華山を望む楊修墓
楊修は 楊修は字を徳祖といい、謙虚で慎み深く、広い才能を持っていた。軍事、国政で携わったことが曹操の意に叶っていた。曹操の子、曹植は楊修と友好を結びたびたび手紙を送っている。曹植を後継者にするために彼を補佐した。曹植が気ままでけじめのないことから後に曹操にうとんじられるが、それでも楊修は曹植と関係を続けた。それが気に入らない曹操は楊修を殺害する。
三国志演義では抜きん出た才能があるが、それが仇となって曹操に殺害される鶏肋のエピソードが有名。漢中での劉備との戦いにおいて、曹操が呟いた「鶏肋」・・・鶏のあばら骨には食べるほどの肉はないが、捨てるには惜しいところ・・・をひとり理解し、早合点して撤退の準備を始めた。勝手な行動に怒った曹操は楊修を処刑した。そんな悲運の天才楊修の墓が華山の麓にあるという。
華山観光をしようと思い、遭難してはいけないので現地ガイドを依頼して向かった。ついでに楊修墓にも訪問したいとお願いしていたのだが、時間がないだろうということだった。そもそもどこにあるのか知らないと。これが事前に現地の旅行社に依頼していても当日のガイドのやる気いかんでどうなることやらという現象だ。この日も無理なのか、と半ば諦めていた。華山最寄りの高速鉄道華山北駅に到着。駅前から一大観光地華山にはシャトルバスがあるはず。
しかしガイド氏はタクシーを探しはじめた。鉄道駅の近くには白タクも多い。声をかけてきたおっさんの車にガイド氏と乗り込んだ。ガイド氏が楊修墓について尋ねてくれている。なんと、さっき行けないっていったのに、ツンデレかこの!私は喜んだのも束の間、ドライバーのおっさんは知らないと言っている。むしろ楊修って誰?とか言ってた。ダメだこりゃ・・・と思ったが、おっさんが友人ネットワークで調べてくれるらしい。おっさんが携帯電話で大声で話しはじめる。中国ではまだ運転中の携帯電話は禁止ではないらしい。おっさんの友人が場所を知っているという。
車は田舎道をひた走る。細い道をくねくね進んだ先で車を停めた。この近くに楊修墓があるという。公民館のような建物の前でたむろしていたおっさんに道を尋ねると、その先のブロックを曲がったところと教えてくれた。言われた角を曲がり、それらしい草むらに分け入っていく。目の前に石碑が現れた。しかしどう見ても楊修とは書いていない。これじゃなかった。その先にも無数の石碑がある。これ、地元人民の墓ですよねどう見ても・・・。ここに来るまでに畑に穴を掘っていたのでこの辺は土葬らしい。てことはこのリアル土まんじゅうはわりと生な遺体が・・・うっ・・・。
どうも違うようなので、一度墓地から退散した。通りに出ると、遠くからおっさんがその先だ、と言っている。もう一つ先の角を曲がると、鉄の扉が開いていた。その先に畑があり、一番奥に白い石碑がぽつんと建っていた。畑の中を小走りに駆けた。農作業をしているおばあちゃんの横を通り抜け、石碑を前にする。楊修の文字が見て取れた。やった、大勝利!楊修墓を発見できた!背後にはかすむ華山がそびえている。雄大なロケーションに感激し、しばし墓の前で余韻に浸る。おかしな観光客がきたもんだと思われたかもしれない。なにせここは人の家の畑なのだ。楊修の墓が先で、畑は後から作ったんじゃないかと思われる。ちなみに封土と畑の境目はかなりあいまいだった。
帰り道、こちらのことも気にせず畑を続けるおばあちゃんの横を通り過ぎる。この畑が高台になっているのだが、これが漢の城壁なのだそうだ。嘘だろ・・・城壁の上に畑作ってるんだぜ・・・!相変わらずの遺跡の日常への溶け込みぶりには目頭が熱くなる。そのうち文化遺産として整備される予定なのだそうだ。そのときにはおばあちゃんの畑がどうなっているのか気になってしまった。
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