第15話 初めての依頼

 ギルドの建物が完成した翌日。

 目を覚ました俺は、背中に当たる硬い床の感触に、首を傾げた。


「……あ、そっか」


 ベッドの上で寝ているユナの可愛らしい寝顔を見て、俺は昨日までのことを思い出した。

 寝室が一つしかないから、二人で一つの部屋を寝室として使っているんだった。


 そして当然のようにひとつしかないベッドはユナが使うことになった。

 まあ俺は山籠もりの時ずっと地面で寝てたし、床で寝るくらい大したことじゃない。


「ま、とりあえず朝飯作るか」


 今日の天気は快晴。

 外から気持ちの良い日差しが差し込んでいた。

 俺はぐっと伸びをして洗面台へと向かった。


 冷たい水で顔を洗う。


 朝飯は何を作ろうか。


「確か昨日、食料を買い込んでおいたよな……」


 その食料の中に卵とベーコンがあったはず。

 あと野菜もあったな。簡単にサラダもつくるか。


 何を作るか決めれば、あとは作るだけ。

 俺は朝食を作りながら、食事をするユナの笑顔を思い浮かべた。新しいギルドでのユナとの最初の朝だというのに、すでに俺はこの生活を気に入っていた。


***


「おはよー……」

「起きたか、おはよう」


 料理が出来上がるころ、ユナが起きてきた。

 まだ眠そうな顔で、頭にぴょこんとアホ毛が生えている。

 ユナは、とてとてと洗面台へと歩いて行った。

 その間、俺は二人分の食事をテーブルに並べる。


「あ、ごはんだー」


 洗面台からユナが帰ってきた。顔を洗ったのにもかかわらず、ユナは間延びした声でそう言いながら椅子に座る。パジャマがずれてユナの白い肩があらわになっていた。

 ここ数日でわかったのだが、どうやらユナは朝に弱いようだ。

 ユナは俺の顔を見てにへらと笑った。


 おいおいおい!

 なんだこの可愛い生き物!


 抱きしめていい?


 いいよね?


 いや。やめとこう。

 完全にユナの目が覚めたときに殺されてしまう……。


「ユナさん、何を笑ってらっしゃるの……?」

「んふ、こういうのもいいなーって」


 こういうのってどういうのだよ……。


 俺は朝の可愛いユナに心をかき乱されつつ、なんとか食事を口に運ぶ。


 うん。美味しい。


 俺は一人暮らしが長かったし、料理はつくり慣れていた。


 ユナも「いただきます」と言って俺の作った料理をもきゅもきゅと食べ始めた。


 ユナの口にも合えばいいんだが……。

 俺はおそるおそるユナの表情を見てみた。


「おいしい」


 ユナの満足げなその言葉に、俺は知らずに頬を緩ませた。


***


 食事を食べ終わり、食器を片付けてから、俺は服を着替えた。


 今日の予定は、ひたすら依頼が来るのを待つのみだ。

 俺とユナは身だしなみを整えて、ギルドの受付に二人並んで座った。


 ユナも完全に目が覚めたようで、いつもの様子に戻っていた。


「来るかしら、依頼」

「どうだろう。一応建物の入り口に張り紙を張っておいたけど」


 俺は昨日、『依頼募集中! ドラゴン討伐からペット探しまで何でもやります!』と書いた張り紙を張っておいた。

 さすがに一件くらいは依頼が来てほしいものだが。


 そうして俺はユナと世間話をしながらしばらく待ってた。


 ガチャリ。


 不意にギルドの扉が開かれた。


 きた!


 俺とユナは、開かれた扉をじっと見つめる。

 入ってきたのは、四十代くらいで主婦風の格好をしたおばちゃんだった。


「ようこそ! 夜の騎士団へ!」


 俺はそう言いながら、おばちゃんの元へと歩み寄る。


「あらこんにちは。新しくできたギルドよねここ? 新鮮でいいわねー」


 とおばちゃんはにっこり笑いながらそう言った。


「はは、そうなんですよ。そう言ってもらえると嬉しいです。

 それで今日は依頼のご用件ですか?」

「あ、そうね。実はお願いしたいことがあってね……」


 おお!

 どうやら依頼をくれるらしい。

 一体どんな依頼だろうか。

 俺はワクワクしながらおばちゃんの言葉を待つ。


「うちの庭のお掃除を手伝ってほしいの」


 おばちゃんはそう言った。



***



「いやぁ、若い子が手伝ってくれるとほんと助かるわぁ。ありがとねぇ」


 おばちゃんはそう言いながら、雑草でいっぱいになったゴミ袋を運んでいる。

 朗らかな日差しの下、俺とユナは生い茂る雑草を一本一本むしり取っていた。


「なんで私がこんなことしないといけないのよ……!」


 とユナが小声で俺に文句を言ってくる。


「仕方ないだろ……、最初はこんな依頼しか来ねえよ」


 と俺はユナを諭すように言った。


 まあ、ある程度予想はしていた。

 信用も無いのにいきなり魔物退治の大きな依頼なんか来るわけない。


 こうやって地道に市民の信頼を獲得していくしかないのだ。



 ひたすら作業を続けて、ようやく大体の雑草を大体抜き終わった。


 ふう。


 雑草で覆い尽くされていた庭がかなり綺麗になった。


「おかげさまでだいぶ綺麗になったわねぇ。はいこれどうぞ」


 そう言って、おばちゃんが俺とユナにジュースを差し出してきた。


「「ありがとうございます」」


 俺とユナは冷たいジュースを受け取って、飲んだ。


 ああ~、生きかえる~。

 たくさん汗をかいたあとのジュースはやっぱりうまい。


 ユナも美味しそうにゴクゴクとジュースを飲んでいた。


「さて、あとは私ひとりでもできる作業だわ。

 今日は本当にありがとねぇ。とっても助かったわ。はいこれ約束の報酬金」


 そう言っておばちゃんは財布からお金を取り出し、差し出してきた。

 俺はそのお金を受け取って金額を確認する。


 一万Gだった。


 あれ? 少し多いな。

 たしか約束の報酬金は八千Gだったはず。


「あの、金額が少し多いですよ」


 と俺が言うと、おばちゃんはにっこりと笑った。


「ふふ。いいのよ。二人が良く働いてくれたから、それはチップよ」


 おぼちゃんはバチコーンとウインクをしながら言った。

 俺はその言葉を聞いてなんだか心が温かくなるのを感じた。


 チップか。

 だとしたらそれを突き返すのは無粋というものだろう。

 俺はありがたくその一万Gを受け取ることにした。

 そしてその半分をユナに渡す。


「『夜の騎士団』は良いギルドだって、近所のみんなにお話ししておくわね~」

「え、本当ですか!? ありがたいです!」


 と別れ際におばちゃんはそう言ってくれた。

 ありがたい話だ。

 ぜひとも俺たちのギルドの名を広めていってほしい。


 きっとギルドというものは、こうやって少しずつみんなに知られていくのだろう。そう、少しずつ。


 今回は魔物との戦いではないけど、これも立派なギルド活動だ。


 依頼を達成した時のおばちゃんの笑顔、嬉しかったなぁ。

 誰かを笑顔にするのはやはり素敵なことだ。

 たとえそれが庭掃除でも、俺はやっぱりこのギルド活動が好きだ。


 思ってた通り、ギルド活動は楽しい。


***


「いやー、疲れた疲れた」

「ほんとよ……」


 ギルドへの帰り道。ユナはどうだかわからないが、俺は割と満足感を抱きながら歩いていた。

 こういう仕事も悪くない。

 ユナは……やはり魔物退治などの一気に有名になれる仕事がよかっただろうか。

 そう思い、ユナの表情を伺い見る。


「でもまあ、いい人だったわね」


 とユナは満足げに微笑みながらそう言った。


 なんだ。

 最初は庭掃除という地味な仕事に文句を言っていたユナだが、どうやら今は達成感を得ているようだ。


「ああ。いい人だったな」


 と俺は答える。


「……ありがとう。ハルト」


 突然、なぜかユナは俺にお礼を言ってきた。


「え? どうしたんだ突然?」


 俺何もしてないんだが……。

 俺が隣を歩くユナの方を向くと、ユナはふいとそっぽを向いてしまう。


「別に! やっぱりなんでもない」


 なんなんだよ……。

 最近ときどき変な言動すんだよなぁこいつ。

 はやいとこ、思ってることを全部言ってくれるくらいに心を開いてほしいものだ。


 そんなこんなで『夜の騎士団』最初の依頼は、庭掃除で終わった。 

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