第24話 次の目的地へ

 どこまでも晴れ渡る青い空、頬を撫でる爽やかなそよ風。


 俺は街から離れた建物一つない草原の道を走っていた。

 腕の中にはユナが大人しくお姫様抱っこされている。


「……ふう。ここまで来ればもう大丈夫だろ」


 そう言い、俺は立ち止まった。


「ユナ、もう自分で歩けるか?」

「あ、うん……」


 ユナにそう声をかけると、ユナはどこか名残惜しそうに俺の腕から降りた。

 そして。ハッと何かに気づいたような顔をする。


「っていうかなんであんたにお姫様抱っこされてんのよ!」


 ユナは頬を赤らめつつ、左手を腰に当て右手の人差し指を俺に向けてそう言った。

 やっぱ怒られたか……。


「すまんすまん。ちょっと色々あってな……」

「色々って?」

「それはその……色々だ」


 話せば長くなるので、色々としか答えようがない。

 ユナはそんな俺の様子を見て「はぁ」とため息をついた。


「まあいいわ……。でも私が意識を失っている間に起こったことは説明してもらうわよ。なんで黒龍が胸に穴をあけて死んでたのか。なんで私の傷が全部消えているのか」


 とユナは言った。

 こいつ寝ぼけ何も見てないと思ったらしっかり黒龍の死体とか確認してたのかよ。もしかして俺がお姫様抱っこしてる間ずっと意識はっきりしてたんじゃねえの……? なのにお姫様抱っこをやめるよう言ってこなかったとかこいつ本当は俺にお姫様抱っこされてえんじゃねえの。なんて殺されるから絶対言わないけど。


 そうだな。

 黒龍のこと、そして羊男の話はユナにしなければならないだろう。


「向こうで座ってゆっくり話そう」


 俺はそう言いながら、近くにあったちょうどいい木陰のできている木を指さした。



***



 長い話を語り終えた。


 黒龍を倒したこと。

 羊男が現れたこと。

 その後、他のギルドが来て救護活動を行ってくれたこと。


 何一つ抜けが無いように、ゆっくり言葉にした。


 羊男のことが話に出たとき、ユナは目を大きく見開いていた。

 しかし、特に何も言わずに話を聞いていた。


「まあ、そんな感じだな」

「……そうだったのね」


 俺が話し終えると、ユナはこめかみに手を当てて何かを考えこむような仕草を見せる。


「……まず最初に聞きたいんだけど」


 しばらくしてユナが口を開いた。


「ん?」

「あんたは一体何者なの?」

「……俺?」

「そう、あんたよハルト。黒龍を一撃で倒したってなんなの? 実際に戦ったからわかるけどあの異常なまでに頑丈な黒龍を一撃って……普通ありえないわよ」

「そう言われても、本当のことなんだよ。多分ユナたちが与えたダメージがたまってたんじゃねえの?」

「私たちが与えたダメージなんて本当に些細なものよ。……やっぱり化け物だわ、あんた」

「人を化け物扱いかよ……」


 しかし、実際ユナがあそこまでボロボロにやられていたのだから、黒龍は相当強い魔物だったのだろう。


 俺は自分の拳を見つめた。

 ……俺は昔より確実に強くなったんだな。

 傲慢になるのはいけない。それはわかってる。それでも最近自覚が生まれ始めている。

 自分の力への自覚が。


「まあでもそれが事実ならそれでいいわ。それよりも羊男のことよね。ついに姿を現したのね……」


 ユナはそう言い、そして神妙な面持ちに変わる。

 ユナは言葉の続きを話した。


「青い髪に整った顔立ち。それに背広姿ね。でかしたわハルト」

「ああ、あと変な奴だった」

「変な奴か……まあなんか納得できるわ」



 ユナはそう言って何かを考え込みながら頷いてみせる。


「私の傷を治す意味もよくわからないわ。本当に変な奴。……不本意だけど借りを作る形になってしまったわ」

「それはそうだな……」

「……はあ。正直ね、薄々感じてはいたの。黒龍には羊男が関わってるんじゃないかって。けどハルトの話を聞いて確信に変わったわ。黒龍を召喚したのは羊男よ」

「え、そうなのか!?」

「うん。黒龍は何者かに召喚された魔物だって話が出回ってたでしょ? あんな強大な魔物を召喚できるのなんか羊男くらいよ。あんなの召喚するなんて神級魔法使いでも無理なんだから。でも羊男が私に使った治癒魔法の高度さを考えればあり得ない話じゃないわ」

「まあ、確かに一般人とは全然違うオーラみたいなのは感じたな。でもなんで黒龍なんて召喚したんだ?」

「それは私にもわからない」


 ユナは空を見上げて、ため息をついた。


「……羊男は一体何を企んでいるのかな」


 ユナは遠い空を見上げながらそう呟く。

 その問いの答えはまだわからない。

 しかしこのまま活動を続けていけばわかるだろう。


 ふと優しい風が吹き、ユナの白い髪が揺れた。

 ユナは手で髪を抑えつけながら言う。


「『ミライール王国』か……」

「ああ。羊男はその国で面白いものが見られると言っていた。どうする? 行くか? 『ミライール王国』。俺はユナが行くところについていくが」

「……そうね。行くしかないわ」


 とユナは決心したようにつぶやく。


「了解。ユナがそういうなら俺はついていくぜ」


 そうして俺たちの目的地が決まった。

 『ミライール王国』。


 羊男の顔が頭をよぎる。

 そこに行けば何かが起こるのだろう。なんだか羊男の思惑通りにことが進んでいっているような気がする。本当に『ミライール王国』に行っても大丈夫なのだろうか。

 不安が胸をざわつかせる。


 でもまあ。


 俺とユナの二人ならきっと大丈夫だ。


「ねえ、お金はどうする?」


 思い出したようにユナがそう言う。


「……あ」


 そういえば、急いで街を飛び出してきたからお金を持っていない。

 っていうかお金を置いていた『夜の騎士団』も、黒龍によって破壊されてたから俺たちはどの道一文無しだ。


「やべえ……」

「困ったわね……」


 俺とユナは二人して肩を落とす。

 あ、そうだ。


「黒龍を倒したんだし、お金ってもらえないのかな?」

「そうね……。正式な依頼が出ていたわけじゃないから厳しいかも。それに国もあんな状態じゃ報酬金を支払うどころじゃないでしょ」

「そうかぁ……」


 本当に困った。

 これじゃあ馬車にも乗れない。


「あ、そうだ」


 とユナが何かを思いついたようだ。


「お、なんだ?」

「ハルトもう一回走ってよ」

「え?」

「さっきまで私を抱えて走ってたじゃない。その時とんでもないスピードが出てたわよ。ミライール王国ならここからそう遠くはないし、ハルトなら走っていけるんじゃない?」

「……まじ?」


 ユナが鬼のような提案をしてきた。

 こいつ腹の中に女王でも住んでんのか。普通そんな発想になる?

 国から国まで移動するって俺どんだけ走ることになるんだよ……


 するとユナはなぜか、腕を背後で組んで、もじもじと身体をよじり始めた。


 ……な、なんだ?


 ユナは頬を赤く染め、潤んだ瞳で俺を見上げてくる。


「……も、もし走ってくれるんなら、もう一回お、お姫様抱っこされてあげてもいいわよ」


 ユナはそう言うと、照れたようにぷいと顔を逸らしてしまう。


 か、可愛い……なんだこれ……。


「……やる」

「え?」

「やってやるぜえええええええええええええ!」


 走るッ! 走るぞッ!

 どこまでも走ってやるッ! この可愛い生き物をお姫様抱っこできるなら!



 ──そんなこんなで『ミライール王国』への旅は始まった。

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