第2話 そして俺は彼女に振られた

 ついにその日はやってきた。

 時刻は夜の九時。

 アイリーンがギルドの仕事から家に帰ってきている時間だ。


 俺はアイリーンの家の前に立っていた。

 今からアイリーンに告白する。


 …………やべえ。死ぬほど緊張する。

 足がガクガクと震えている。こんなに緊張したのは人生で初めてだ。


 だがやるしかない。告白するなら今日だ。今日を逃したら一生告白できなくなる気がする。

 覚悟を決めよう。


 俺はひとつ深呼吸をした。


 コンコン。

 震える手でアイリーンの家の玄関を叩く。


 しばらく玄関の前で待つ。


 すると家の中から足音が聞こえてきた。


 扉が開けられる。


 そこに立っていたのはアイリーンだった。


「はーい、あ。ハルト」


 アイリーンは、露出の多いルームウェアを着ていた。

 すらっとした白い太ももが露わになっている。

 相変わらず可愛い。


「どしたの? ハルト。なんだか真剣な顔してるけど」


 アイリーンが上目使いで俺の顔を覗き込んできた。その仕草に思わずドキッとしてしまう。

 動揺しちゃダメだ。心を落ち着かせないと。

 そして……言わなきゃ。


「実はさ、アイリーンに伝えたいことがあるんだ」

「お、なになに? もしかしてまた強い魔物でも倒した?」

「違う、そうじゃない」

「違うかぁ。じゃあなに?」


 アイリーンはうかがうようにこちらを見てくる。


 言うぞ。

 ここで言うんだ。


 さっきから心臓の音がうるさい。

 全身から汗が止まらない。


 覚悟を決めろ。

 勇気を振り絞れ。


「初めて会った時からアイリーンのことが好きだった。俺と付き合ってください」


 アイリーンの目を見てそう言った。

 ついに言った。

 言ってしまった。


 心臓の鼓動がさらに早まる。


 アイリーンの反応は?


 アイリーンはぽかんと口を開けていた。


 そしてすぐに真剣な表情になる。


「そっか……」


 とアイリーンは言った。

 どっちだ。

 その反応はどっちなんだ。


 時間が過ぎるのがやけにゆっくりに感じる。

 沈黙が心臓に悪い。


「ごめん。私ハルトとは付き合えない」


 アイリーンはそう言い放った。



 ———あ。終わった。

 頭が真っ白になる。

 アイリーンの言葉が残響のように頭に何回も響く。


「実はね、私———」


 アイリーンが何かを言いかけた、その時だった。

 部屋の奥から誰かが現れた。


「アイリーン、ベッドのシーツが……、あ、誰か来てたのか」


 その男は手にシーツを持ちながらアイリーンに声をかけ、そして俺の存在に気が付いた。


 俺は呆然として何も言うことができない。


 アイリーンが気まずそうに言葉を漏らす。


「ギル…………」

「誰だそいつ?」


 ギルと呼ばれたその男は、俺を指さしてそう言った。


「この人はハルト。ほら、幼馴染の」

「あー! 君が幼馴染のハルト君か! 話は聞いてるよ、よろしく!」


 アイリーンが俺のことを紹介すると、ギルという男の人は俺に笑いかけてきた。

 俺はぽかんと立ち尽くすばかりで反応を返すことができない。


 どういう状況なんだこれは。

 このギルという男は誰だ? なんで当たり前のようにアイリーンの家にいるんだ?

 俺が呆然としていると、アイリーンが口を開いた。


「こんなタイミングでごめん。紹介するね。この人はギル・アルベルト。私の彼氏だよ」


 まるで心臓を素手で鷲掴みにされたかのような感覚が俺を襲った。

 急に吐き気が込み上げてきた。


 なんだそれ。

 知らない。聞いてない。彼氏がいるなんて。

 アイリーンのことならなんでも知ってると、そう思ってたのに。


 俺は玄関の前で、ただ呆然と立ち尽くす。


 さっきまでの浮き足立った気分が嘘みたいだ。

 胸のあたりが内側から焼かれているように熱い。

 気を抜くと、今この場で泣き出してしまいそうだった。


 しかもギル・アルベルトかよ。


 俺はこの男を知ってる。知らないわけがない。


 ギル・アルベルト。

 アイリーンと同じ『月の騎士団』所属の剣士にして、世界に四人しかいない剣聖の一人だ。

 世界的に有名な人じゃないか。


 ギル・アルベルトの剣技は見る者を虜にするという。

 しかもイケメンだ。女性たちがつい振り返って二度見してしまうほどの整った顔に、高身長と来ている。

 そうか。

 この人がアイリーンの彼氏だったのか。


 どうしようもない事実が目の前にそびえ立っていた。

 受け入れるしかない事実だ。

 だが俺の感情はその事実を受け入れようとしなかった。


 そしてアイリーンは気まずそうに、言った。



「ごめんね。私、強い人が好きなの」



 その言葉で、俺の目の前は真っ白になった。

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