ジャン・シュナイダーside 後編
時刻は深夜。
受付嬢のノエルは椅子に座って、一向に誰も入ってくる気配のないギルドの入り口をぼーっと眺めていた。
(マスターたち遅いなぁ。黒龍がまだ見つかってないのかなぁ)
ノエルは、この時刻になっても帰ってこないジャン達のことが心配になってきていた。
(あの最強のメンバーが揃ってるんだし、心配はいらないと思うけど……)
とノエルは思うものの、黒龍という単語を聞いたときのマスターの深刻そうな表情が脳裏をよぎる。
(やっぱり心配だ。大丈夫かなぁ……)
ずっとそんなことばかりを考えていると、ふいにギルドの扉が開かれた。
ノエルはギルドに入ってきた人物を見て、目を見開いた。
「ルーク……!」
全身ボロボロで、息を切らし、今にも泣きそうな表情をしているルークが立っていた。
ノエルはすぐさまルークのもとへ駆け寄る。
「大丈夫!? すぐに手当てしないと!」
ノエルはルークの身体を支えながらそう言った。
ノエルは医務室にルークへ運ぼうとする。
しかしルークはその場から動こうとしない。
「ルーク……?」
ノエルは心配そうな表情でルークの顔を覗き込む。
「ごめん…………ごめん……」
ノエルは、よく聞くとルークが小さくそう呟いていることに気づいた。
ノエルの脳裏に一瞬「まさか」という言葉が浮かぶ。
「俺以外、全員死んじまった……」
ルークはそう呟く。
ルークの目には涙が浮かんでいた。
「……ッ!」
ノエルは目を見開き、息を飲んだ。
ノエルは「そんな馬鹿な。あのマスター達が死ぬはずが無い」と一瞬思った。しかしルークの様子を見る限り、嘘をついているようには見えない。
「本当に……?」
ノエルはいまだ信じられずに、声を漏らす。
「ああ、本当なんだ…………」
ルークが申し訳なさそうに、涙声でそう言う。
ノエルは絶望した。
まさに青天の霹靂。
あまりにも突然すぎる訃報だった。
(マスターたちが死んだ……)
ノエルにとって、マスターやメンバーのみんなは家族同然の存在だ。
いつもそばに居て、ともに育ち、喜びを分かち合ってきた。
ノエルはショックで言葉が出なかった。
ルークは涙をぬぐって、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺たちは黒龍に手も足も出なかった。マスターの神級魔法ですら、黒龍に軽傷を与えることしかできなかったよ……。あの黒龍は異常なんだ。本当だったら俺も死ぬはずだった……。
だけどマスターたちは最後に俺を逃がした。命と引き換えに、黒龍を倒すための貴重な情報を国王に伝えるために」
マスターの神級魔法が効かなかった。
そんなことがありえるのだろうか。
ノエルは色んなことで頭の中がごちゃごちゃになってしまっていた。
「いいか。ノエル。俺はもう意識を保つことで精一杯なんだ。今から俺が言う言葉をよく聞いてくれ。そして急いで国王に伝えてほしい。
……じゃないとマスターたちの死が無駄になってしまう」
ルークの声色は真剣そのものだった。
その言葉でハッとノエルは我に返る。
ノエルは本当は大声で泣き叫びたかった。しばらく部屋に引きこもって一人になりたい気分だった。
しかし、ルークの言葉を聞いて、その気持ちをぐっと抑え込んだ。
今は悲しんでいる場合じゃない。
私だって『シュナイダーズ』のメンバーなんだ。
私は私にできることをやらないと。
「わかった。絶対に国王へ伝える。話して?」
ノエルは涙をこらえて、ルークの目を見据えた。
「ああ。ありがとう。じゃあ言うぞ。
伝言は全部で三つある。
まず一つ目。今すぐ黒龍への認識を改めること。あれは全世界が一つになって戦わなければならない大厄災だ。世界三大ギルド、そして全世界に散らばる剣聖全員に出動要請をだせとのことだ。
そして二つ目。マスターいわく、あの黒龍は自然発生した魔物ではなく、何者かによって召喚された魔物であるとのことだ。もしかしたらこのことが黒龍を倒すヒントになるかもしれない」
そこでルークはゴホゴホと苦しそうに咳をし、血を吐いた。
ルークの身体はもうとっくに限界が訪れている。しかしマスターたちの死を無駄にするわけにはいかないという強い精神力だけでなんとか意識を保っていた。
「ルークッ!」
「大丈夫だ……。
最後の伝言を言うぞ。
最後の伝言は国王へ向けた伝言じゃない、『シュナイダーズ』のメンバー全員に向けた伝言だ。
マスターは最後にこう言った。
『愛するお前らへ。ありがとう』と」
それを聞いたノエルは、溢れ出る感情を抑えきれず涙をこぼした。
嗚咽を漏らしながら、呟く。
「マスター……」
ノエルが涙を流すそばで、すでにルークは意識を失っていた。
ノエルは、涙を流しながらも強く決意する。
(マスター達の死は絶対無駄にはしない。マスターたちの伝言、このノエルが確かに受け取ったよ)
ノエルは涙をぬぐった。
***
それからすぐに、ノエルによって伝言は国王に伝えらえた。
神級魔法使いの死。
それはやはり国王にとっても衝撃的なものだった。
国王はすぐにこの伝言を世界三大ギルド、そして世界中の剣聖たちに伝えるよう手配した。
世界三大ギルド。
それは『月の騎士団』、『雪の騎士団』、『花の騎士団』の三つのギルドのことを指す。
アイリーンが所属する『月の騎士団』にもその情報はすぐに伝わってきた。
アイリーンはそのニュースを聞いて、衝撃を受けていた。
アイリーンはひとり、ギルドのバルコニーで夜風を浴びながら考えこんでいる。
「神級魔法使いが手も足も出ずに死んだ……」
アイリーンは夜空を見上げながらそう呟いた。
そんなことがあり得るのか。
しかもその黒龍は人為的に召喚された魔物であるという。
一体この世界に何が起こっているのだろうか。
最近、良くないことばかりが連続して起こっている。
山脈の消失に、黒龍という大厄災の発生。
「なんだか大変なことになっているようだな」
そうアイリーンに声をかけてきたのは『月の騎士団』同期であり副団長のターニャだ。
「うん。すごく嫌な予感がするの」
アイリーンは夜空を見つめたまま、呟くようにそう返事を返した。
「私もだ。黒い龍などまるで何か悪いことの暗示のように思えて仕方ない」
ターニャはそう言い、アイリーンの頭の上にポンと手を乗せた。
「アイリーン。あまり気を病むなよ。
例の幼馴染のこと、そして・
とターニャは優しく諭すように、アイリーンに言った。
アイリーンの心に、ターニャの言葉が温かく響く。
「ありがと、ターニャ。私は大丈夫だよ」
アイリーンは微笑みながらそう言った。
「私が全て断ち斬ってみせるから」
アイリーンは静かに、しかし強く、そう呟いた。
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