ジャン・シュナイダーside 中編

 悠々と広げられた大きな翼。

 漆黒に染まった全身の鱗。

 威風堂々たるその巨体が、うなりを上げながら馬車を押し潰していた。


 しかし『シュナイダーズ』のメンバーもやはり猛者。全員、馬車から飛び降りて黒龍の攻撃を回避している。


「こいつが黒龍か……」


 黒龍を見据えながらジャンはそう呟く。

 ジャンは、黒龍が放っている禍々しいオーラを感じ取っていた。

 なんという魔力だろうか。黒龍の前に立っているだけでピリピリと肌を刺されるような感覚すら覚える。この黒龍は今まで倒してきたドラゴンとは比にならない。


「お前ら、こいつはヤバい! 全力で行くぞッ!」


 ジャンは大声でメンバーにそう声をかけた。

 メンバーも黒龍の放つ恐ろしい魔力を感じ取っているようで、全員真剣な顔つきになっていた。

 もう油断は一切無い。


(一体何なんだこいつは……? なぜこんな魔物が突然現れたんだ?)


 ジャンはそう疑問に思った。

 しかし、すぐに考えることやめる。

 戦闘に集中するためだ。


 刹那。

 黒龍が口を大きく開いた。


 この場にいた人間の中で、いち早く黒龍のその動作の意味に気づいたのはジャンだった。


咆哮ブレスが来るッ!)


 ジャンはとてつもない反応速度で詠唱を行った。


「聖なる力を宿す光よ。我全てを護らんとする者なり。今その光を宿したまえ。我が名はシュナイダー。『ホーリー・シールド』」


 ジャン達の目の前に光の壁が出現するのと、黒龍の口から禍々しい魔力が感じられる黒い咆哮ブレスを放出したのは同時だった。


 ジャンの作り出した光の壁によって、黒龍の咆哮ブレスは掻き消される。


 しかしジャンはその咆哮を目にして、背筋が凍るのを感じていた。


(溜め無しの咆哮ブレスだったのになんて威力だ……! もし溜め有りの咆哮ブレスを打たれたら防ぎきれねえ!)


 ジャンは頭の中で瞬時にいくつもの戦闘パターンをシミュレーションした。


(少しでも黒龍に余裕を与えたら終わりだ。溜め有りの咆哮ブレスを打たれたら終わる。それに長期戦もダメだ。魔力量では人間の方が圧倒的に劣る。やるなら相手に隙を与えず、一気に押し切らねえと)


 ジャンの冒険者としての真骨頂は、魔法にではなくその思考力にあった。

 ジャンはその武骨な見た目や態度から、力でごり押しするタイプの戦闘スタイルだと思われやすい。

 しかし実際は逆だ。


 ジャンは指揮官としての資質が非常に高かった。

 戦場状況を一瞬で把握し、最適な一手を生み出すことに長けていた。


 この戦いにおいてもジャンは高い集中力を発揮し、最も有効な戦略を考えついていた。

 そしてメンバーに的確な指示を出す。


「神級魔法で一気に押し切る! お前らは五分時間を稼いでくれ! そいつを倒す必要はないッ! とにかく俺から注意をそらしてくれ!」


 ジャンはそう叫んだ。


 その言葉を聞いた五人は、瞬時にジャンを守るように立ち位置を変える。


 そして剣士のルークとソフィアが一気に黒龍へと距離を詰める。

 魔法使いのルーシャ、ジャック、ジュリアは魔法でその後方支援を行った。


 ポジション取り、役割分担、連携速度、どれをとってもこの上ない完璧な連携だった。


 最初に黒龍に攻撃を当てたのはルークだった。

 ルークの横一閃の剣が黒龍の胴体に斬りかかる。


 しかし、ルークの剣は黒い鱗によって弾かれた。


「なんだよ、この堅い鱗はッ……!」


 次の瞬間、ルークの死角からドラゴンの尻尾が薙ぎ払われる。

 尻尾とルークの間になソフィアがなんとか入り込み、剣で尻尾をガードした。

 しかし、ソフィアとルークは恐ろしい勢いで吹っ飛ばされる。


「ソフィア、大丈夫っスか!?」


 ルークはソフィアの元へと駆けより声をかける。


「ええ、大丈夫よ……。それより早く追撃しないと……!」


 ソフィアはすぐさま立ち上がり、黒龍の方を向いた。


 前衛が吹き飛ばされていたその間、後衛の魔法使いが黒龍に途切れることなく魔法を浴びせていた。


 黒龍は翼の鱗を盾にするようにしてその攻撃を防いでいる。

 黒龍にダメージはほとんど無さそうだった。


「──全てを喰らい尽くす光。邪悪なる者に天の裁きを。我が求めるところに汝あり。汝が訴えるところに我あり──」


 五人の背後ではジャンが目を瞑り、詠唱を行っていた。

 ジャンは極限まで集中していた。今のジャンには周りの戦闘の音すら聞こえていない。ただ神級魔法の詠唱を完成させることだけに全神経を注いでいる。

 この状況で一切周りの影響を受けないその集中力の高さは、日々の鍛錬を行い、また数々の死線をくぐり抜けたジャンだからこその芸当だった。

 

 ジャンの神級魔法が完成するまでの間、ひたすら五人は黒龍の気を引いた。

 しかし黒龍の防御力は異常だった。その黒い鱗は、剣と魔法すべての攻撃を弾き返していた。

 五人はダメージがほとんど入らない黒龍に対して焦りを感じていた。


 幸運なことに黒龍にはそこまでスピードがあるわけではなかった。おかげで五人はなんとか黒龍に対して致命傷を負うことなく立ち回ることができている。

 だがこのままじゃいつかやられる。


(けど、ジャンさんの魔法さえ完成すれば……!)


 五人は神級魔法の完成をとにかく待った。


 鬼すら殺すというジャンの神級魔法を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る