第26話 ユーリ
自分を殴り続ける青年をしばらく放置してみた。
うわぁ、痛そう……。
しばらくその姿を眺めていると、青年は気が済んだのか、ようやく殴ることをやめた。
「ハアハア……もう僕には時間がないってのに」
青年は俯きながら小さな声で何やら呟いている。
「……気は済んだか?」
と、俺が声をかけると、青年は顔を上げた。
「はい……すみません。見苦しい姿をお見せしました」
「本当よ……あんた何がしたいわけ?」
ユナが冷やかな目で青年を見ながらそう言い放つ。怖いです怖いです
「ま、まぁまぁ。自己嫌悪で自分を殴りたくなる気持ちはわからんでもないだろ」
と俺が青年をかばってみるが、ユナの冷ややかな目は変わらない。青年を凍て殺さんばかりの目つきだ。すまん。青年。君を救うことはできなかった!
「改めて、助けていただきありがとうございました。一人でここで修行をしていたら想定したより強い魔物に遭遇してしまって……危うく死ぬところでした」
「ああ。無事でよかったよ」
「僕の名前はユーリです。二人のお名前は?」
「俺はハルトだ」
「……ユナ」
お互いの名前を名乗る。ユナはすごく嫌そうな顔で
金髪の青年の名前はユーリというらしい。
ユーリの丁寧な口調と態度を見るに、悪い青年ではないようだ。ただ感情表現が激しいだけで。
ユーリはさらに言葉を続けた。
「あの大蛇を消し飛ばすだなんて、お二人はお強いんですね……。正直速すぎて何が起こったのかもわかりませんでした。その見事な実力を見るに、有名なギルドに所属している方なんですか?」
「そこまで有名かはわからないが俺ら二人は『夜の騎士団』として活動してる」
「ええ! 『夜の騎士団』!?」
ユーリは目を見開いて叫んだ。
「『夜の騎士団』を知ってるのか?」
「知ってるも何も今一番話題沸騰中のギルドじゃないですか! 大災害の黒龍をたった二人で倒して見せたという超実力派ギルド! はっ! ということは、お二人が黒龍を倒した二人なんですか!?」
「あ、ああ、そうだが……」
まじか。俺たちそこまで有名になってたのか? 黒龍を倒したとき、ほとんど『夜の騎士団』の名前を言うことができずに急いであの場を去ったのに。まさかギルドの名前がこんな遠い場所の人にまで伝わっているとは。しかもたった数日で。
……ちょっと嬉しいじゃねえか。
俺はユナの方を見た。
ユナも俺の方を見て、嬉しそうに微笑んできた。
良かった。
『夜の騎士団』を有名にしようという計画は順調に進んでいるようだ。
「すごいなぁ……。本物だ……。そうだ! 聞きたいんですけど、どうやったらそんなに強くなれるんですか? 僕でも二人みたいに強くなれますか?」
「まあ、なれるんじゃねえか。俺なんかでも努力すれば強くなれたしな。大事なのは変わろうとする気持ちだと思うぞ」
「お、おお……! やっぱすごい人の言葉は重みが違う……! 変わろうとする気持ちですか! そうか……、そうですよね……! ありがとうございます! その言葉を信じて僕も諦めず修行を続けます!」
お、おお……。適当にパッと思いついた言葉だったが、どうやらユーリの胸には響いたようだ。こんな助言しかできなくて申し訳ねぇ。
……なんか、懐かしいなぁ。
ユーリの必死で強くなろうとしている姿が、少し前の俺に似ている気がした。
「そうだ! ぜひ何かお礼をさせてください!」
と、ユーリが思いついたように言った。
「特に大したことをしたわけじゃないし、別に大丈夫だぞ」
「ええ。大丈夫よ」
俺の言葉に便乗するようにユナがきっぱりと断りの言葉を述べた。ユナさん……なんかユーリに当たり強くない……? まあ初対面のときは俺もこんな感じで当たられてたか。というか今でも俺に当たり強い気がする。あれ……俺もしかしてユナに嫌われてる……?
「お願いします! 何かお礼をしないと申し訳ないです! 僕の家はすぐそこの『ミライール王国』にあるんです。そこで美味しい料理でもご馳走させてください!」
ユーリはそう言ってきた。
『ミライール王国』って俺らが今目指していた国じゃねえか。するとユーリは『ミライール王国』の国民なのか。
なるほど。
それなら国民であるユーリに『ミライール王国』の内情なんかについて色々と聞けるかもしれない。それで羊男が言っていたことについて何かわかれば万々歳だ。
俺はユナの方を見てアイコンタクトを取る。ユナは俺の目を見て小さくうなずいた。
「わかった。じゃあお言葉に甘えて料理をご馳走になろうかな」
と俺は返事をする。
「おお、本当ですか! 任せてください!」
ユーリは嬉しそうにそう言った。
***
俺とユナは、ユーリの案内のもとで『ミライール王国』へ向かって森を歩く。
途中、魔物と遭遇することがあったが、それを倒すのはユーリの役割だった。というかユーリが「これも修行です!」と言って積極的に魔物に挑んでいった。
俺とユナはそれを見守る役割を担った。
ユーリはDランクまでの魔物なら一人で倒すことができるようだった。
Dランクと言えば“パーティーで戦うことが望ましい魔物”だ。それを一人で倒すのだから、ユーリも剣士として悪くはない腕前と言えるだろう。
そうしてしばらく歩いて、ようやく森を抜けた。
するとすぐに『ミライール王国』が目の前に見える。
「……すげえ。これが『ミライール王国』か」
「立派な国ね」
俺とユナは目の前に現れた国を見て呟きを漏らす。
『ミライール王国』は、高さ三十メートル以上はある巨大な外壁に囲まれていた。
遥か先まで連なるその巨大な石の壁は、見ていて迫力があった。
ここまで立派な外壁を持っている国もなかなか無いだろう。
「……国民を外に出さないようにしてるんですよ」
ユーリがぼそりと何かを呟く。
小さい声だったのであまり聞こえなかった。
「ん? なんか言ったか?」
「この国は出入国がすごく厳しいんです。恐らく『夜の騎士団』であるお二人はこの国に入ることが許されないでしょう」
「そうなのか?」
「ええ。強大な力を持っているということは危険人物ということでもありますからね。なのでバレないように国に入りましょう。ついてきてください。僕しか知らない抜け道があるんです!」
そう言って、ユーリは門がある方向とは別の方向に歩き出した。
それにしてもそこまで出入国に厳しい国も珍しいな。
もしかするとこの出入国の厳しさも羊男が関係しているのか? 羊男のような危険人物を国に入れないようにしているとか? でも羊男の存在は国に認知されているのか……?
……わからん。
さすがに考えすぎか。
羊男のせいで何もかもを疑ってかかってしまう。
しかしまぁ警戒して損はないだろう。警戒は怠らないようにしよう。
ユーリに従って外壁に沿って歩きながら、そんなことを考えていた。
「本当にこんなところから中に入れるの?」
ユナが疑わし気にユーリに声をかける。
「入れますよ! えーっと、この辺に……」
ユーリがそう言いながら、外壁を手で押し始める。
すると、ボコッと音を立てて壁の一部がくり抜かれたように外れて、人が一人通れるくらいの穴があいた。
「おお! こんな抜け道があったのか」
「……やるじゃない」
「ふふん。恩人の二人だけにお教えする秘密の抜け道ですよ」
そう言って、ユーリは得意げに胸を張った。
これで『ミライール王国』に入ることができるな。
もしユーリを助けていなかったら、『ミライール王国』に入るのに苦労していたかもしれない。ラッキーラッキー。
やっぱ人助けはするもんだ。
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