第3話 たどりついたのは山

「ハア、ハア……」


 気づけば俺はわけもわからず走っていた。

 目からはとめどなく涙が溢れてくる。


 ちくしょう。ちくしょう。ちうしょう。


『私、強い人が好きなの』


 その言葉がさっきから頭の中をぐるぐると回っている。

 確かに俺は、弱い。

 ギル・アルベルトの方が何倍も何百倍も強いだろう。


 わかってる。

 そんなのわかってる。


「あああああああああああああああッ!!」


 誰もいない夜の街で泣き叫ぶ。

 なんて無様な姿なんだろう。


 好きな女に振られて、泣き叫んで。

 本当にみっともない。


 もうこのまま消えてしまいたい。


 俺は走った。

 とにかく走った。


 あてもなく、がむしゃらに走り続けた。


「ハァ、ハァ…………」


 気づけば、俺は街の外に来ていた。

 それなのに、いまだに涙は止まらない。

 ぐしぐしと袖で涙をぬぐっていると、ふと誰かに声をかけられた。


「おい、兄ちゃん大丈夫か?」


 声のした方を見ると、馬車に乗った男が俺のことを心配そうに見つめていた。

 行商人か何かだろうか。


「ああ、大丈夫です。人生が終わっただけですから」

「それ本当に大丈夫なのか……?」


 馬車に乗った男はなおも心配してくれているようだ。

 親切な人だな。

 そうだ。

 親切ついでに一つお願いしてみよう。


「今からその馬車でどこに行くんですか?」

「アッシャー王国まで行くつもりだが……」

「よかったら俺も乗せてもらえませんか? どこか遠い所へ行きたいんです」

「…………。仕方ねえな。男の涙に免じて乗せてやるよ」


 ありがたい。

 なんていい人なんだ。


「荷台に人が一人?乗れるスペースがあるからそこに乗りな」

「ありがとうございます」


 俺はいそいそと馬車の荷台に乗り込んだ。

 馬車の荷台には、たくさんの武器や防具が乗っていた。

 どうやらこの人は武具を扱う行商人のようだ。


「詳しいことは聞かねえ。ただ荷台の荷物には触れるな。わかったな?」

「はい。絶対に迷惑はかけません」


 そう言葉を交わし、馬車は出発した。


 時々激しく揺れる馬車の中で、俺はまた泣いた。

 涙が止まらなかった。



***



 それから何度も馬車を乗り継いだ。

 持っていた財布のお金が尽きるまでひたすら馬車に乗った。


 とにかくどこか遠くへ行きたかった。


 何日間もかけて馬車を乗り継いでいだ。

 自分がどこにいるかなどとっくにわからなくなっていた。

 何も考えず馬車に乗っていた。


 馬車を乗り継ぎしていた間の記憶はほとんどない。

 まるで魂の抜けた抜け殻のような状態だったと思う。



 気づけば俺は山の頂上にいた。



 周りに見えるのは雄大な青空、そして遥か先まで連なる幾多の山々。

 白い雲が眼下に見える。


 なんでこんなとこにいるんだ俺……。



 しかしこれはいい機会だとも思った。


 しばらく俗世を捨てて山に篭ろう。


 このままじゃ俺は駄目なんだ。

 きっと、このままじゃ永遠にこんな人生が続く。弱者は何も得られないのだ。強者がすべてを手に入れるのがこの世の理というものだ。

 弱い自分を変えたい。

 強くなりたい。


 もう何も失わないように。


 だが俺は魔法も剣も使えない。


 ……俺にあるのは何だ?



***



 それから三日間、俺が強くなるにはどうしたらいいかをひたすら考えた。

 腹が減ればそこらへんの木の実や山菜を食べた。


 三日間考え抜き、俺は気付いたんだ。


 俺には魔法も剣も使えない。


 だがこの『拳』があるじゃないか。


 俺に与えられたものなんてこれくらいしかない。

 だが『拳』だって極めれば、魔法や剣技に対抗できるはずだ。


 魔法が存在しない遥か昔、人間は素手のみでドラゴンすらも倒したという。

 今では魔法や剣技が当たり前となり素手で戦う者など存在しない。

 だが遥か昔は存在したのだ。

 素手で魔物を打ち倒す人間が。


 まあこの話は言い伝えでしかないので、嘘かもしれないが……。


 ならば俺が歴史を証明してやる。


 俺が拳で最強になってやる。


 もう俺にはこれしかないから。


 俺は俺にできることをやろう。


「はっ!」


 俺は山の地面を殴った。トンッという弱々しい音が鳴った。

 ……なんて弱い拳なんだ。

 こんな拳じゃゴブリンも倒せない。


 並大抵の努力じゃだめだ。

 自分の限界を超え続けないと俺は強くなれない。


 決めた。

 一日一万回、この山を殴ろう。


 それぐらいしなきゃ俺は強くなれない。


 一日一万回の山殴り。

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