第18話 襲来
ユナが街に到着する数時間前。
『シュナイダーズ』は今日もギルドメンバーがギルドに集まって依頼について話し合ったりしている。
しかし『シュナイダーズ』に以前のような活気はなかった。
ジャン達が死んだ日以来、どんよりとした重たい空気が流れている。
そして、そのジャンをリーダーとしていた黒龍討伐隊唯一の生き残りであるルークは、椅子に座って身体の調子を確かめるようにぐるぐると腕を回していた。
「よし、身体は治った。もう戦えるぞ」
ルークは満足げにそう呟く。
そこへ受付嬢のノエルがやってきて、ルークに声をかけた。
「明日か明後日には『月の騎士団』がこの街に到着するみたい。『雪の騎士団』とその他の剣聖たちはもう少し時間がかかるみたいよ」
「そうか。『月の騎士団』が来てくれるなら心強い」
「うん。『月の騎士団』団長のギル・アルベルトは諸事情で来れないみたいだけど、その他の全メンバーで向かってるって」
それを聞いてルークは少しだけ安心した。
ギル・アルベルトがいないのは少し気がかりだが、まあそれでも『月の騎士団』全員が来てくれるならきっと黒龍を倒せるだろう。
もちろんそのときはルークも一緒に戦うつもりだった。そう強く決心していた。
自分の実力が黒龍に及ばないのはわかっている。
それは実際に黒龍と対峙してみて痛いほどわかった。
けれど、『月の騎士団』や剣聖たちと一緒なら、あるいは。
ルークも剣聖に近い実力を持つと言われている剣士である。
その誇りに懸けて、必ず黒龍に一太刀浴びせてやろうとルークは決意していた。
ノエルはルークの強い意志の宿った瞳を見て、心配そうな表情をした。
(どうかルークが無茶をしませんように)
ノエルはそう祈った。
──その時だった。
「えっ──?」
地面が大きく揺れた。
「な、なんだっ?」
「地震?」
「いや、これは……」
ギルド全体がざわつき始める。
ルークとノエルも足元を見ながらうろたえた。
さらに連続して地面が揺れる。
「まさか……」
ルークは何かを察していた。
それを見ていたノエルもまた悟った。
ルークは剣を持って、急いで立ち上がり、ギルドの外へと走り出す。。
「ルークっ!」
ノエルが叫ぶ。
しかしルークは振り返らずにギルドの外へと走った。
ギルドの外に出たルークは、空を見上げて呟いた。
「来やがったか……!」
数十メートル先の空。
それは禍々しい魔力を纏って、飛んでいる。
ルークのあとから外へ出てきたノエルもそれを見て、恐怖に顔を染めながら言った。
「黒龍……」
***
全長十メートル以上はある巨大な体躯。
空を覆い尽くさんばかりの大きな両翼。
まるで絶望を象徴するかのような漆黒の鱗。
黒龍は眼下の街を
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
街全体を揺らすほどの凄絶な雄叫びは、聞く者全ての恐怖を喚起し、一気に街中を絶望に染め上げた。
黒龍はさらに、その眼球を凶悪にぎらつかせ、背を軽く反る。
そして次の瞬間、黒龍の口から、どす黒い『
純粋な魔力の塊として放たれる黒龍の『
その『
「……なんてバカバカしい威力だ」
ルークは呟く。悪夢のような光景を目の前にして、改めて黒龍への恐怖が呼び起こされる。
ルークの近くでその光景を見ていた『シュナイダーズ』のメンバーたちも例外なく青ざめていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
立て続けに、黒龍は天を仰いで雄叫びを上げる。
街中に響き渡るその叫び声が呼んだのは──魔物達だ。
「なっ!?」
いたる所から魔物が黒龍のもとへと集まってくる。
恐らく、この付近の森全てから魔物が集まってきている。
ゴブリンや、オーク、バッファール、様々な種類の怪物の群れに、冒険者たちはついに凍り付く。
単体で見れば、大したランクの魔物はいない。
しかし四方八方から現れるその魔物の量に、人々は絶望する。
(『月の騎士団』は間に合わなかったか……!
……せめて市民たちは逃がさないと!)
ルークはそう考えた。
そして腰に差していた剣を抜く。
ルークは腹をくくった。
いや。
覚悟など、あの日からとっくに決めていた。
その時、ルークの左手が何者かによって掴まれた。
ルークが視線をやると、そこには泣きそうな表情でルークの手を掴むノエルが立っていた。
ノエルはぶんぶんっと顔を左右に振った。
「行っちゃだめ! あんなのと戦ったらルーク死んじゃうよ……!」
ノエルは、瞳から涙を流しながら、震える声でそう言った。
ルークを見上げてくるノエルに、ともすればルークもまた泣きそうな顔で、そして強い覚悟の込められた眼差しをノエルに向けた。
「ノエル。俺を情けない男にさせないでくれ!」
「……っ!」
「俺は口だけのいけ好かない男になりたくないんだっ! 仲間に命を張らせておいて、自分の命も張れない男になんかなりたくない! 俺はジャンさんのギルドメンバーだ‼」
その決然とした言葉と眼差しに、ノエルはルークの強い気持ちを悟った。
そして涙を流しながら、ノエルはそっとルークの手を離す。
ごめん。ありがとう。そう言ってルークは次の瞬間には、振り返らずに戦場へと駆けだしていく。
ノエルは嗚咽を漏らしながら、遠ざかっていくルークの背中を見つめた。
***
「聞けぇ! お前らぁ! 黒龍は俺が引き止める! お前らは周りに沸いてる魔物を倒して市民を逃がすことを優先しろ!」
ルークは、周囲にいる五十人ほどの『シュナイダーズ』のギルドメンバーに大声で指示を飛ばす。
『シュナイダーズ』で黒龍にまともに太刀打ちできるのはもはやルークしかいなかった。ルークはそのことをよく理解している。
ルークの指示を聞いたギルドメンバーは一瞬狼狽する。
一人で黒龍を引き止めるなんて無茶だ。
誰しもがそう思ったからだ。
「はやくッ! それしかないんだッ、わかるだろう!」
ルークは再度叫ぶ。
ルークの言葉は正しかった。
ルーク以外の他のギルドメンバーが黒龍に立ち向かったところで足手まといになるだけだ。
ならば彼らにできることは周囲の弱い魔物を倒し、市民を逃がすことくらいだろう。
ギルドメンバーたちはようやく動き始める。
「……ありがとう、お前ら」
そう言い、ルークは黒龍のもとへと駆けだした。
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