第37話 酒場・ハイム

──レオンside──


「……消えた」


 レオン・ハーツは広い王室で一人、剣を振り切った体勢で立ち尽くしていた。

 完全に消失したユナの気配に戸惑いつつもすぐに周囲を警戒する。

 だが付近に誰かの気配は無い。


「面白い女だ」


 そう呟きながら、構えていた剣を下ろす。


(俺には及ばないが、なかなかの強者だったな。まさか一刀夢想流の技を使うことになるとは)


 そんなことを思いつつ、レオンは自分の心が躍っていることに気づいた。

 レオンにとってユナとの戦闘は久々に腕が鳴るものだった。


 レオンは今の立場を手に入れてから、ずっと安泰した生活を送ってきた。剣の鍛錬もひたすら己のみで行ってきた。この国に剣の相手となる存在がいなかったからだ。

 唯一この国でレオン級の実力を持つグレゴワールは剣など振らず、女遊びをしてばかりだった。


 そんな時、突然現れた久々の強者に、レオンは心が躍るのを止められなかった。


(奴がなぜこの部屋にいたのかは知らんが、きっと何かをやるつもりなのだろう)


 グレゴワールに報告した上で、国中を捜索した方がいいだろう。


 しかし。


 レオンは今日のことは誰にも報告しないことにした。


(もう一度俺の前に現れろ)


 レオンは全力で剣を振った感覚を再度思い出して、胸が高鳴るのを感じていた。


***


 時刻は夕刻前。

 だんだんと日も傾き始め、夕日が見え始めようとしていた頃。


 俺は今朝と同じく、素材を持って換金所に来ていた。今日も昨日と同じくらいの素材が集まった。


 今朝とは別の換金所に来てみたのだが、今回は三二〇〇Gとの交換になった。

 やはりどの換金所でもそう多くのお金はもらえないようだ。


 とりあえず、貰ったお金を懐にしまって、俺は街を歩いていた。

 今日は迷わずに家に帰れそうだ。


 そう思ったとき、目の前から見知った顔が歩いてくるのに気が付いた。


 リタさんだった。


「おお、ハルトじゃないか」

「どもす」


 リタさんは右手をあげて、俺に声をかけてきた。


「今帰るところか?」

「はい。リタさんはどこかに行かれるんですか?」

「ああ。行きつけの酒場があるんだが、今日の夜ご飯はその店の料理にしようと思ってな。持ち帰りで注文してあるから今その料理を取りに行くところだ」

「なるほど」


 酒場の料理か。

 美味しそう……。酒場の料理って大体美味しいイメージがある。あまり酒場には行ったことがないからただのイメージだけど。


「そうだ。良かったらハルトも一緒に行かないか? いい店だからぜひ紹介したい」

「行きます!」


 リタ姉の問いかけに俺は即答した。

 酒場。ぜひ行ってみたかった。

 俺ももう二十二歳だ。だが年齢の割に酒場にはあまり行ったことがなかったし、かといって一人で酒場に行くのもなんだか気が引けるし。なのでリタさんの誘いはありがたかった。


「じゃあ行こうか。その酒場はすぐ近くなんだ」

「はい!」


 俺はリタさんに続いて歩き出した。



 店は本当にすぐ近くにあった。

 そのお店には『酒場・ハイム』と書かれた看板が店の入り口に掲げられている。


 リタさんは両開きの木製の扉を開いて店内に入った。

 俺もそれに続いて店内に入る。するとすぐに酒場特有のワイワイと賑わっている声が耳に届く。


 店内は五十席以上はありそうな割と大きな店で、席と席の間に仕切りなどはなく、オープンな雰囲気となっている。

 リタさんは慣れた足取りで、テーブルとテーブルの間を縫って店の奥へと進む。


 リタさん慣れてるなぁ……。

 店に入るときもこなれた感じだったし。


 この人何歳なんだろ?


 見た目は二十代後半に見えるけど、実際のところはもっと上の年齢なのかもしれない。それぐらい雰囲気が大人っぽかった。


「おお! リタじゃねえか!」

「こんばんは。ハイムさん」


 大きな声でリタさんに声をかけてくるのは、筋骨隆々で大柄な四十代くらいのおっちゃんだった。右目に眼帯をつけている。

 なんか、おっかねえ人来た……。めちゃくちゃごついんだが このおっちゃん……。


「おお! リタが男を連れてやがるじゃねえか! ついに彼氏ができたか!?」

「違うわよ。この人はハルト。食客としてうちに滞在してるだけ」

「なんだよ。彼氏じゃねえのか! まあいい。あんたハルトって言うのか! 俺ぁハイム、この店のオーナーだ! よろしくな!」


 そう言い、ハイムと名乗るおっちゃんが俺に右手を差し伸べてきた。


「え、ええ、よろしくお願いします」


 ちょっとビビりながらも俺はハイムさんの手を握った。

 なんか豪快な人だなぁ……。


「そうだ、料理を取りに来たんだよな。あと少しで出来上がるところだ! 少し待っててくれ。そうだ! 待ってる間一杯飲んで行けよ!」

「……そうだな。じゃあ頂こうかな」

「あいよ! 注文は何にする?」

「私はビールで」

「あ、じゃあ俺もそれで」

「あいよ!!」


 お酒の種類はよくわからないので、まぁビールにしておけば無難だろう。


 ハイムさんは厨房へのしのしと歩いて行った。

 俺とリタ姉はカウンター席に腰を下ろす。


 なんというかハキハキした人だったなぁ……、ハイムさん。


「ハイムさんは私たち三人の昔からの知り合いなんだ」


 とリタさんは言った。

 私たち三人とは、リタさん、ミリヤ、ユーリの三人のことだろう。


「私も小さいころはよくいたずらをしてハイムさんに怒られていたものだ」


 リタさんがいたずらして怒られてる姿って……。想像できねえ……。

 俺の中ではリタさんイコール大人っぽいっていうイメージが定着してるからな。

 っつーかあのいかついハイムさんに怒られるとか怖すぎんだろ。


「あの人に怒られたらすごく怖そうですね……」

「ふふ。ハイムさんは見た目は怖いが、良い人だよ」


 とリタ姉は笑いながら言った。

 まあたしかに、すごく気さくでいい人そうではあったな。初対面の俺にも近しげに話しかけてくれたし。


 そんな会話をしていると、ハイムさんが両手にビールを持ってやってきた。


「はいよ! ビール二丁!」


 俺とリタさんの前にジョッキが置かれる。

 俺はお礼を言ってそのジョッキを受け取った。


「じゃあ、乾杯」

「乾杯」


 俺とリタさんは乾杯して、ビールを飲んだ。


 冷えたビールが労働後の身体によく沁みる。

 美味い。

 思わず「くーっ!」と言いながら目を細めてしまう。


「ハルトおめえ、美味しそうに飲んでくれるじゃねえか! そういう男は大好きだぜぇ!」


 ハイムさんが笑いながらそう言ってきた。

 そんなに美味しそうに飲んでたのか俺。そう言われるとなんか恥ずかしいな。


「もうハイムさん、ハルトに絡んでないで早く料理を作ってきてよ」

「がっはは! わかってるって!」


 リタさんに言われてハイムさんは大きな声で笑った。

 ハイムさんの笑い方は見てるこっちまで愉快になるような豪快な笑い方だった。

 本当何もかもが豪快な人だなぁ……。


 そんなことを思っていた、その時だった。


 一瞬。

 店内の賑やかな声が静かになった気がした。


 見ると、ハイムさんも笑うのを止めて、険しい顔つきで店の入り口を見つめていた。


 なんだ?


 俺はハイムさんの視線の先、店の入り口を見てみる。


 そこには白いタキシードを着た二人の男が入店してくる姿があった。

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