第23話 予感


  ……羊男。


 まさかこんな形で出会うことになるとは。

 青い髪で、イケメンで、掴みどころのない変なやつ。そんな感じの男だった。


 一体、なぜユナはあの男を追いかけているのだろうか。

 この前は教えてくれなかったが、今なら話してくれるかもしれない。

 ユナが目覚めたらもう一度問い直してみるか。


 何はともあれ羊男のおかげでユナの一命は取り留められた。

 その点においては彼に感謝しなければならないだろう。


 黒龍は倒した。羊男も去った。


「……ふぅ」


 俺は一気に気が抜けたような気分になり、ユナのそばに座り込んだ。


 ユナは穏やかな寝顔で地面に横たわっている。

 相変わらず綺麗な寝顔だ。


 目覚めるまでユナを見守っておくか。


 そんなことを考えながら、俺は改めて戦場を見渡してみた。


 何人かの人達がボロボロになりながらも肩を組み、戦いの終わりを喜び合っているのが目に入った。

 中には涙を流して喜んでいる者もいた。


 しかし、犠牲になった者も多い。

 現に、何人かはいまだに地面に横たわったままだった。……この中の何人が死体なのだろうか。

 もし俺が治癒魔法を使えたら彼らを癒してやることができるが、それは叶わない。


 そんなことを考えていると、一人の男がこちらに歩いてきていることに気づいた。

 彼も体中傷だらけで、剣を杖代わりにして体をひきずるように歩いている。


「おい、大丈夫か?」


 俺は思わず立ち上がり、その男に声をかけた。


「ああ、大丈夫だ。ありがとう。俺はルークって言うんだ。あんたは?」

「俺はハルトだ」

「ハルトか。聞いたことのない名前だ……」


 そう言い、男は片手で剣を地面につきながら、頭を下げてきた。


「黒龍を倒してくれてありがとう」

「あ、ああ。いや別にそこまで礼を言われるようなことでもないけど……」


 ルークと名乗る男があまりにも真摯にお礼を言ってくるので少し戸惑ってしまった。


「あんたはこの街の英雄だよ。いや、黒龍は世界規模の大災害だったから、世界の英雄だな」


 とルークが俺をべた褒めしてくれる。

 世界の英雄とかちょっと照れるなぁ……。

 怒りのままに戦っただけだぞ俺……。


 それにこんなに大勢の犠牲者が出てしまっているしな。

 俺は英雄には程遠い存在だろう。むしろ無能だ。もっと早くここに駆けつけられていればと今でも後悔している。


「あんたがいなかったら全滅してたんだ。そんな顔しないでくれよ。それにもう助けを呼んであるからしばらく待てば治癒魔法を使える魔法使い達がきてくれる。心配はいらないさ」


 俺の心情を察したのか、ルークがそう声をかけてくれた。


「そうか、それなら良かった」

「ああ、確か『月の騎士団』もそろそろ到着する予定だったはずだ」

「え!?」


 ……今こいつ『月の騎士団』がここに到着するって言った?


 『月の騎士団』ってことは……、アイリーンもいるよな……。


 やっべえええええええええええええええええええ。


 嘘だろ!

 そんなの聞いてない!


 どうしよう、なんか変な汗出てきた。


「大丈夫か? 急に顔色が悪くなったが……」

「あ、ああ、だだだだ大丈夫だ」

「本当に大丈夫か……?」


 やばい。動揺しすぎてルークの言葉もよく頭に入ってこない。


 とにかく、はやくここを離れないと。


「んん……、なんで私こんなとこで寝てるの……」


 ユナがむくりと身体を起こした。

 ナイスタイミング!


「ユナ! 行くぞ!」


 俺はユナの手を取り、すぐさまその場を離れようとする。


「……んー?」


 だめだ! ユナが寝起きモードに入ってる。

 

 仕方ない! あとでユナにぶん殴られるかもしれないけどそれでもいい!


 俺は寝ぼけているユナに背中と足に腕を回し、お姫様抱っこをした。


 急げ急げ。アイリーンが来てしまう!


「お、おい! もう行くのか!?」


 と、ルークが慌てて声をかけてくる。


「当たり前だろっ! あいつに会ったら気まずすぎて死んでしまうわ!」

「……は、はぁ? 何を言ってるんだ? ……それならせめてあんたのギルド名を教えてくれよ! 覚えておきたい!」

「え? あ! そうだな! ギルドの宣伝はしとかないと! 俺とユナのギルドは『夜の騎士団』ってんだ! 世界最強のギルドになる予定だからよろしく!」


 そう言い残し、俺は全身全霊の力を足に込めて、その場を走り去った。


「速ぇ……」


 ルークは凄まじい速度で走っていくハルトの背中を見送りながら呟いた。


「『夜の騎士団』か……」


 初めて聞いた名前だったが、いずれ有名になる名前だろうとルークは確信した。


***


「『夜の騎士団』?」


 聞いたことのないギルド名にアイリーンが首をかしげる。


 彼女たち『月の騎士団』が街に到着した時、すでに全ての決着がついたあとだった。


 胸にぽっかりと穴が開いた巨大な黒龍が地面に転がっており、その周りでは他のギルドによって、傷ついた人たちの救護が行われている。


 そしてアイリーンとターニャは事の顛末について話し合っていた。


「じゃあ、その『夜の騎士団』の二人が黒龍を倒したっていうの? たった二人で?」

「うむ。にわかには信じがたい話だがな。一人が黒髪の男、一人は白髪『はくはつ』の女で、特に黒髪の男の方がもっぱら強いらしい。なんと黒龍を一撃で倒してみせたそうだ」

「一撃で!? そんなことがありえるの……? その二人はどこ? 近くにいるの?」

「それがもうすでにこの街を去っていったそうだ」

「そっか……、ぜひ一目見ておきたかったけど」

 

 アイリーンはそう言って肩を落とした。 


「まあ私たちの代わりに黒龍を討ってくれたのだから、感謝の一言ぐらいは言いたかったな」

「うん……そうだね」


 ターニャの言葉に対して、アイリーンはなぜか浮かない顔で返事を返す。


「どうしたんだアイリーン?」

「……なんだか肩透かしをくらった気分。黒龍を倒すことが私の中で良い区切りになると思ってたから」

「なんだ、まだ過去の男のことを引きずっているのか?」

「違うよ、そういうわけじゃないんだけど……」


 アイリーンは、不安げに胸に手を当てる。

 そして言葉の続きを紡いだ。


「またいきなり波乱を呼びそうな新しいギルドが登場したなぁって。最近やたらと世間を騒がせることばっかで嫌になっちゃう」

「まあ、確かに今回の『夜の騎士団』の登場も突然ではあるな」

 ……それにしても『夜の騎士団』という名前、明らかに私たち雪月花の騎士団を意識した名前だな」

「そうだね、だとするといずれ私たちとぶつかるかもしれないね」

「ああ。……私もなんだかそんな気がするよ」


 何も起こらないわけがない。

 アイリーンとターニャは確かな予感を胸に抱いていた。




 こうして黒龍討伐事件は幕を閉じた。


 そして、この事件をきっかけに『夜の騎士団』の名は一気に世界中に広まっていくのだった。

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