第32話 王城探索


 空は快晴で、海のような青が空いっぱいに広がっていた。


 俺はユナと別行動で、ユーリに教えてもらった抜け穴から森へ出て魔物を狩っている最中である。

 

 今回は違法な手段で入国しているので『夜の騎士団』の名前は使えない。

 よって依頼を募集するわけにもいかず、こうして地道に魔物を狩ってその素材を売るしか、金を稼ぐ方法が無かった。


 その時だった。

 ふと、目の前にゴブリンが現れる。


 ゴブリンか。

 ゴブリンから取れる素材である牙はせいぜい500G程度にしかならない。500Gは一食分程度の金額である。


 俺はゴブリンの身体を消し飛ばしてしまわないように最小限の力でゴブリンを殴った。


「グギャアッ!」


 ゴブリンは背後に吹っ飛び、木に激突して動かなくなった。

 こうして一瞬にして戦闘は終わる。

 俺はゴブリンの牙を剥ぎ取り、懐にしまった。


 はっきり言ってしまうと、魔物との戦闘がただの作業になっていた。

 今みたいに、どの魔物も瞬殺できてしまうのだ。


 そして自分の仕事が安全である分、余裕ができてユナのことを考えてしまう。

 ユナは大丈夫だろうか。

 あんなでかい王城に一人で潜入するって、絶対怖いよな……。

 俺だったら無理だわ……。


 でもユナは当然のようにそれをやろうとしていた。

 すごいわほんと……。

 今はそんなユナを信じて、無事を祈るしかない。


 ***


 ──ユナside──


 ハルトが森で魔物を狩っている頃。


 私は王城を見上げて、その大きさに思わず息を漏らしてしまった。

 目測だが、城の高さは百メートル近くあるだろう。


「大きいわね……」


 王城は周囲を壁に囲まれていた。

 ただその壁は高さ十メートルほどしかなく、私なら軽く飛び越えられる高さだ。


 この王城の入口はどこにあるのだろう。


 とりあえず王城の壁に沿って城を一周してみようかな。

 そしてどこか安全に侵入できそうな場所を探し出そう。


***


 王城を一周するのに大体三十分くらいかかった。

 一周してみた結果、この王城の敷地への入り口となる門は二つあることがわかった。

 北門と南門だ。

 それぞれの門には門兵が二人ずつ立っていた。


 ……意外にも警備が緩い。


 二人程度の門兵であれば正直どうにでもなる。


 それに門をくぐらなくとも、壁を飛び越えて敷地に忍び込むこともできる。


 どうやら城への侵入は容易そうだ。


 王城の警備ってこんなに緩いものなの?


 私は少し疑問を感じていた。


 それとも門の警備は緩い分、城壁内の警備は厳重になっているのかもしれない。


 ……ありえるわね。


 本当は今日は王城を外から観察するだけにしようと思ってたけど、軽く中も見てこようかしら。

 それとも門兵の様子などをもっと観察して、入念に準備すべきか。


 うーん……。

 作戦を進めるなら早い方がいいに決まってる。

 結婚式は四日後なのだ。残されている時間は多くない。


 だけど、リスクを負う選択をしても大丈夫だろうか。


 少し怖い。


 そこでハルトの顔が頭に浮かぶ。


「まただわ……」


 ……ここ最近、ふとした瞬間にハルトに対してもやもやとした感情を感じる。


 いや、正確に言うならハルトと一緒にいる自分に対してのもやもや。


 最近、私はハルトの足手まといになっているのではないかとすごく思う。

 黒龍討伐の時、私はほとんど役に立つことができなかった。私がしたことなんてせいぜい時間稼ぎくらいだ。


 私は今まで自分の実力には自信がある方だった。剣術だって黒魔法だってそこら辺のやつらには負けたことがない。

 それに大抵のことは自分一人でこなせてきたし、人に頼ることなんかほとんどなかった。


 だけど、ハルトに出会ってそれが覆された。


 ハルトは強い。それはもう圧倒的なほどに。


 そんなハルトに私は助けられてばかりいる。


 私はハルトの仲間としてふさわしいのだろうか?

 『夜の騎士団』の対等なギルドメンバーとしてふさわしいのだろうか?

 私なんか必要ないのでは?


 そんなことばかりが頭に浮かぶ。


 私の抱えているこのもやもやは、劣等感とか口惜しさとかそういう類いのものだと思う。


 『私だって本当は夜の騎士団』としてふさわしくありたい。ハルトの足手まといになりたくない。心の底からそう思うからこそのもやもやなのだ。


 私はこのもやもやを消し去らなければならない。

 今回の王城調査はそのいいチャンスだ。


 やってやる。


 今日で中まで侵入しよう。


 大丈夫。私にはとっておきの黒魔法があるじゃない。


 私は城壁に沿って歩いた。北門からも南門からも離れており、そして人通りがほとんどない場所を探す。


 しばらく城壁沿いに歩いて、ちょうど街はずれに当たる場所にたどり着いた。


 ここでいっか。


「闇夜が満つる所に我はあり。黄泉の扉開くところに汝あり。万物に宿りし不変なる闇よ。全てを掌握し、支配する闇よ。悪しき光から我が身を救いたまえ。『闇影あんえい』」


 詠唱を終えると、直径三十センチ程の、黒くて丸い陰が地面に現れる。


 これで『闇影あんえい』の完成だ。

 『闇影』の効果は、一度だけどんな場所からでもこの丸い陰に戻ってこられるというものだ。時間制限は二時間。


 つまり二時間の間は、『闇影あんえい』さえ使えば、城の中からでも一瞬でこの城壁外に瞬間移動することができるのだ。

 もし城内の兵士にバレそうになった瞬間、『闇影』を発動すればいい。


 正確に言えばこの魔法は隠密魔法ではなく黒魔法だけど、隠密魔法としても使える。


 一応、欠点をあげるならば『闇影』発動中は他の黒魔法が使えなくなることがあげられる。

 しかし、それぐらいなら問題ない。


 よし。行こう。


 私は足に力を込めて跳び、城壁の上に乗った。


 城壁の上から城を見る。

 城は東西に長く延びるようにそびえ立っており、北門から城への間には広大な庭のような敷地があった。領土を贅沢に使っている。


 見た感じ、その庭や城の周りには見張りの兵士らしき者は見当たらない。


 やはりこの城、防衛機能などよりも見た目の豪華さに重点を置いている気がする。


 城壁などの造りもそうだ。見た目は立派だが、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられる。


 その警備の緩さが、逆に怖かった。


 でもビビってる暇はない。


 私はさらに城を観察することにした。


***


 周囲に気を払いつつ、城壁内部の探索を行う。

 数時間かけて探索した結果、まず王城へ入る扉は合計五つあることがわかった。

 さらに窓もいたる所にあった。

 今が暑い時期であるおかげか、全開になっている窓も多く見受けられた。


 扉から入るのはリスクが高いが、窓からであればどこからでも入れそうだ。


 やはり本当に警備が雑だ。

 これなら簡単に侵入できる。


 視察してわかったのだがこの城は明らかに外観を重視している。

 構造や警備の敷き方などは本当におざなりで、いつ国王が暗殺されてもおかしくないくらいだ。


 なぜこんなにも警備が緩いのだろう。


 一見、警備が緩いように見せて実はどこかに罠が仕掛けられているとか?


 あるいは、これは国によって極稀にあることなのだが、警備の必要がないほど国王が強いとか? だから防衛機能は捨てて外観重視の造りにしているのか?


 可能性はいくつかある。


 私が思考にふけっているその時だった。


 お腹の虫が「ぐう」と鳴る。


 やばい。

 朝から何も食べてないから、空腹が限界まで来てる。

 それにずっと集中して周囲を警戒していたせいで、精神的疲労もたまってきていた。


 気づけば、空も赤くなり、夕暮れ時を迎えている。


 そろそろ引き時か。


 もう少し調査を続けていたかったが、今の集中力を摩耗した状態ではミスをしてしまう可能性が高すぎる。


「……仕方ないわね」


 思わず呟いてしまう。


 残念ながら、建物の内部までは侵入することができなかった。


 しかし、扉と窓の位置、外の兵士の位置、建物の大まかな造りは把握することができた。

 明日には確実に建物内部に侵入することができるだろう。


 十分な収穫だ。


 うまくいけば明日何か情報が掴める。

 『闇影あんえい』を使う必要もなかったし、順調に視察を進められそうだ。


 私は城からいったん離れ、城壁を飛び越えようとする。


 ハルトの方も順調にお金を稼げているだろうか。

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