第28話 ユーリの思い
「ただいまー!」
ユーリが家の扉を勢いよく開けた。
手入れの行き届いた小綺麗な玄関が見える。
「どうぞどうぞ。ハルトさんたちも入ってください」
そう言ってミリヤが俺たちを家の中へと招く。
俺とユナは案内されるままに家へと入った。
「お邪魔しまーす」
「……お、お邪魔します」
ユナは少し落ち着かない様子で家の中へと入る。
「ユナ? どうした?」
「……私、こういうふうに人の家に来るのとか初めてだから」
ユナは小さな声でそう呟く。
そうなのか?
友達の家に遊びに行くことぐらいありそうだが……。
あ。
マゼルダ族の差別のせいか。
差別によって、人の家に上がることすらユナは許されなかったのだろう。
ユナ……。
これからは今までできなかったことをたくさんさせてあげるからね……。
俺は心の中で密かにそう誓った。
家の中に入ると、そこはキッチンになっていた。
よく手入れの行き届いた調理場に、きちんと整理された食器棚。
とても清潔感のある家だ。
ふと、奥の部屋へと続く扉が開かれた。
「おかえり」
そう言いながら、扉から女性が顔をのぞかせる。
歳は二十代後半だろうか。俺よりも年上に見えた。短く切りそろえられた赤髪に、切れ長の目が大人っぽい印象を与える。ショートパンツから伸びた健康的な足が目をひいた。
「あ、リタ姉ただいまー」
「ただいま~」
ユーリとミリヤが笑みを浮かべて喜びを
このリタ姉と呼ばれた人がもう一人の同居人か?
ミリヤのように圧倒的なオーラを放つまでとはいかないが、しかしなかなかの美人だ。
…………。
ハーレムじゃねえか!
俺は思わず心の中で叫んだ。
そしてユーリを睨む。
ユーリこいつ……。
何食わぬ顔してこんな美女二人と同居だと……?
許せん、男の敵だ。
いや待てよ。
むしろ先生として見習うべきなのかもしれない。
どうやったらこんなハーレム作れるんだ……?
あとでユーリ先生にご教授願うとするか。
「あんたまた変なこと考えてるでしょ」
と、ユナが凍てつく視線を俺に突き立ててきた。
怖いからその目やめて……。
そんな俺たちの様子を見ていたのか、
「そっちの二人はどちら様?」
とリタ姉と呼ばれた女性が言う。
「ああ。こちらはハルトさんとユナさんだよ、実はね──」
そして、ユーリは俺たちがここへ来るに至った経緯を説明し始めた。
***
俺とユナ、ユーリ、ミリヤ、リタさんの計五名でリビングルームのテーブルを囲み、これまでの経緯について話した。
ユーリは、なぜこの三人で同居しているのかも説明してくれた。
三人は皆幼い頃に両親を亡くしているしく、身寄りのなかった当時の三人は、最年長のリタさんを中心に力を合わせて生活してきたそうだ。
現在はユーリとリタさんが冒険者として森で魔物を狩ってお金を稼ぎ、ミリヤは家事を担当してなんとか生活を送っているという。
かなり簡略化された説明ではあったが、三人が同居している理由は分かった。
そして俺たちとユーリが出会った経緯についてもユーリは説明してくれて、それを聞いたリタさんは「なるほど」と頷いた。
「じゃあハルトとユナはユーリの命の恩人ってわけだな」
「だねだね。ばかユーリの命の恩人!」
とリタさんとミリヤは微笑みを浮かべて、俺とユナを見る。
ユーリが「ばかじゃねえし……」とぼそぼそ呟いていた。
「そんな大したもんじゃないですよ」
と俺は手を振りながら返答する。
実際、ただ蛇を一発殴っただけだしな。
「ここは私たちでなにかお礼をしなきゃいけないな。……そうだ、この国で滞在する予定ならうちを
とリタさんは提案した。
「それがいい! ちょうど部屋も一つ余ってることだし!」
「うんうん。私も賛成!」
と、ユーリとミリヤも同意してきた。
それは宿代も浮くのでこちらとしてもありがたい提案だった。
「いいんですか?」
と俺が尋ねると。リタさんが大人びた微笑みを浮かべてこたえる。
「もちろんだ。むしろそんなことしかできなくて申し訳ないくらいだよ」
「では、お世話になります。本当にありがとうございます」
「……ありがとうございます」
俺とユナは頭を下げてお礼を言った。
これでとりあえず宿には困らないで済みそうだ。本当にありがたい。
「あとは夜ご飯もこの家で私たちと食べよう。三人分作るのも五人分作るのも大して変わらないしな。な? ミリヤ」
「うん! むしろご飯の時間が賑やかになって嬉しいよ!」
「ご、ご飯まで!?」
「ああ。……ただうちもお金があるわけじゃないから三食全部を作ってやれるわけじゃないが、夜ご飯くらいならぜひご馳走させてくれ」
「そんな……ありがたすぎます」
すごくありがたい話だったが、少し申し訳ない気もした。
お金がないと言っているのにそこまでしてもらっていいのだろうか。
かといってせっかく厚意を無下にするのもなぁ……。
そうだ。今はお金が無いから何もお返しができないけど、お金は今度きっちり返そう。
魔物を狩ればある程度お金は稼げるはず。その時に返せばいいよな。
「ではしばらくの間お世話になります」
「ああ。じゃあ私とミリヤはさっそく夜ご飯の準備をするから、ユーリはハルトとユナを部屋に案内してやってくれ」
「はーい。じゃあハルトさん、ユナさん、ついてきてください!」
リタさんの言葉にハルトはそう返事をし、部屋の奥へと俺たちを案内しようとする。
俺とユナはそれに続いた。
……何から何までお世話になってしまったな。
抜け道を使った国への潜入から、宿、それに食事まで。
ありがたい。これで羊男のことに専念できる。
みんないい人だ。
ユーリは実直で情に厚い良い奴だ。時々奇行に走るけど。
ミリヤは元気
リタさんは皆を仕切るお姉さん役だ。話していてとても大人な感じがした。
この国に来て出会えたのがこの人たちで良かった……。
***
「ハルトさんとユナさんはこの部屋を使ってください」
ユーリに案内された部屋は、ベッドが一つだけ置いてある簡素な部屋だった。
ベッドが一つか。まあいつも通り俺が床、ユナがベッドで寝ることになるだろうな。
「すみません……ベッドが一つしかなくて」
とユーリが申し訳なさそうに言う。
「ああ、大丈夫だよ」
「そうですか? あ、もしかしてお二人って付き合ってるんですか?」
「違うわよ」
ユーリの問いかけにユナが即答した。
即答かよ……。まあ事実だけど。
「あ、そうでしたか……。なんか変なこと聞いちゃってすみません……」
そう言ってユーリは部屋の中に入っていく。
俺とユナもそれに続いて部屋に入った。
うん。簡素で良い部屋だ。
「では、ご飯ができるまでこの部屋で待っていて下さい。……あ、それと。ハルトさんにお話があるんですけど、ちょっと来てもらえませんか?」
「ん? 俺?」
「はい……」
俺に話? ユナは一緒じゃまずいのだろうか。
そう思い、ユーリを見ると、真剣なまなざしで俺を見つめていた。
おお……。この熱いまなざし。
わかったぞ。これはきっと男と男の話なんだな。
「わかった。ついていくよ」
「ありがとうございます! すみません、ユナさん。ハルトさんを少しお借りしますね」
「別にいいわよ」
ユナは特に気にしている様子もなく、そう答えた。
そして俺は部屋を出ていくユーリに続いた。
話とは一体何だろうか。
***
俺とユーリは、家のバルコニーで、向かい合って立っていた。
時刻は既に夕方。
陽は傾き、バルコニーから見える街は朱く染まっている。
「んで、話ってなんだ?」
と俺はユーリに問いかける。
ユーリは相変わらず真剣な表情だ。
そして周囲に誰もいないことを確認して話し出した。
「実はハルトさんにお願いがあるのです」
「うん」
俺はユーリの言葉を待った。
ユーリは浅く唇を噛み、自分の中で意志を固めるように頷き、そして頭を下げた。
「僕を強くしてくださいっ!」
そう言いながらさらに深く頭を下げる。
あー……。
そうきたか。
「……お願いってそれ?」
「はい! 僕はどうしても強くなりたいんです!」
「なんで?」
「……それはその…………」
そこでユーリは言葉を詰まらせる。
問題はそこだ。なぜ強くなりたいのかだ。
ユーリが強くなりたいと思っているのは森で助けたときから知っている。
俺はその動機を知りたい。
「その……」
ユーリは言葉を詰まらせている。
そして意を決したかのように言った。
「好きな人を救いたいんです」
ユーリはまっすぐ俺を見つめながらそう言った。その言葉には強い意志がこもっていた。
なるほど。
好きな人のためか。
「好きな人って、ミリヤ?」
「ぶッ! なんでわかったんです!?」
ミリヤという単語に、ユーリは面白いくらいに反応した。その顔は真っ赤に染まっている。
やっぱりミリヤのことか。
まあ普通に考えてそうだよなぁ。ミリヤ可愛いもんなぁ。
男という生き物は、可愛い幼馴染がいたら絶対に好きになってしまうものなのだ。
俺にはユーリの気持ちが痛いほどわかる。
「やはりハルトさんには全てお見通しでしたか……。あの、このことは秘密にしていただきたいです……。リタ姉にもユナさんにも」
とユーリは心配そうに俺を見上げてくる。
「ああ、もちろんそのつもりだ」
「ありがとうございます!」
「しかしミリヤを救うってどういうことだ? ミリヤは何か事情でも抱えてるのか?」
「それは……、それだけは言えません」
「えー……なんでだよ?」
「これは僕の、僕たちの問題なのです。ハルトさんを巻き込むわけにはいかない」
強くしてくれって言ってる時点で巻き込んでる気はするけど……。
まあいいや。俺は人が話したくないということを無理に掘り起こすような野暮な真似はしない。
しかし。
俺の返事は、否だ。
「申し訳ないが、俺にユーリを強くすることはできないと思う」
「そ、そんな……! どうしてですか!?」
「俺の強さは魔法とか剣とかそういう技術の強さじゃないんだ。ただの腕力というか……。とにかく人に教えられるような魔法や技術は俺にはない」
本当に申し訳ないけど、俺ガチで魔法も剣も使えないからなぁ……。
なんか期待させるような話し方をしてしまった気がする。
すまねえユーリ……。
「そんな……」
「いや、本当ごめん……。好きな人まで聞いておいて……」
「…………いや、ハルトさんは悪くないですよ。こちらこそ無茶なお願いをしてすみませんでした」
ユーリは心なしか肩を落としているように見えた。
「そうですか……、わかりました」
しかしユーリはすぐに気を取り直したようで、バッと前を向いた
「話を聞いてくれてありがとうございました。人に話すことで自分の意志を再確認できました」
「そ、そうか……? それならよかったが」
「はい!」
「まぁ、その、なんだ……頑張れよ」
「ありがとうございます!」
ユーリの目にはやはり変わらず強い意志が宿っていた。
良い目だ。
ミリヤのことを大好きなんだという気持ちがひしひしと伝わってくる。
その思いがあればきっと大丈夫だ。
しかし気になるなぁ、ミリヤの抱えている事情とやら。
一見ミリヤは元気いっぱいな様子で、何も問題など抱えてなさそうに見えたが。
……うーん。
気になることはそれだけじゃない。
この国のことだってそうだ。
羊男のこともあるし、もっと荒れた国を想像していたが、そうでもなかった。
むしろこの国は平和そうにすら見えた。何の問題も抱えていなさそうだった。
わからない。
まだわからないことが多すぎる。
ユーリ達は事情を話したくないみたいだし……。
うーん。
自分で調べるしかないか。
「じゃあ部屋に戻りましょうか」
「……ああ」
そう言い、俺とユーリは部屋に戻った。
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