第17話 薬草採集。そして。

 ユナは西の森を歩き回り、薬草を探していた。

 今回探すのはレーグ草という薬草である。集めないといけないレーグ草の数は二十本。薬草採集にしては割と多い数だと言える。

 急がないと夜までかかってしまう。


 頑張ろう。


 とユナは意気込んだ。


「……」


 一人、黙々とレーグ草を探す。


 一人で行動するのは久しぶりだ。

 最近はハルトと一緒だったしなぁ。


 なんだか一人というのがやけに新鮮な気がした。


***


 ユナのレーグ草探しは順調に進んだ。

 もうすでに十二本のレーグ草を見つけている。残りはあと八本だ。


「なんだか今日は魔物が少ないわね……」


 とユナは呟いた。

 いつもなら鬱陶しいくらいに襲い掛かってくる魔物が、今日はほとんど姿を現さないのだ。


「まあそっちの方が楽でいいんだけど」


 ユナにとっては好都合なことだったので、特に気にせず黙々と薬草採集をこなしていく。


「あ、また見つけた」


 ユナは足元にあったレーグ草を摘んだ。


 そして、ふぅと満足げに息を吐いた。

 夜までかかると思っていたが、陽が沈み切る前に依頼を終えることができそうだ。


 早めに終わったら、今日は私がハルトに夜ご飯を作ってあげようかな。


 ユナはそんなことを考えていた。


***


 時刻は夕方。

 陽は地平に傾き、森が茜色に染まっていた。


 ユナはほとんど魔物に遭遇することなく順調にレーグ草採集を進め、ついに二十本目のレーグ草を摘み取ったところだった。


「終わった~」


 ユナはそう一人で呟く。


「……」


 いつもなら一緒に喜んでくれるハルトが今日は隣にいない。


 少しだけ寂しいなとユナは思った。




 ユナはこれまでずっと一人で生きてきた。

 もちろん昔は一緒に時を過ごす仲間がいた。けれど|あ『・』|の『・』|事『・』|件『・』以降はずっと一人だ。

 一人で生活し、一人で魔物と戦い、一人で羊男を探してきた。

 時々、髪色のことでひどい差別も受けたりもした。


 でもあの頃のユナは別に寂しさを感じてはいなかった。


 弾力を失った心で、ただ淡々と日々を繰り返していたように思う。


 一人で薬草を集めることくらいあの頃はよくやっていた。


 けれど。


(今は一人でいることにこんなにも寂しさを感じてしまうのは、どうしてなんだろう)


 ユナは茜色の空を見上げた。



「……よいしょ」



 ふらっと近くに生えていた木に寄りかかって座ると、深いため息がこぼれる。

 まったくもって大したことはしていないのに、それでも多少は疲れているようだ。


 けれど、それ以上に充実感があった。


 最近の私の生活は充実している自覚がある。


 ハルトと一緒の家で暮らし、一緒にご飯を食べて、一緒に依頼をこなす。

 依頼をこなせば街のみんなの笑顔が見られる。そうして順調にギルドの名前も広まっていっている。

そ れに髪色が変わったおかげで差別だって気にしなくてよくなった。差別どころかむしろ、みんな私に優しい態度を取ってくれるようになった。


 充分すぎるくらいだ。

 少し前の私だったら考えられないような生活だ。



 今日は私が夜ご飯を作ってあげよう。

 いつもハルトがご飯を作ってくれるけど、たまには私も作ってあげよう。


 私は、ハルトが美味しそうに私の料理を食べるところを想像した。


「……ふふ」


 楽しいなぁ、と。


 口の中だけで呟いた。


 油断するとつい口の端が釣りあがってしまう。


 ……なんだか私らしくないよね、こういうの。

 私は両手でぐにぐにとほっぺたをマッサージして、ようやく立ち上がった。


***


 ユナは西の森を出て、街までの一本道を歩く。

 陽も沈み切り、だんだんと周囲が薄暗くなってきていた。


(今日の献立は何にしようかな~)


 などと考えながらしばらく歩いていたのだが、街に近づくにつれユナは異変に気付き始める。


(なんだか騒がしいような……)



 街がやけに騒がしいのだ。


 警報音のような音がわずかにユナの耳に届く。


 薄暗いせいで街の様子はよく見えないが、何かがおかしい。


(なんだろ……)


 胸がざわつくのを感じつつ、少し駆け足で街へと近づく。



 街に近づくにつれ、警報音がはっきりと聞こえるようになっている。


 恐怖心を煽るような音だ。


 よく聞くと、警報音と一緒に女性の声が放送されていた。




『緊急避難警報。街に黒龍が発生しました。ただちにこの街から避難してください。緊急避難警報──』




 放送の声は、何度も何度もその言葉を繰り返している。



「黒龍……?」




 嫌な予感がした。




 ユナは状況を確かめるべく、さらに足を早める。




 街に着き、その状況を見たとき、ユナは唖然とした。




「なによ……これ」




 ユナの知っている街は、もうそこには無かった。




 建物はすべて瓦礫と化し、地面が割れていくつものクレーターができている。

 街のいたるところから炎が上がっているのが目に入った。



 そしてユナは、自分の足元に何かが転がっているのに気付いた。



 死体だった。

 黒焦げになった人型の死体がそこに転がっていたのだ。



 ユナは吐き気を感じ、思わず手で口元をおさえた。



「おい、姉ちゃん! なに突っ立ってんだ! はやく逃げるぞ!」



 ふと、ひとりの男が息を荒げながらユナに声をかけてきた。



「これ、どうなってるんですか……?」



 ユナは破壊され尽くした街を指さしながら、呟くようにそう尋ねた。



「黒龍だよ! 黒龍が今街で暴れまわってんだ! もう何人も人が死んでる。はやく逃げねえと俺たちも殺されちまうぞ!



 男はそう言って、逃げるようユナを催促する。



「……」



 ユナは状況を飲み込むのに数秒時間を要した。



 そして。



 状況を理解したユナは、小さく呟く。



「……行かなきゃ」



 ユナは街の中心部へと走り出した。

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