第36話 ユナside②
私は銀色の装束の男と睨み合ったまま向かい合う。
男の身長は180cm程度。オールバックの銀色の髪。睨むだけで人を殺してしまいそうな鋭い目つき。
「……!」
思わず目を見開いた。
私はこの男を知っている。
この男はレオン・ハーツ。
“瞬剣のレオン・ハーツ”と呼ばれた有名な剣士だ。
確か剣聖の称号を与えられる直前に姿を消したはず。
なぜこの男がこんなところに?
…………あ。
その時、私の中ですべてが繋がった。
まさか。
壁に飾られていた男の肖像画。
そうだ。思い出した。あれはグレゴワール・ワイズという男だ。
──なるほど。そういうことだったのね。
この国に起こっていることが多分わかった。
……なんてことなの。
早くこのことをハルトにも知らせないと。
「質問に答えろ。お前は誰だ?」
銀色装束のレオンが恐ろしく低い声で問いかけてくる。
「…………」
どうする。
今すぐ『
しかし私はこいつに完全に顔を見られてしまっている。
ここで逃げたとしてもすぐに居場所を捜されることになるだろう。
そうなると厄介だ。
ここでこのレオンを、
どの道こいつは誰かに倒されなければならない。そういう奴だ。ならば私がここでこいつを倒す。
私は体勢を低くし、腰に差している剣の柄を握った。
集中。
「……ほう」
私の雰囲気が変わったのを見て、レオンはそう呟いた。
そして奴は懐から何かを取り出して口に含み、飲み込んだ。
何かを食べた? 強化ポーション?
わからない。
とにかく警戒しよう。
しかし奴はまだ剣を抜かない。
見定めるように私の姿を見ながら立ち尽くしている。
剣を抜かないのならこっちから行かせてもらおう。
先手必勝。
私は地面を蹴って一気にレオンへと肉薄した。
剣を抜刀すると同時に、レオンの胴体めがけて横一閃。
しかし私の剣は空を切っていた。
「……ッ!?」
そんな。
最速の一太刀だったのに。
レオンは先ほど立っていた位置より数歩分後ろに下がっている。
これが“瞬剣のレオン・ハーツ”なのか。
「ふむ。悪くない」
レオンはそう言い、腰の剣を抜いた。
次の瞬間だった。
私の頭の上にレオンの剣が振り下ろされていた。
速いッ!?
私はそれを間一髪、剣で受け止める。
その刹那、今度は横薙ぎの剣が私の胴体めがけて振るわれた。
なんとかそれを剣で受け止める。
レオンの連撃は止まらない。
縦、横、斜め、あらゆる角度から剣が撃ち込まれる。
その全ての剣が恐ろしい速度を纏っていた。
私は全細胞を防御することだけに集中させた。
そこまでしてやっと防ぎきれているが、攻撃に転じることなど絶対に不可能だった。
まずい。このままじゃ防戦一方だ。
「久々に骨のある者と戦えると思ったがその程度か?」
レオンは連撃を繰り出しながらそう言う。
だがそれに返事をしている余裕は無い。
私はとにかく防御に集中した。
この連撃をいつまでも続けられるわけがない。
必ずどこかのタイミングで隙ができる。
そこを突く。
集中しろ、私。
絶対に隙を見逃すな。
レオンの連撃は止まらない。
その一撃一撃に凄まじい速度と威力が込められている。
「どうした? 守ることしかできないか?」
まる自身が余裕であることを誇示するかのようにレオンがそう言う。
その直後、横薙ぎに剣を振るレオンの脇がほんのわずかに空いたのを私は見逃さなかった。
「……ッ!」
私は横薙ぎに振るわれるレオンの剣を上方向へと受け流した。
レオンは斜め上方向へ剣を振り切った体勢となり、胴体ががら空きになる。
ここだ。
私は渾身の力を込めて、レオンの胴体へ剣を横に振り切った。
その瞬間だった。
レオンは恐ろしい反応速度を見せる。
まるで瞬間移動のごとき速度で後方へと跳んでみせた。
嘘でしょ? あの崩れた体勢で?
「……なるほど」
レオンが落ち着き払った様子でそう呟く。
ありえない。
あれを避けるなんて反則だ。この男……はっきり言って異常だ。
私の頬を冷や汗が伝った。
「何者かは知らぬが、なかなかの腕だ」
そう言い、レオンは剣を両手で握って腰に溜めるようにして構えた。
「しかし俺には到底及ばない」
レオンが剣を構えながら呟くように言う。
その言葉に私は腹が立った。
さっきからいちいち見下すような発言ばかりしてくる。
もういい。
絶対に倒してやる。
私は体勢を低くし、剣を構えた。
すると、レオンが何やら呟き始める。
「一刀夢想流奥義・
まずい。
私はこの技を知ってる。
すぐに剣を中段に構えて、半歩後ろに下がった。
「──『
刹那。
何が起こったか目視するより先に、中段に防御するように構えた私の剣に衝撃が走った。
衝撃を感じた後に、目の前で剣を横薙ぎに振り切った体勢のレオンの姿を目視した。
しかしなんとか防御に成功することができた。
危なかった。この技を知らなかったら防げなかったかもしれない。
あれは一刀夢想流の奥義だ。
過去に見たことがある。
非常に高度な技だが、まさかこの男がその使い手だったとは。
そしてその時。
私は気づく。
私が両手に握っていた剣の刀身が半分に折れていた。
「終わりだな」
レオンは私を見下しながら、そう言い放った。
まずい。剣を折られてしまった。
もう為す術がない。
ぞわりと恐怖が背中を撫でた。
「死ね」
レオンは私に向けて剣を振り下ろす。
仕方ない。
私は『
***
視界が暗転し、次の瞬間には城壁の外にいた。
オレンジ色の夕空が頭上に広がっている。
「…………」
私は呆然としたまま、地面に座り込む。
「…………負けた」
思わず呟いてしまう。
手も足も出なかった。
圧倒的な力の差で負けた。
『闇影』が無ければ確実に死んでいた。
……やってしまった。大失敗だ。
これで私の身元はレオンにバレてしまった。
ハルトにも多大な迷惑をかけてしまうだろう。もうこの国には居られないかもしれない。
最悪だ。
私は何回負ければ気が済むの?
黒龍の時も、今回も。
私は今まで何をしてきたの?
役立たずすぎる。
気づけば目から涙が零れていた。
慌てて目元をごしごしと拭ったが、それでも次から次に涙が溢れでてくる。
「…………ぐやしぃ……」
漏れ出た声は、涙交じりで、無様で、哀れで、惨めな声だった。
私は必死に涙を拭う。
悔しがっている暇も、資格も私にはない。
せめて早くハルトの所へ行って、わかったことを伝えないと。
身元がバレてしまったからもうこの国には居られないかもしれないけど。
けどハルトなら。
ハルトならやってくれるかもしれない。
「……あ」
またハルトに頼るような思考をしてしまっている自分に気づいて、自己嫌悪に
ハルトに一方的に頼ってしまうのがダメなことなのはわかってる。
わかってるの。
……もうこれで最後にしよう。
ハルトに頼るのはこれで最後だ。
……気づいてしまった。
私にはもう彼の隣に立つ資格はないかもしれない。
私にはもう『夜の騎士団』のメンバーでいる資格はないかもしれない。
私には圧倒的に実力が足りない。
ハルトの隣に立つには、私はあまりにも弱すぎる。
ごめんね。ハルト。
これでもう最後にするから。
どうか最後にハルトに頼ることを許してください。
私はハルトの元へと走り出した。
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