第29話 グレゴワール


 『ミライール王国』の中心。そびえ立つ荘厳な白亜の巨城にて。


 広々とした王室で、男は玉座に座りワイングラスに口をつけていた。

 男は四十代くらいの見た目だが、年の割にはしっかりとした体つきをしている。


 彼の名は、グレゴワール。

 派手な金の装束に身を包む彼は、この国の国王である。


「あ~。暇だ」


 グレゴワールは気だるそうに背もたれに体重をかけて座った。

 彼は手に持っていたワイングラスの赤い液体を揺らし、それを眺める。


「女でも抱きに街へ行こうかなぁ」


 グレゴワールはそう呟く。

 そしてワイングラスをテーブルに置いたとき、ふと、王室の扉がノックされた。


「入れ」


 グレゴワールの言葉で、王室の扉が開かれる。


「グレゴワール。連れてきたぞ」


 そう言い、部屋に入ってきたのは銀の装束に身を包んだ男だ。


 彼の名はレオン。王の身辺警護を行う近衛隊隊長にして、グレゴワールの右腕でもある男である。


 レオンは片手で一人の男の襟首をつかみ、引きずるように連れてきていた。

 それを見てグレゴワールはニヤリと笑みを浮かべる。


「ちょうどいいじゃねえか。退屈していたところだ。そいつが今月の税金滞納者か?」


 とグレゴワールが問いかける。


「ああ。どうする? 殺すか?」

「ひ、ひぃ! お待ちくださいッ!」


 レオンの冷酷な言葉に、その市民の男は声をあげた。


「一か月だけ待ってください! 来月には必ずお金を用意して支払いますッ!」


 市民の男は必死の形相でグレゴワールに訴える。


「言ったはずだろ? 税金を払えない者はいかなる理由があろうとも殺すと」


 グレゴワールは玉座から立ち上がった。

 その顔には薄い笑みが張り付いている。

 グレゴワールは、一歩一歩とその市民の男のもとへと近づく。


「どうか、お願いします! 来月にはまとまったお金が入るんです! その時必ず支払いますのでどうか命だけはッ!」


 市民の男は、そう叫びながら己の頭を地面にこすりつけている。

 それを見下すグレゴワールの顔に浮かんでいるのは嘲笑ちょうしょう


「俺はルールを守らないやつを許さねえ」

「……ッ!」


 そう言いながらグレゴワールは腰に差していた金色の剣を抜いた。


「ヒィッ! どうかっ! 必ず! 必ず来月に支払いますのでッ!」


 市民の男は土下座の姿勢で必死に懇願する。


 グレゴワールはその市民の男の背中に、一切の躊躇ちゅうちょなしに剣を突き刺した。


「があああああああああああああああッ!」


 男は悲痛な叫びをあげる。


「ああ……! いい声じゃねえかッ!」


 グレゴワールは満足げな笑みを浮かべている。

 そして剣を男の背中から引き抜き、さらにもう一度背中に突き刺した。


でえええええええええええええッ!」


 男の胴体から大量の血液が流れだす。

 隣に立っているレオンは、ただそれを無表情で眺めている。


「汚ねえ血だ」


 グレゴワールはふと真顔になり、そう呟く。

 そして地面に這いつくばって苦しんでいる市民の男に右手をかざした。


 次の瞬間、グレゴワールの手から黒い炎が放たれる。

 凄まじい火力の炎は市民の男を包み込んだかと思うと、一瞬で男を焼き消した。


 王室にはもうグレゴワールとレオンの二人だけしか残っていない。


「あーあ、一瞬の暇つぶしにしかならなかったな……」


 グレゴワールはそう呟き、剣を腰に帯刀した。


「他には今月の税金滞納者はいねえのか?」

「ああ。今の男だけだ」


 グレゴワールの問いかけにレオンはそう答える。

 国王であるグレゴワールに唯一ため口を使えるのがこのレオンであった。


「チッ。つまんねぇな。税金もっと増やそうかなぁ……。あ、そうだ。今から女でも抱きに行こうと思ってたんだ。お前も行くか? レオン」

「……はぁ。俺はそういうのに興味ないと何度言えばわかる」

「がははっ、そうかそうか。相変わらずだな」


 レオンはいつも通りの女好きを発揮するグレゴワールに対してため息をいた。

 そしてレオンは何かを思い出したような表情になる。


「というかグレゴワール。お前そろそろ結婚式じゃないのか? そんなことしてていいのか?」

「あん? いいに決まってんだろ。なんせ俺は王なんだからな」

「……クズめ」

「がはは! まあ安心しろ。俺の嫁である大事な大事なはまだ抱いてねえからよぉ」

「なんだそれは。関係ないだろ。というかむしろ他の女じゃなく嫁を抱くべきだろ普通」

「ばーか。わかってねぇなぁレオン。いいか? 本当に自分が抱きてぇ女ってのは我慢すればするほどいざ抱いたときの快感が何倍にも増すんだよ」

「……よくわからん持論だな」

「がはは! お前もいつかわかるさ」


 そう言い、グレゴワールは王室を出ようとした。

 その時だった。


 勢いよく王室の扉が開かれる。


「やぁやぁ、ごきげんよう。グレゴワール国王殿。そして近衛隊隊長レオン殿」


 朗らかにそう言いながら王室に入ってくるのは、ネイビーブルーの背広に、青色の髪。そして爽やかな笑顔を張り付けた男。羊男である。


「おお。羊男。何の用だ?」


 グレゴワールは親しげな様子で羊男に話しかけた。


「いやぁ、実は薬を追加で渡しておこうと思ってね」


 そう言い、羊男はポケットから手のひら程度の大きさの瓶を取り出した。

 瓶にはいっぱいの白い小さなカプセルが詰まっている。


「あん? 薬のストックならまだあるぜ?」

「ま、まぁそうだけど! ほら! 念のためだよ念のため! 結婚式も近いし、国民が何しでかすかわかんないでしょ!」


 羊男は慌てた様子でそう言う。


「……それはそうだな。では受け取っておこう。いつもすまんな。助かる」


 グレゴワールは羊男に礼を言いながら、その瓶を受け取った。


「まぁ、実際グレゴワール殿ほどの実力があればそんななんかいらないとは僕も思ってはいるんだけどね~」

「がはは、そんなこともねえさ。俺ももう歳だしな」

「ふふっ、何を謙遜してらっしゃるんです? グレゴワール殿」

「がはは! 懐かしい称号だ! それに元剣聖の間違いだけどな! 俺はもう剣聖じゃねえよ。とっくの昔にその称号は剥奪はくだつされてる」


 羊男のからかうような言葉に、グレゴワールは笑って答える。

 事実、グレゴワールはもう何年も前に剣聖の称号を剥奪されていた。


 グレゴワールは昔を懐かしむように天井を見上げた。そしてふぅと一つ息をつき、羊男を睨みつけた。



「それに、俺はお前の実力の方が気になってるけどな」



 グレゴワールの顔から笑みが消える。

 途端に、王室の空気が重々しいものに変わった。

 グレゴワールからとてつもない威圧感が放たれる。


 羊男はその威圧を受けてなお、ニコニコと笑っている。


 真近で二人のやり取りを見ていたレオンの背中に冷や汗が流れた。

 レオンはグレゴワールという男の底知れなさを久しぶりに感じていた。


「まぁまぁ~、僕のことはどうでもいいじゃん」


 羊男はそう言い、グレゴワールに背を向ける。


「…………ふん。つれねえやつだ」


 羊男の言葉を合図にしたように、グレゴワールの威圧も解かれる。

 横に立っていたレオンもほっと息を吐いた。


「じゃ、僕は帰るね~。楽しみにしてるよ。グレゴワール殿。レオン殿」


 そう言い、羊男はフッと姿を消した。


 王室に沈黙が訪れる。


「いつもいつも当たり前のように消えやがって……。何者だぁあいつは……」


 グレゴワールは呟いた。

 そして「まあいい」と口の中だけで小さく呟いた。


「じゃあ、俺も街行ってくるからあとはよろしく頼むわ。今日はどの町娘まちむすめを抱こうかなぁ~」


 グレゴワールはひらひらと片手をレオンの方へ振って王室の外へと歩き出す。


「……あ、ああ」


 レオンは部屋を出ていくグレゴワールの背中を見送った。

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