十七、重なる想い

 私は、気がつくと叫び声を上げ、ロゼさんの背後で大口を開けている漆黒の犬。ヘル・ハウンドの頭部に銃を乱射しながら飛び降りていた。

 しかし、銃弾の衝撃など意に返さないヘル・ハウンドは開いた口に高熱のエネルギーを収束して作り出した炎の塊をロゼさんの背中へと向け吐き出す。


「ロゼさん!!」


 間に合わない! そう思った直後だった。地に降り立った私はロゼさんの方へ駆け出そうとした所でその姿が灼熱の球体に呑まれる直前、ブレたのを視界に捉え。


「ルゥシィ!! よけろぉおおお!!!」


 彼の叫ぶ声が聞こえた。


「ぇ?」


 一瞬だった。私がロゼさんの姿に気を取られた瞬間、もう一匹の赤い瞳がこちらを捉え、灼熱の球体が私の眼前に迫って。


「————っ!!」

「ロゼ……さん」


 刹那。私の身体は真横に突き飛ばされ宙を飛ぶ。その視界の端に身体の半身を炎に包まれたロゼさんが地面に倒れ込むのが見えた。


「——!! っろぜさぁあああん!?」


 全身に焦燥が駆け巡る。私の、私のせいで! 焦る気持ちを押し殺しながら、地面を蹴って倒れ伏す彼女の元へと疾走した。


「ロゼさん?! ごめんなさい、私、私が」


「……ふふ、ルゥシフィルちゃんが叫んでくれなかったらおねぇさんも危なかったもの。おあいこよ」


「でも、ロゼさん酷い怪我」


 私はロゼさんの身体に視線を向ける。幸い顔は無事だけど、左半身の負傷が酷い。焼けただれた繊維が皮膚に癒着ゆちゃくして。これ以上は直視することが出来なかった。


「だいじょうぶ……まだ、右手が動くわ」


 ロゼさんはボロボロの身体を必死に起こすと手にしたグルカナイフを握りしめる。


「これ以上動いちゃダメですよ!!」


「そうね、出来れば休みたい所だけど。ワンちゃん達がそうさせてくれそうに——っぐぅ」


 立ち上がろうとしたロゼさん、しかし痛みのあまり膝をつく。そんな私達のもとへまるで王者のような貫禄を漂わせながら、のそりと近づく二匹の獣。


「私が、やります」


 痛みに悶えるロゼさんの前に一歩進みでた私は、彼女の手からこぼれ落ちたクルガナイフを手にとり、悠然とこちらを見据えている地獄の番犬へと向き合い。


 ただ、なんだろうこの感じ、前にも同じような事が。


「——っ」


 突然、刺すような痛みが頭に走る。






————大きな黒い犬。泣いている男の子。飛び散る鮮血……血? 誰の? 私の血?


 

 怖い——。私は知っている。この光景を知っている。



「ぃや、いや、こないで……いやぁぁああああ!!!」



 まるで弱者を睥睨するように並び立つ二匹の漆黒の獣。私は突如襲ってきた記憶の放流に呑まれ。


 朦朧とする意識、心に刻み付けられた恐怖が目の前の脅威に立ち向かおうとする意識を刈り取る。気が付けば私はガクガクと膝を震わせ、地べたに座り込み両腕を抱いていた。


「ルゥシフィルちゃん!! しっかりしなさい!!」


 背後で必死に手を伸ばすロゼさんが見える。そうだ、私が今立たないと。


 二匹の獣は一歩ずつその足を進め、撫でれば消し飛びそうな私にその前足を振り上げる。


「ぁ、あ、ああ——」


 ダメだ、怖くて足が竦む。とても、立ち向かえない。


 目の前に迫る恐怖に耐えきれなくなった私はただ、目を瞑ることしか出来ず。



「諦めるな、今度は俺がお前を守るから! お前がそうしてくれたように!!」



 全身を包み込む温もりを感じた。目を開くとそこには私を片手に抱え、手にした魔装銃を二匹の獣に向けている彼の姿。


「れ、いんくん」


「大丈夫か? こいつらは俺がなんとかする……命に変えても」


「だめ、私、頑張れるからその間に、ロゼさんを」


それか。またお前はそうやって自分を犠牲にして、みたいに。俺はもう逃げない、次は俺の番だ!」


 彼は二匹の獣を睨みつけたまま、力強く私に言い放った。私が何とかしなければ、彼の気持ちは嬉しいけれど。今この場で戦えるのは、私だけ。そのための暗殺者アサシンなのだから。


 唇を噛み締めて拳を強く握る。恐怖はいらない。私は暗殺者アサシン。今必要なのは、生き残る力。

 私は再びクルガナイフを力強く構え、恐怖を無理やり拭い去る。


「ありがとう、レインくん。援護お願いできるかな」


「……ぁあ、任せろ!」


 雰囲気を切り替えた事で、二匹の獣は僅かに鼻をひくつかせ。敵と認識したのか前足に力を込めて牙を剥く。


 ————何だろう、体が軽い。全身から力が溢れてくるみたい。


 トンっと軽くステップを踏む。私の身体は風のように二匹の獣、その間を駆け抜け、皮膚を裂く。


「「————ガァッ?!!」」


 反応できなかった二匹は唸り声をあげ、牙を剥き出しにしながら身を翻そうとして。


「俺の方も見ろよ!! クソ犬がっ!」


 二匹が私に意識を向けた瞬間、彼は両手に持った二丁の魔装銃を連射してその顔面を撃ち続ける。

 ヘル・ハウンドは煩わしそうに表情を歪め、その隙を見逃してあげるつもりはない。


「ロゼさんに酷いことして。絶対に許さない」


 逆手に持ったクルガナイフを握りしめ、音のないステップを踏みながら二匹の間を縦横無尽に飛び交い、気配を感じ取らせることなく死角から斬りつけては距離をとり、次々と傷を負わせていく。その間、彼も間髪入れずに銃弾を二匹の腹部や顔面に撃ち込み続け。


「ルゥシィ! アレが来るぞ!!」


 一匹が攻撃を受けている間に距離をとったもう一匹が口を開き灼熱の球体を吐きだ——。

「させないよ!!」


 口から炎の塊を吐き出そうとした瞬間、その真下へと潜り込んだ私は、真上にクルガナイフを突き立て、逆立ちをするように柄ごと下顎を蹴り上げ、一瞬その口を縫い付ける。


「————!!?」


 吐き出そうとした灼熱の球体は、その口の中で暴発し煙を吐きながら漆黒の巨体は地面へと倒れ込んだ。


「——やった?」


「まだだ!! そいつは首をはねないと死なない!」


 彼の叫ぶ声に振り返ると、必死に魔装銃を連射してヘル・ハウンドを牽制する彼の姿。しかし、じりじりと確実に距離を詰めて行く漆黒の獣。何よりも、その姿を目にした私は驚愕に目を見開く。


「傷が、傷が塞がって——」


 そして、のそりと背後で身を起こす気配。私は戦慄に身を硬直させる。






 □■□■□






 あたしは。ただ一人、大切な人達が、傷つき。倒れ。それでも内に秘めた“特別”や“大切”のために戦う姿を、ただ上から傍観していることしか出来ないのか。


「ルゥシィ、レインくん、ロゼさん……あたし、どうしたら」


 だいたいこれは何だ、なんなのだ。あたし達はこんな所で、あんな化物相手になぜ戦っているのだ。


「ありえないよ、こんなの」


 何でこんなことになったのだろう。あたしは親友を守りたい、それだけだった。確かに危ないかもしれない、危険なことかもしれない。それでも親友を裏切って、この先何も知らないふりをしながら生きていくなんて、出来ない。出来るはずが無い。そう、思った。



 だけど、こんなの。こんな事、想像できるはず————



 目の前で、親友が化物と戦っている。あんな姿、今まで一度だって見た事ない。彼女はドジで思い込みが激しくて、十分可愛いのにコンプレックスばっかりで。


 いや、彼女は。ルゥシィは……誰よりも芯が強くて、人一倍正義感に溢れていて、傷ついている人を見過ごせない。そう、彼女はそうだった。




————だから、あたしは救われたんだ。




 いつも、一人ぼっちで。パパやママも忙しくて、誰も助けてくれなかった。


 気が弱くて、いつもからかわれていた。一人で泣いていたあたしに居場所をくれた。






『やーい、デカ女! おまえ父ちゃんと母ちゃんに捨てられたんだろ?』


『ち、違うもん……パパとママはお仕事で』


『ウソだぁー、ウチの母ちゃん言ってたぞ? おまえは“いつも一人の可愛そうな子供”だって』


『ちがうもん、ちがうもん……ぅ、うぅ』





 そう、あの時。あの公園で。





『女の子泣かすなんて有り得ないから!! あんた達、ただじゃおかないわよ!』


『やべっ、怪力ルゥシィだ!?』

『逃げろー』




 あなたは、簡単にいじめっ子を追い払って。泣いているあたしに声をかけてくれた。




『大丈夫? あたしはルゥシィ。あなたは?』


『ぁ、え、エリシア……』


『エリシア? よろしくね! 一人ぼっちなの? 私と一緒だね?』


『う、うん? ルゥシィちゃんも一人なの?』


『うん。本当のお父さんとお母さんいないんだって、だから一緒』


『そうなの? あたしより悲しい』


『そんな事ないよ? おじさんとおばさん優しいし! 私たち姉妹みたいだね』


『ルゥシィちゃんとあたしが姉妹?』


『うん! そっくりさんだから! これからは私がエリシアのおねぇちゃんになってあげる』


『ルゥシィちゃん……うん! でもあたしの方が大きいよ?』


『いいのぉ!! エリシアは泣き虫さんだから妹! 今日から家族だからね? 約束だよ?』


『約束……うん!! 約束!!』



 約束したんだ。姉妹だって、家族だって。だから、ルゥシィ一人で戦わせるなんて出来るわけない!!



————力が欲しい! ルゥシィの助けになる力が、欲しい!!」



「こんな所で、見ているだけなんて嫌だ! 神様、私に力と“あの場所”に行く勇気をください!!」


 視線の先で化物相手に戦い続ける親友を思いながら。強く、強く、魂を奮い立たせる。


 瞬間、身体全体を覆うように鮮やかな黄緑色の淡い光が溢れ。


「これ、なに? あたしの? 天職の力?」


 咄嗟にポケットの中に手を入れ、ステータスパスを確認する。


「あたしの……スキル?!」


 パスに表情されている情報を目にした瞬間、心が沸き立つのがわかった。


「これなら、助けられる。あたしも、戦える!!」


 あたしは、地上に向かってロープを片手に颯爽と飛び降りる。


「ルゥシィ! 今行くからね!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る