第12話 ユナの目的

 ユナとのギルド生活が始まった。

 ひとまず俺とユナは模擬戦の疲れを癒すために、ユナの家兼ギルドでソファに座って休憩をしている。


「はい、どうぞ」

「お、ありがとう」


 ユナがコップに入った水を差しだしてきた。

 俺はそれをありがたく頂く。

 ふぅと一息つき、俺は気になっていたことをユナに尋ねてみた。


「なあ、さっきユナが使ってた魔法って一体何なんだ? 見たことない魔法だったけど」


 確か『幽闇ゆうあん』と『常闇とこやみ』だっけ。あんな魔法は見たことも聞いたことも無い。


「あれは黒魔法よ。マゼルダ族の血筋のおかげで使えるの」


 ユナは俺の正面にある椅子に座りながらそう言った。

 黒魔法? なんだそれ。


「聞いたことのない魔法だな」

「黒魔法は本来であれば人間には使えない魔法なんだけどね。けどマゼルダ族は魔物の力を使えるから、さっき私が使ったみたいな魔法が使えるようになったの」

「は~、そうなのか」

「かなり強力な魔法なのに、あんたには通用しなかったけどね……」


 と、ユナは俺のことをジト目で睨みながら言った。

 そう言われてもな……。

 そんな目で見られるとなんか申し訳ない気持ちになるわ……。


「っていうか、あんたこそどんな魔法を使ったのよ? あの異常な強さは何?」

「俺は何の魔法も使ってないぞ。というか魔法は一切使えない」

「はぁ? そんなわけないでしょ? じゃあ何? 魔法無しの生身であの強さだっていうの?」

「まあそういうことになるな……」


 ユナはため息をついて、呆れたと言わんばかりの表情をした。


「本当化け物ねあんたって……。一体どんな修行をしたらそんな強さが手に入るのよ」


 とユナが言うので、俺は自分が行った修行について話した。

 一日十万回の山殴りのことを。


「なるほど。たしかに常軌を逸した修行ね。だけどそんな単純な修行でそこまでの強さになるかしら……。そもそも一日十万回も山を殴るなんて可能なの……?」


 とユナは訝しげな表情だ。

 そう言われても、実際その修行で俺はこの拳を手に入れているわけだしなぁ……。


「……まあいいわ。それでなんでわざわざこの街に来たわけ?」


 ユナは水を飲みながら、そう尋ねてくる。


「うーん……。まあ色々あってな。とにかく故郷以外のどこかに行きたかったんだよ。それでたどり着いたのがたまたまこの街だった」

「ふーん、なるほどね」

「ああ。そんでギルドを探していたらこのユナのギルドにたどり着いたってわけだ」

「そこよ。疑問なのは。あんたならどのギルドでも入れるでしょうに、なんでわざわざこんな町はずれのギルドを選んだのよ?」

「いや、それがどのギルドにも入れてもらえなかったんだよ。どのギルドも、俺が剣も魔法も使えないと知ると即座に俺を追い出したよ」

「……あんたを追い出したギルドは惜しい人材を逃したわね」


 と、ユナは言ってくれた。

 嬉しかった。

 これは褒められてるんだよな?


 とりあえず、俺の身の上は大体話したと思う。

 気になるのはユナの身の上だ。


「ユナはなんでこんなとこで一人でギルドなんかやってたんだ?」


 俺がそう尋ねると、ユナは何かを逡巡するかのように目線を下に落とした。


「……そうね。ギルドメンバーのあんたには話しておかないとね」


 ユナはそう言うと真剣な表情になる。


「実は私はある人を探して旅をしているの。手の甲に羊のタトゥーがある人なんだけど……知らない?」


 手の甲に羊のタトゥー?

 なんだそれ。


「知らないなぁ。誰なんだそいつ?」

「それが、実はその人に関する情報が全然無いの。どんな顔なのかも、性別も、すべてが謎。わかるのは手の甲に羊のタトゥーがあるってことだけ。私はつい最近、この街で羊のタトゥーが入った男がいたという噂を聞いて、しばらくここに滞在してたのよ」


 なるほど。ユナは羊のタトゥーの人を探してここにいたのか。


「本当はね、どこか大きなギルドに入って羊のタトゥーの人について情報を集めようと思ってたの。だけど思ってたよりこの街での私に対する差別がひどくて。みんなこの紫の髪を見た瞬間目の色が変わるの。ギルドに足を踏み入れた瞬間、大勢に罵詈雑言を浴びせられたこともあったわ」

「ひどい……」


 そうか。どれでどのギルドにも入れてもらえなかったのか。

 俺と同じだ。

 けどユナの方がよっぽどひどい扱いをされている。罵詈雑言を浴びせられたときのユナの気持ちを想像すると胸が痛い。


 ユナはさらに話を続けた。


「だから、作戦を変えた。私はこの町はずれにギルドを作ったの。そうすればどのギルドにも受け入れてもらえないような無理難題な依頼が、嫌がらせで私のギルドに回ってくるかなと思って。そういう依頼にこそ羊のタトゥーの手がかりがあるのよ。だけど作戦は失敗。そんな依頼すらうちには来なかった……。そもそも誰もここに寄り付こうとしなかったわ」


 なるほど。そんな事情があったのか……。

 マゼルダ族に対する差別が本当にひどいな……。差別によってユナの目的がかなり阻害されてしまっている。

 しかし、なんでユナはそこまで大変な思いをしてまでその羊のタトゥーの人を探しているのだろうか。


「なんでそこまでしてそいつを見つけたいんだ?」

「……」


 俺がそう尋ねると、ユナが黙り込んでしまった。

 何かを躊躇しているような表情だ。


「……話しにくいことなのか?」

「……うん」


 とユナは申し訳なさそうに呟く。

 そうか。まあ誰だって話したくないことぐらいある。


「全然いいよ。まだ出会って間もないわけだしな」

「……また今度話すから」


 まあ、ユナの事情や目的は大体わかった。

 なぜかはわからないが、羊のタトゥー野郎を探しているんだな。そしてユナはマゼルダ族という足枷に苦しめられている。

 それならギルドメンバーの俺がするべきことはひとつ。


「俺もその羊のタトゥー野郎を探すの、手伝うよ!」

「え……?」


 とユナは虚を突かれたかのような表情で呟く。

 そして、申し訳なさそうな面持ちで言った。


「でも……、それをしたら完全にハルトを巻き込むことになっちゃうわ」

「いいんだよ。むしろ俺はユナの事情に巻き込ませてほしいと思ってる」

「……なによそれ」


 ユナは困ったような表情になる。

 ユナは俺を巻き込むことに申し訳なさを感じているのだろうか。

 そんなの気にしなくていいのに。


「ユナ。俺を巻き込むことに申し訳なさを感じてるならそんな必要はない」

「でも……」

「だって俺たちだろ?」


 俺はユナの目をまっすぐ見つめてそう言った。

 ユナは、また黙りこんだ。

 そして何かを考えこむように俯く。


「………………。仲間か……」


 ユナはぼそっと小さな声で呟いた。

 そして決心したかのように顔を上げる。


「うん、わかった。じゃああんたを巻き込むわ。後悔しても知らないわよ?」


 とユナは言ってくれた。

 後悔? とんでもない。

 仲間のために何かができるなんて、嬉しくて仕方がない。


「ああ、任せとけ」


 俺は笑ってそう言った。

 それに、一つだけ考えがあった。

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