3人のおっさんと行く孫権故里

 孫権は字を仲謀といい、呉群富春県の出身。江表伝には朗らかで度量が広く、思いやりが深く決断力があったと記される。父の孫堅、兄の孫策を亡くし若くして君主の座につく。周瑜や張昭ら地元の名士たちと結んで呉を盛り立てた。曹操、劉備と並ぶ三国時代の主役のひとりである。


 孫権故里は現在の浙江省富陽区にある。龍門古鎮という呼び名の方が有名かもしれない。この町は人口7000人余り、孫権の子孫が暮らしており、90%は孫姓だという。古い町並みを残した観光地で、孫権の故郷としても売り出しているようだ。龍門古鎮の入り口には壁に大きく孫権故里と書かれており、意外と大々的にアピールされていてなんだか嬉しくなる。石畳の狭い路地に白い壁、黒い瓦屋根の古い町並みが続く。中国の古い住居はどこか懐かしい風情がある。エリア内には普通に人民たちの生活がある。洗濯物が干してあったり、野菜を日干ししていたりとリアルな生活の風景を見学することができる。古い街並みは文化遺産として保護されているため、勝手に改修できない、また改修にもお金がかかるので住むのも大変らしい。入場料を払って見学する場所に人民たちの普通の暮らしがあるのは不思議な気分だ。見所のひとつは硯池。古い町並みが水鏡に映る様子はとても美しい。池を眺めながら近くのカフェで休憩するのもいい。


 孫氏宗祠という建物は孫氏を祀っている場所。壁面には孫権の大型パネル、孫堅、孫策が並び呉ファンには感動モノな光景が広がっている。実は龍門古鎮における三国志スポットはこの孫氏宗祠くらいなのだが、貴重な孫呉推しスポットとして紹介しておきたい。観光客もまばらで古い町並みを散策できるというのもポイントが高いのでオススメだ。ちなみに、このあたりはバドミントンのラケットの生産で有名らしく、古鎮の中でもラケットを販売していた。


 そして、孫権故里はもうひとつある。龍門古鎮の散策が終わり、近くの食堂で昼ご飯を済ませたあと、ガイドを通して孫権故里へ行く道を食堂のお兄ちゃんに聞いてもらった。しかし、そんな場所は知らないという。やばい、わからないまま終わるのか・・・と思いきや知り合いが知っているというので車で連れていってもらえるよう交渉してくれた。15分ほどしてボロボロのワンボックス(日本の軽四みたいなの)がやってきた。このおっさんが運転して連れて言ってくれるらしい。もちろんタダではないが。おっさんの運転で軽四は唸りを上げて走る。ガタガタいって相当乗り心地は悪いがここは贅沢は言っていられない。何せタクシーも通らない田舎町だ。道を知っている人に乗せてもらえるだけでも御の字だった。


 龍門古鎮を離れて20分程度だろうか、田んぼが続くド田舎にやってきた。突如、田舎にそぐわない白い像が現れた。車を停めて近づくと、台座に呉大帝孫権と金文字で書いてある。皇帝の姿をした孫権の像だ。像の背面には呉大帝廟があったが、施錠されていた。田舎の遺跡あるあるだ。その横には四階建ての楼閣が建設中で、大きな岩に孫権故里と彫ってあった。建物は資料館なのだろう、残念ながら建設中なので中に入ることはできなった。しかし、ド田舎にこんな立派な建物を建ててしまうとは、かなりの本気を感じた。閉まっていたり、建設中だったりなのだが、立派な孫権も拝めてなかなかの収穫。この周辺に古い石碑があるらしいので探しに行くことにした。ガイドが畑をしているおっさんに石碑の場所を聞いてくれた。おっさんは畑から出てきて案内してくれるという。なんとありがたい。

 おっさんについて孫権像のあった通りを200メートルほど歩いたところに3つ石碑が立っていた。一つは呉大帝故里と刻まれている。もともとあったのはこの石碑くらいだったのだろう。さらに進んで田んぼの中に瓜畑の跡地の記念碑があった。瓜畑にはこのような逸話がある。


-孫権の祖父にあたる孫鍾は瓜を売って生計を立てていた。あるとき、瓜が欲しいと3人の少年がやってきた。孫鍾は少年たちに瓜をやった。少年たちは瓜を食べ終えたとき、孫鍾の子孫が天下を手にすると予言した。孫権は呉の皇帝となった。

 瓜畑ではなく今は田んぼというのも面白い。畑のおっさんが「この道は日中戦争で兵隊が通った道だ、日本とは仲良くしないといけないね」と言っているらしい。中国語が分からないのでガイドがマイルドに訳してくれたのかもしれないが、ちょっとドキッとした一面だった。そんなおっさんだったが、もう一つの石碑にも案内してくれるという。ここからちょっと距離があるというので案内してくれる畑のおっさんも車に乗り込む。ガイドのおっさんと、知らない運転手のおっさんと、畑のおっさんの3人のおっさんと共に孫権故里の石碑を探しに行く。全員他人同士、謎の珍道中みがある。


 5分も走らないうちに田んぼの向こうに東屋が見えた。 車を降りて田んぼのあぜ道を進み、見つけた!!孫権故里の石碑。稲が実る田んぼの真ん中にぽつねんとあった石碑に感動した。こちらの孫権故里は農村の廟と孫権像と石碑がたくさん、つくりかけの資料館といったなんとも田舎の三国志遺跡といった感じだが、心強いおっさんたちとも出会いもあり、龍門古鎮より感動ポイントは高かった。畑のおっさんによればこっちが本物の孫権故里なんだよ、ということだった。孫権が郷里の人に愛されていることになんだか嬉しくなった。

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