鍾繇が硯を洗った池の末路

 許昌の北、長葛市には鍾繇の故郷がある。鍾繇は魏の曹操に仕えた政治家。書家としても有名で、子には鍾会がいる。故郷には鍾繇の像と子孫が作った鍾繇・鍾会の墓がある。そして、書家としての一面を表わす伝説のある場所が鍾繇洗硯池だ。この池で鍾繇が硯を洗ったとされ、彼はよく学んだために池の水が黒くなったという。

 鍾繇洗硯池は老城鎮という場所にある。つかまえたタクシーのドライバーも場所を知らないため、老城鎮入り口で降ろしてもらった。老城鎮は小さな田舎町だ。ガイド氏が人民に道を聞くとあっちの方だ、ということで横道を入っていく。途中麻雀を観戦していた人民にも道を聞きながら歩くこと30分。ガイド氏もよくこんな酔狂な田舎の遺跡巡りに付き合ってくれるよなとしみじみ思ってしまう。村の入り口に小さな廟が見えて、その角を曲がる。すると道が開けて黒い文物碑を発見!!暑い中歩いてヘトヘトだが、宝物を見つけた気持ちで小躍りしながら近づいてみる。確かに「鍾繇洗硯池」と書いてある。しかし、池は一体どこだろう…まさか埋め立てられてしまったのだろうか。

良く見れば、文物碑の背後に緑色の大地が広がっている。いや、大地ではない、池だ。藻が一面を覆い尽くす池だ。そして、藻だけではない無数のゴミが浮いている。まさか、いくらなんでもこれではないだろう、そう思いたかった。しかしこの周辺に水場はこれしかない。ああ、このゴミと藻に覆われたのが鍾繇洗硯池だ…汚なっ!!

 衝撃を抑えながらも周囲を歩いてみると、また文物碑を発見。それもクレヨンのようなもので落書きされ、引っかき傷が付いている。ひ、ひどい。伝説の池のほとりにもこれでもかとペットボトルやプラスチックゴミが積み上げられており、そのまま池に投入準備完了である。なんともヒドイ状態で、これは扱いの酷さにかけてはゴミ焼き場と化して洋式便器まで捨ててあった官渡の曹操像の上を行くかもしれない。そんな惨状だが、この鍾繇洗硯池は鍾繇が書に励み、硯を洗ったとされる池。私は今も池の色が黒いのかを確かめてみたかった。しかし、黒ではなかった。緑だったよ…!!!そして、足元にまた文物碑を発見した。こんなに伝説の地をPRしているのに地元人民はこの扱いである。ガイド氏も村人はここが何か気にしていないだろう、と言っていた。そんな人々の生活に密着した有様に、私は目頭が熱くなるばかりだった。

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