えていく。
——本当、最悪だ! 何もかも、無駄、エリシアの言うとおり生まれ持ったものだから。
頑張って来たのに、いや、本当は薄々わかってたのかも知れない、怖かっただけ、だから必死に可愛いくて女の子らしい自分になれたら……何か、変わるかも知れないって。
「ルゥシフィル・リーベルシアさん、早く前へ!」
「……はい」
ゆっくりと、どこかその瞳に哀れみの光を宿した担任の前へと進みでる。
「女の子であるあなたが……残念です、右手を前に」
「……」
マーシャ先生はそっと私の手を取り、居た堪れない表情を押し隠すように黒い腕輪を右手へと——
「——リーベルシアさん!? 一体何を」
それが無意識だったのか、意識してなのかはわからない……ただ気がついたら私は先生の手から腕輪をはたき落としていた。
「……有り得ないから」
一瞬、今までに見たことのない表情に驚愕するマーシャの手を払い除けると教室を飛び出し、思いのまま駆け抜けた……背後から遠くなっていく叫び声、こんなに早く走れたなんて知らなかった。
私、どこに行くんだろう。
□■□■□
どのくらい走っただろうか、気が付けば私は学園を出ていた。
「学園から戦闘系の天職を持つものが腕輪の装着を拒み脱走した! まだ遠くへは行っていないはずだ、探せ!」
どうやら私はとんでもない事をしでかしたらしい、頭上を走る大人たちの足音……今まで見たこともないような騒ぎ方で、私を探している。
まるで重罪を犯した逃亡者、私は小さな橋の下で身を屈めるように膝を抱き無気力に冷たい石壁へともたれ掛かり、騒ぎ立てる大人達をやり過ごす。
川縁の砂利はゴツゴツしていて、水浸しになった下半身からは徐々に体温が抜け落ちていく。
「お母さん……お父さん……」
母はこんな私を見てなんと言うだろうか、父の所にも連絡は行っているはずだ。
二人とも馬鹿な事をした娘を哀れみ、心配して、探している頃だろうか。
そうして、私を見つければこう言う「心配した、何をしていたのか」と。
『ルゥシィのため、仕方のない事、だから腕輪を』
——それだけは、いや。
全身が、拒絶する。あの腕輪をしてはならないと本能が訴えかける。
「まだ見つからないのか!」
「申し訳ありません、くまなく探しているのですが」
「話によれば天職は『
「はい、なんでしょうか」
「
「いえ、まだ捜索しておりません……」
「————!?」
数名の足音が、少しづつ橋の方へ向かい傾斜を降る音が聞こえてくる。
見つかる! 逃げなきゃ、どこへ? 家……誰かが張り込んでるに決まっている。
じゃぁどこへ逃げたら……逃げて、どうなるの? 逃げ切れる訳ない。その先もどうしたらいいか。
徐々に迫り来る足音に身体を硬らせ、しかし、その場を離れようと力を入れる。
——動かない。
冷え切った下半身は、恐怖と過度な緊張により立ち上がる力を奪われ、硬直した身体は震える事しかできずに。
だんだんと迫り来る足音、無駄な抵抗もここまでかと、目を瞑りできる限り身体を縮め石壁に身を寄せる。
——神様……こんな仕打ち、ないよ。
完全に希望を手放しかけたその時。
「誰だ君は? 学生か? そこをどきなさい」
「……あっち」
「ん? なんだって?」
「逃げてる奴、あっちで見た」
「それは本当か!? どのあたりだ?」
「……検問所、人襲ってたから早くした方がいいよ?」
「————」
「なんだと!? いつの間にそんなところまで! おい、いくぞ! 急げ!」
「……」
大勢の足音がその場から遠ざかっていくのがわかった。
そして、一つだけその場に残った足音がゆっくりと近づいて来ると恐怖に目を瞑っていた私の前で立ち止まる。
「……大丈夫か?」
どこか聞き覚えのある声に恐る恐る片目を開けて目の前に立つ人物の顔を確認する。
深い群青の髪に鋭い眼光、長身の彼は身を屈めずぶ濡れの私を不思議そうに見つめていた。
「レイン……くん?」
「……」
「助けてくれたの?」
「……余計な世話だったか?」
「いやっ全然……そんな事ない、ありがとう」
「……」
レイン、彼の事はその名前くらいしか知らない……クラスでも一度か二度話した事がある程度、無表情でどこか周囲より大人っぽい雰囲気を持つ彼に、積極的な関わりを持とうとも思っていなかった。
——でも、レインくんがなんで。
そう問いかける前に、緊張と恐怖から開放された安堵からか急速に遠のく意識を掴みとる事ができず、その場で気を失ってしまった。
「……」
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