第39話 彼らの過去
十年前。
ミライール王国にて。
かつてミライール王国は、人々が穏やかに暮らす平和な国だった。
その平和さは世界に誇れるレベルであり、ミライール王国ではもう百年の間、戦争が起こっていなかった。
その平和が維持できたのはひとえに国王の存在が大きかった。
当時の国王の名前は、ルイス・ミライール。
彼は常に国民の心に寄り添い、常に国民のことを考える良き王であった。
彼は人の命を奪う戦争というものを嫌った。
何よりも命が大事。命さえあればいつか幸せになれる。というのが彼の信条だったからだ。これは先代の王からずっと引き継がれている心情である。
彼はとにかく命を尊び、そのおかげで百年間も戦争が起こっていない平和な国をつくることができていた。
そしてそんな彼を支えたのは妻のフィナである。
フィナは誰よりもルイスのことを理解し、愛していた。
彼女のおかげでルイスは立派な王として国民の前に立つことができている。
そんな二人の間に生まれたミリヤは、優しい両親のもとで大切に育てられていた。
当時八歳だったミリヤは明朗快活で、外で遊ぶことが大好きな女の子だった。
ミリヤが王城の庭で遊んでいると、近くに住んでいるリタとユーリがよく庭に侵入して遊びに来た。
もちろん王城の庭に侵入することはいけないことなのだが、リタとユーリを叱る大人は誰もいなかった。
皆、温かい目でその三人の子供たちを見守っていた。
そんな平和で穏やかな国だった。
ある日のこと。
ミリヤ、リタ、ユーリはいつも通り庭で遊んでいた。
三人は庭の芝生の上で円になって座っている。
「ねえねえ、みんなはさ、将来どんな人と結婚したい?」
そう無邪気に尋ねるのはミリヤだ。
無垢な目でリタとユーリを見つめている。
リタは「うーん」と唸りつつ顎に手を当てて考え始める。
ユーリは顔を赤くしてあたふたしている。
「結婚するならとにかく優しい人がいいなぁ。私割と怒りっぽいし」
「あはは、確かにリタ姉は優しい人の方がぴったりかも!」
リタの言葉にミリヤは笑いながらそう言った。
「ユーリは?」
ミリヤが身を乗り出してユーリの目を覗き込む。
「ぼっ、僕は別に……」
ユーリは顔を真っ赤にして視線を泳がせている。
「ユーリ、なんだか顔が赤いけど大丈夫?」
「だ、大丈夫だから!」
ミリヤが心配そうにユーリに近づく。
するとユーリは慌てた様子で逃げるように後退した。
リタはそんな二人の様子を微笑ましそうに眺めている。
「変なユーリ」
「ほ、ほっとけよ! それよりミリヤはどうなんだよ! どんな人と結婚したいんだよ」
ユーリが話題を逸らすようにそう質問を投げかけた。
ミリヤは待ってましたと言わんばかりの様子で、目を輝かせて語り始める。
「私はね! 王子様と結婚したいの!」
「「王子様?」」
ミリヤの言葉に、リタとユーリは声を合わせてそう言った。
「そう! 白馬に乗って私を迎えに来てくれる、そんな王子様と結婚したいの!」
「でもミリヤは王女様だからそのうち王子様と結婚できるんじゃない?」
とミリヤの発言にリタが指摘する。
ミリヤはそれに対して「たしかに!」と笑顔で言った。
「あー、将来が楽しみ! どんな王子様が現れてくれるんだろう!」
キラキラした目でそんなことを話すミリヤを、ユーリはちらちらと窺うように見つめている。
この頃からユーリはミリヤに好意を抱いていた。それを伝えることはできずにいたが。
三人でそんな話をしていた、その時だった。
城から体格のいい男が出てきて、三人の元へ歩いてきた。
その男は当時のハイムである。
ハイムは当時、二十代にして国王近衛隊の隊長を務めていた。
「あ、ハイムさん!」
「ミリヤ様、そろそろ夕飯の時間ですよ」
ハイムは優しげな口調でミリヤにそう声をかける。
「うん! わかった! じゃあリタ姉、ユーリ、また明日!」
「また明日ね」
「ああ、また明日!」
ミリヤの言葉にリタとユーリは首肯を返す。
ミリヤはハイムに連れられて城の中へと戻り、リタとユーリは王城の庭から街へと出る。
そんなどこにでもあるような平和な日常が続いていた。
誰もがこんな日々がずっと続くと思っていた。
しかし、往々にして悲劇は突然訪れるものである。
リタとユーリは家が隣同士であったため、同じ帰り道を歩いていた。
「ねえリタ姉、なんだか街の人が少ない気がしない?」
ユーリは不安げな表情でリタに語りかける。
リタもユーリに言われて、街を歩く人がほとんどいないことに気づいた。
夕暮れ時のこの時間帯は、いつもなら多くの人が道を歩いているはずだった。
そしてリタは辺りを見渡していると、あることに気づく。
「……あれは一体何だ?」
そう言い、リタが前方を指さす。
そこには数か所から複数の黒い煙が立ち上っていた。
「なにあれ……?」
ユーリがそう呟く。
煙が上がっているのは、リタとユーリの家がある場所辺りだった。
「急ごう!」
「うん!」
そう言い、二人は家の方向へと走り始める。
家に近づくにつれ、立ち上る煙がさらに大きくなっていく。
息を切らしながら、二人が自分たちの家に到着したとき、二人はその光景を見て絶望した。
「嘘……でしょ」
リタとユーリの家を含む、辺り一帯の家が燃えていた。
数十名の市民がその光景を目に、号泣し、救いを求めて叫んでいる。まさに阿鼻叫喚の図だ。
「お母さん! お父さん!」
ユーリは急いで燃え盛る家の中へと飛び込もうとする。
「だめ!」
リタはそんなユーリの腕を掴んで止める。
「離してリタ姉! お母さんたちが死んじゃう!」
「あんなとこに飛び込んだらユーリまで死んじゃうでしょ!」
二人は、燃え盛る家の前で言い争う。
リタだって今すぐ家に飛び込んで両親の安否を確かめに行きたかった。
しかし年下のユーリが近くにいるということもあり、年上としての意識からかろうじて冷静な判断をすることができていた。
その時だった。
燃え盛る多くの家々の間から二人の男が出てきた。
「がははははッ! 今日からこの国はこのグレゴワール様のもんだァッ!」
金髪のその男グレゴワールは、片手に剣、もう片手に炎を纏い、堂々と道を歩いている。
その隣を歩くのは銀髪の男レオンである。無表情でグレゴワールの半歩後ろを歩いていた。
「何?……あいつら」
リタがそれを見て呟く。
そしてグレゴワールとレオンの後ろからさらに数十名の冒険者風の格好をした者たちが姿を現す。
彼らは、グレゴワールが設立したギルド『グレゴリー』のメンバーであった。
「ふざけんじゃねえ!」
そう声をあげたのは市民の一人、剣を両手に握りしめている男だ。
彼はこの国の冒険者であった。剣術の心得もある。
彼は剣を振りかざし、グレゴワールへと斬りかかる。
しかし次の瞬間、彼の身体は胴体から真っ二つに切断された。
斬ったのはグレゴワールだ。
だがレオンを除き、その場にいた者は誰もグレゴワールの剣筋が見えていなかった。
「逆らう者は容赦なく殺す! 死にたくなかったら抵抗しねえことだッ! がはははッ!」
グレゴワールが大きな声で宣言する。グレゴワールたちは王城へと行進を進めていた。
「リタ姉……! どうしたらいいの……!」
ユーリが目に涙を浮かべながら、リタに
「大丈夫……! ハイムさんたちがきっとなんとかしてくれるから……!」
リタはユーリをなだめるようにそう言った。
しかしリタとユーリはその日、幼いながらに絶望というものを知ることになる。
剣も魔法も使えない平凡男の成り上がり〜好きな人に振られた悔しさで山を一日十万回殴ってたらいつの間にか世界最強の拳を手に入れてた〜 おったか @ottaka
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