第27話 ミライール王国到着


 抜け穴から『ミライール王国』に入ると、薄暗い路地裏につながっていた。

 そこは人気ひとけのない路地裏で、どこか不気味さすらあった。

 なるほど。ここなら誰にも見られず王国に入ることができる。それにしてもユーリはよく見つけたなこんな抜け穴……。


 ユーリは抜け穴に石壁をはめて、綺麗に穴を塞いだ。


「では行きましょう!」


 そう言ってユーリは路地裏を進み始める。俺とユナもそれに続く。

 薄暗い路地裏をしばらく歩いていると、大きな通りが近づいてきているのか、だんだん人々の声が聞こえてくる。


 そんなことを考えながら歩いていると、薄暗い路地裏の先に、ついに太陽の光が差し込んできているのが見えた。出口だ。

 ようやく路地裏を抜けた。そこはたくさんの人で賑わう大通りだった。


 降り注ぐ日差しの下、立ち並ぶ石レンガ造りの建物、道沿いにずらりと連なる露店、平らな敷石を敷き詰めた道路。

 その敷石を歩く人々は、冒険者風の格好の者、黒いローブを羽織った魔法使い風の者、そして買い物中の主婦。様々な恰好の人々がいた。


「いらっしゃい、いらっしゃい! いい肉入ってるよー!」


 俺たちの近くで肉屋のおっちゃんが声を張っている。


 その様子を見るに、とても賑やかで平和そうな街だった。

 良い街じゃないか。


「なんだか活気のある街ね」


 とユナも言った。


「ああ、どんな国かと少し身構えていたが安心した」


 と俺は答えた。

 羊男が関わっているのだから、どんな危険な街が現れてもおかしくないと考えていたがどうやら杞憂だったようだ。


 そう思いながら街を見渡していると、ふと、通りの向こう側、街のさらに奥の方に一際大きな建物がそびえ立っているのが見えた。

 巨大な城のような建物に、それを挟むように天高くそびえる塔。


 なんだあれ……? 城だよな……?


「あれは国王の住む王城です」


 城の方を見ていた俺に、ユーリが説明をしてくれる。


「王城か……でけえな」


 思わず感嘆の声が漏れてしまうくらい立派な城だった。


「そうですね……立派なもんですよね。あ、僕の家はこっちです!」


 そう言い、ユーリが街の中を慣れた足取りで進み始める。


「あ、ちょ、待てよ」


 俺とユナは置いて行かれないようにユーリに続く。


「おお、そこの白髪の可愛い姉ちゃん! うちで買い物していかねえか!?」


 ふと、ユナに声をかけてくる男の声がした。


 あ゛ん? 誰だ、ユナに気安く話しかけたのは。


 声のした方向を見ると、鼻の下を伸ばしてユナを見ているおっさんがいた。

 このエロじじいが……。なにが可愛い姉ちゃんだ……。


 ……わかる。ユナは可愛いよな。鼻の下を伸ばしたくなる気持ちもわかる。このエロじじいとはいい酒が飲めそうだぜ。


 さて、声をかけられたユナの様子はっと……。

 俺はユナを見てみた。


「…………」


 ガン無視である。まるでおっさんが存在しないものであるかのように淡々と歩みを進める。

 さすがユナさん……。女王の風格は健在です……。


 ユーリもその様子を見ていたのか、苦笑いしながら俺たちの方に声をかけてきた。


「ああいう客寄せは日常茶飯事ですのであんまり気にしないで大丈夫ですよ」


 ユーリなりの気遣いなのだろうが、ユナはどっちにしろあんなの気にしてないと思うぞ……。


 ……なんだか懐かしいなぁこの感じ。


 俺の故郷もこれぐらい賑やかで、客寄せもさかんだった。

 アイリーンと一緒に買い物に行くと、よくアイリーンが店のおっさんに声をかけられていたなぁ。ちょうど今のユナみたいに。そんでもってアイリーンは優しいからそれを断れなくて、ついつい余計な買い物をしてしまうのだ。


 懐かしい思い出だ。


 なんかノスタルジックな気分……。


「僕の家はこの通りをまっすぐ行ったところで、もうすぐ着きます!」


 ユーリはそう言い終わった後、思い出したかのように「あ」と言葉を漏らした。


「言い忘れてました! 僕の家には二人の同居人がいます。でも二人ともいい子ですのできっとハルトさんとユナさんを歓迎してくれると思います!」


 とユーリは言った。

 二人の同居人……、その口ぶりからするにユーリの両親というわけではなさそうだな。


 まぁ、お邪魔する立場な以上、それに対して不満を言えるわけでもないけど。


 俺たちはそんな会話をしながら街を歩き続けた。


***


「あれが僕の家です!」


 それから少し歩いて、ユーリの家に到着した。

 ユーリの家は大通りから少し逸れた脇道にあった。

 石レンガでできた二階建ての小綺麗な家だ。家の入口近くに小さな庭があった。


 そしてその庭に、一人の少女が、何やら花の手入れをしているのが見える。


「あ、ユーリ!」


 その少女がこちらに気づき、ユーリに声をかけてきた。

 少女の顔を見て、俺は思わず目を見開いた。

 その顔があまりにも美しかったからだ。

 歳はユーリと同じ十八歳かそこらだろうか。

 つややかな桃色の髪、きめ細かく透き通るような白い肌、そして整った端正な顔立ち。輝きを放つような類いまれなる容姿は清楚さを漂わせながらも、人懐っこそうな大きな目のおかげで華やかさが加わっていた。

 目の前にいたのはとんでもない美少女だった。


 なんだあれ……。ユナ並みに綺麗だな……。まあ俺はユナの方がタイプだけど。


「ただいま、ミリヤ!」


 ユーリが返事を返す。

 ミリヤと呼ばれたその少女は、てててとこちらに駆け寄ってきて、そしてユーリの顔を見て目を丸くした。


「ユーリ!? どうしたのその顔!?」


 ユーリは自分で顔を殴ったせいで頬が腫れていた。

 ミリヤは心配そうにユーリの側に寄る。


「ああ、大したことない怪我だよ。気にしないで」

「もう! また無茶な修行したんでしょ! あれほど無理はしないでって言ったのに!」

「はは。ちょっと森で強い魔物に襲われちゃってね。でもこちらのハルトさんとユナさんが助けてくれたんだ! この二人がいなければ僕はもっとひどい怪我を負っていたよ」


 そう言って、ユーリは俺とユナを指し示した。

 ミリヤと呼ばれた少女は、俺とユナを見て、はっとした顔をした。


「すっ、すみません。見苦しいところを見せてしまって……。お二人がこのバカを助けてくれたんですか……。助けていただきありがとうございます!」


 そう言って、あたふたしつつもミリヤはぺこりと頭を下げる。

 その仕草がどこか可愛らしくて、俺は頭を掻きながら返事をした。


「いや~当然のことをしたまでですよ~」


 笑いながらミリヤにそう言うと、突然左腕の肉がつねられた。


てっ!」

「デレデレしすぎ」


 腕をつねってきたのはユナだった。ジトっと湿度の高い目で俺を睨んでくる。

 怖いです怖いです……。そんなにデレデレしてたか俺……。


「ハルトさんとユナさんにお礼をしたくてうちに連れてきたんだ。いいよね?」

「もちろん! 恩人にはきちんとお礼をしなきゃ! ……でも無茶な修行をしたことはあとでちゃんと叱るからね!」

「……あはは」


 ユーリとミリヤはそんな会話をしている。

 二人とも仲良いなぁ……。そしていい子だ。ミリヤも見ず知らずの俺たちにきちんとお礼をしてくれようとしている。


「リタ姉もうちにいるよね?」


 とユーリがミリヤに尋ねる。

 リタ姉? ……あ、もう一人の同居人のことだろうか。


「うん。さっき買い物から帰ってきてたよ」

「そっか。リタ姉にもお二人を紹介しないとね。ではハルトさん、ユナさん! とりあえず、うちの中に案内します! ついてきてください!」


 そう言って、ユーリとミリヤは俺たちを家へと案内してくれた。

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