第30話 行動開始

 夕食が出来上がり、俺、ユナ、ユーリ、ミリヤ、リタさんはみんなで一つのテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には、ミリヤとリタさんが作ってくれた料理がずらっと並べてある。

 うわ、美味そう………。ローストターキーにリゾット、スープなど食欲をそそる料理ばかりだった。


「美味しそうですね……」


 俺は思わず声を漏らす。

 ユナも俺の隣で嬉しそうな表情をして料理を見つめていた。


「さぁ! 今日はハルトさんとユナさんへのお礼と歓迎会のパーティーです! たくさん食べてくださいね!」


 とミリヤが元気な声で言う。

 こんなに豪勢な料理を食べるのは久々な気がする。少なくとも修業を始めてから数年の間は食べていない。


「こんな豪華な料理ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 俺とユナは三人にお礼を言った。

 それを聞いた三人は頷きを返してくれ、そしてリタ姉が口を開いた。


「いえいえ、こちらこそユーリを助けてくれてありがとう。それじゃ早速食べよっか。いただきます!」


 リタさんのその言葉を合図に、全員で「いただきます!」と言って料理を食べ始める。

 俺は早速、リゾットを自分の皿に取り、食べてみた。


 ……美味い!


 口の中で優しく絶妙なリゾットの風味が広がって……。これ普通に店開けるだろ、美味すぎ。

 思わず頬が緩んでしまう。


「美味しい……」


 隣でユナもそう声を漏らしている。

 ユナが幸せそうな顔をしていたのでなんだか俺まで嬉しくなった。


「美味しいって言ってもらえると私も嬉しいよ」


 リタさんがそんな俺とユナを見て、微笑みながらそう言ってきた。


 いやー、本当に美味い。

 この料理はミリヤとリタさんが作ってくれたんだよな。……二人とも絶対いいお嫁さんになるわ。俺が保証する。


「さすがリタ姉とミリヤだよ! この肉美味すぎ!」


 ユーリはそう言い、ローストターキーを口いっぱいに頬張っている。


「お前は食べすぎだ。これはハルトさんとユナさんへの会なんだぞ」


 リタさんがユーリに鋭いツッコミを入れる。

 その光景が微笑ましくて、思わず声を出して笑ってしまった。

 ミリヤとユナも釣られた様に笑い出し、食卓は賑やかな雰囲気に包まれる。


「あ~、面白い。……こんな時間が毎日続けばいいのにな~」


 とミリヤが笑いながらそう言った。


 その瞬間だった。


 ユーリとリタ姉の動きがピタッと止まる。


 ん?

 どうしたんだろう。


「ミリヤ……」


 リタさんがミリヤを見つめながら呟く。リタさんの目はとても優しく、そして悲しい目をしていた。リタさんはまるで壊れ物に触れるかのように優しくミリヤの頭をなでる。

 ユーリもどこか悲しそうな表情で俯いてしまっている。


「ちょっと、リタ姉! ユーリ! そんな顔しないでよ! 私そんな意味で言ったんじゃないよ?」


 とミリヤが場を取り繕うようにそう言う。


「……わかってる。でもこうやって全員で食卓を囲める日ももう数日しかないって考えると……」


 そこでリタさんは言葉を切って、何も言わなくなる。


 ……一体どういうことだ?

 文脈がいまいち掴めない。


「あの、それってどういう意味ですか?」


 俺は思わずそう聞いてしまった。

 聞いていい事なのかわからないが、でも聞かずにはいられなかった。


「ああ……、えっと……」


 リタ姉が何かを説明しようとする。しかしうまく言葉が浮かばないのか、言葉を詰まらせていた。



「私、結婚するんです」



 そう言い放ったのは、ミリヤだった。


 ……え。

 ……結婚?


 俺はその単語を聞いて思わず、チラリとユーリを見た。

 ユーリは今にも泣きだしそうな表情をしている。しかし涙をこぼすことはなく必死にこらえているようだった。


 そうだったのか……。

 ミリヤ、結婚が決まってたのか……。


「もう、リタ姉もユーリも寂しがりすぎですよね、ほんと」


 と、ミリヤが笑ってそう言う。


 寂しい……か。

 確かに、ずっと一緒に暮らしていた幼馴染が結婚して離れてしまうのは寂しいだろう。

 その気持ちは理解できる。


 しかし。


 リタ姉やユーリが感じているのは寂しさだけではない気がした。

 彼らの表情にはもっと深い何かが見え隠れしている。


 それにミリヤの結婚がすでに決まっているのなら、ユーリはなぜ強くなろうとしていたんだ。略奪でもする気か?


 ……まだ何か事情が隠されているな。


「結婚相手は誰なんだ?」


 俺は思わず聞いてしまった。

 ミリヤは戸惑うような表情になる。しかしそれも一瞬のことですぐに口を開いた。


「相手はこの国の国王、グレゴワール様です」


 ……え?

 ミリヤの言葉に俺は目を丸くした。

 まじで?

 国王と結婚すんの!?


 たしかにミリヤは国王に惚れられてもいいくらいの美少女だとは思うけど……。


「私のフルネームはミリヤ・ミライール。この国の王女です」

「ええ!?」

「……っ!」


 ミリヤの言葉に俺は思わず声をあげてしまった。ユナも驚きで目を見開いている。


 まじで!?


 なんで王女様がこんなところにいるの!?

 情報量が多すぎて理解が追い付かない。


「両親が亡くなったので私は王権を失い、王城から離れて暮らしてたんですけど、今回の結婚で王城に戻ることになりました」


 ……そうだったのか。

 全然気づかなかった。

 やべ、今まで俺思いっきりタメ口で喋っちゃってた……。王女様相手なのに……。


「その、なんか、今まで王女様相手とは知らず生意気な口調で喋ってました。すみません!」

「ふふっ、今さら敬語なんてやめてくださいよ。普通に今まで通りでいいですよ。それに正確には元王女ですしね」

「そ、そうか……?」

「そうです」


 ミリヤはそう言い、微笑んでくれた。

 よかったぁ。


 しかし、衝撃の事実だ。まさかミリヤが王女様だったとは……。


 俺はリタさんとユーリの方を見てみた。


 リタさんは寂し気にミリヤを見つめており、ユーリは口をぎゅっと結んで地面を見つめている。


「私、ずっと昔から王子様と結婚するのが夢だったんです。……だから今回の結婚が嬉しいんです」


 ミリヤがそう言った。

 隣でその言葉を聞いていたリタさんの目から涙がこぼれる。


「ミリヤ……」


 そう言い、リタさんは涙を拭う。

 ユーリもついにこらえきれなくなったのか、声を漏らして涙を流していた。


 王様と結婚して王権を取り戻す。

 それは素晴らしいことのはずだ。

 喜ばしいことのはずだ。


 しかし。

 果たしてユーリとリタさんの涙は、王様と結婚できることへの喜びの涙なのか。

 それとも結婚によるミリヤとの離別への悲しみの涙なのか。

 あるいはその両方か。


 あるいはそのどちらでもないか。


 俺は「結婚おめでとう」とは言わなかった。

 言える雰囲気じゃない気がした。


「もう! 二人とも! 今日はハルトさんとユナさんへのお礼の食事会なのに泣いちゃだめでしょ!」


 ミリヤが気を取り直すようにそう言う。

 ミリヤのその言葉で食事会は再開されたが、どこかぎこちない雰囲気のまま食事会は進んだ。



***



 その日の夜。

 俺とユナは食事を終え、部屋に戻っていた。


 俺は床に座って、ベッドにもたれかかった。

 ユナもベッドの上に座る。


「……なぁ、ユナ」

「ん?」

「ミリヤの結婚についてどう思う?」

「まぁ……めでたいことなんじゃない?」

「本当に?」

「……」


 ユナは黙り込んだ。

 そしてしばらくの沈黙の後、口を開く。


「……なんだかユーリとリタさんの反応がおかしかった。全然祝うような感じじゃなかったわね」

「だよなぁ……。まるで

「そうね……せっかく王権をとりもどせるっていうのに」

「うーん。何か変だよな~。しっかしなぜかそこら辺の事情を隠してるんだよな~あの三人とも」


 俺はそうぼやいて、天井をあおぎ見た。

 でもこれは三人の事情であって俺たちには関係ないことだ。だから深入りする権利もない。無理に聞き出す権利もない。


「それにこの国もすごく平和そうに見えた。……羊男が関わっているはずなのに。そこも違和感なのよ。あのやけに大きな城壁に王城。絶対何かがあるわ」


 ユナが周りに聞こえないように、小さな声でそう呟く。

 やはりユナも俺と同じような違和感があったか。城壁や王城、それに徹底した出入国管理もそうだ。何かがおかしい。あまりにも排他的すぎる。


「そうだな……。確かに違和感はあった。この国は何か事情がある」

「ええ。そしてそれがわかれば羊男に近づける」


 ユナの声には確信がこもっていた。

 その通りだろう。

 羊男が関わっているとしたら、そういった核心部分のはずだ。

 羊男は一体何を企んで、俺たちをこの国に呼んだのだろう。今は全く意図が読めない。

 だとしたら俺たちに取れる選択肢は一つしかない。


「調べるか?」


 俺はユナにそう尋ねた。

 わからないなら調べればいい。ユーリ達、そしてこの国が抱えている何かを。


 事情さえ分かればやりようはあるはずだ。


「ええ。調べてみましょう」


 ユナはそう答えた。


 決まりだな。


 『夜の騎士団』行動開始だ。

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