三国志遺跡って何ぞや-2

引き続き、三国志遺跡について。


【廟・祠】

 三国人物にかかわる廟や祠で一番有名なのは関帝廟だろう。関帝、つまり関羽を祀る廟で、三国志の武将としての関羽の側面よりも商売の神様といった位置づけが強いと見られる。関羽は劉備につくまえは故郷で塩の商いをしていたことから財神として結びついているという説がある。関帝廟は華僑が定着した場所に作られるので全世界にあり、日本にも横浜、神戸南京町の近くには関帝廟がある。

 中国の関帝廟は大きなものから村の一角で日常でお参りする小さなものまで様々が規模のものがある。横浜の関帝廟のイメージしか無い頃に中国の農村の関帝廟を訪問したときにはこれが日常に溶け込んだ廟なんだなと感銘を受けた。


 継いで有名なのは諸葛亮を祀る武侯祠。武侯祠は中国全土にあるが、一番大きなものは成都武侯祠だ。敷地内には劉備の墓もある。諸葛亮は知恵者として中国人に愛されており、襄陽、五丈原、定軍山、祁山などゆかりの地には武侯祠が建てられている。


 関羽や孔明以外には曹操や孫権の祠がある。劉備については単独ではなく、関羽、張飛と共に三義廟として祀られる。他の武将についても故郷など、ゆかりの地には地元の英雄を記念した廟が建てられていることもある。子孫による手作りで、素朴な廟を見るとほっこりする。


 これらの建物は三国時代からあるものかと言えば残念ながらそうではない場合がほとんど。明や清の時代に建てられた、または立て直されたものをよく見る。地元ならではの小さな廟だと文化大革命によって破壊されたものも多いと聞く。近年、観光地の中にテーマパーク的に作られたものも多い。


 由緒正しいかどうかは別として、その地に廟や祠が作られるということはその武将を祀っているとこいうこだ。武将の功績や生き様を後生にも伝えようとしていること、これが大事ではないだろうか。ちなみに、孔明や関羽は好かれているとして、曹操は以前まで結構嫌われ者だったこともあり、ボロボロの建物が改修されずにそのままとか、近くがゴミ捨て場になっているとか扱いがひどかったりするのがまた興味深かった。 


【古戦場】

 三国志といえば戦、中国には古戦場跡が多く残されている。これは実際に現地に行こうとして調べて驚くのだが、三国時代の地名が現在にもほぼそのまま残っているのだ。赤壁、官渡、五丈原・・・有名な戦場の名前がgoogleMapで探せてしまうのだ。これには驚いた。戦場だけでなく、街の名前もほぼそのまま残っている。地理マニアではないが、これには興奮した。まさに聖地巡礼マップができてしまうではないか。


 古戦場は公園やテーマパークになっていることが多い。それだけ広大な土地を遺跡として残すことは難しいので住宅を建ててしまうよりはそのような利用がありがたいと思う。日本は土地がないため、住宅地の中に石碑や狭い公園が残っているのみという場所が多いのかな。日本の古戦場は桶狭間くらいしか行ったことが無いのだが、中国と比較しやすい例だと思う。


 地形は多少変わっているかもしれないが、古戦場跡というのは本物の遺跡感が強い。後付けのテーマパークがあったとしてもそこが戦場だったことは残る地名からも明らかだ。本当の場所がどこだったのか諸説ある古戦場もある。赤壁は一番有名なところはテーマパークになっているが、別の場所にも赤壁古戦場とされる場所がある。


 古戦場跡のテーマパークは残念な状態になっていることがある。五丈原は孔明の陣だった台地を地形を変えるほど削り取ってテーマパーク化されようとしていた。その計画は収賄のために頓挫したと現地ガイドから聞いた。昔の五丈原の写真を見て憧れていたのにかなりがっかりだった。官渡の戦いは天下分け目の戦いであり、寡兵で大群を破った曹操の輝かしい戦だが、ド田舎に資料館や曹操像を作っても集客できなかったために立派な資料館は廃墟となり、曹操像は台座が崩され像が持つ剣も折られてしまっていた。夷陵の戦いの場所もテーマパークが廃墟と化していた。公園として上手く整備されているのは逍遙津。無料の公園なので中を散策したり、池でボートを楽しむ人で賑わっている。こうして整備されて残されていると安心できる。

 

 廃墟のテーマパークや公園、畑になっている古戦場。今は何もなくて目を閉じればそこに軍馬のいななきや兵たちの雄叫びが聞こえてこないだろうか。古戦場は三国志遺跡の中でも特にロマンを感じる場所なのである。


【故郷】

 正史の伝にある武将たちは故郷が示されている。武将の故郷にはこれまで紹介したような廟や墓が作られ、地元の英雄として彼らを祀っているところも多い。なんとなく、三国武将は戦乱の世ということもあるのか故郷に墓がある人が少ない気がする。墓が作られたとしても歴史的に没した場所が全く別の場所だったりするので衣冠塚か、もしくは記念碑なのだろう。

 曹操の故郷は亳州。亳州には銀杏の木の側に曹操の故郷を示す文物碑が建てられている。亳州は地元の英雄として曹操を推している。曹家に関する人たちは亳州出身者が多い。夏侯惇や夏侯淵も同郷。華陀も亳州出身で、地元に大きな華陀祠が建てられている。

 孫権の故郷は古い町並みを残したエリアが保存された龍門古鎮だ。孫家を祀る建物が古鎮の中にある。ここから車で20分ほどの場所にも故郷とされる場所がある。こちらは田んぼの中に石碑があるだけだが、地元のおじさんはこっちが本物と言っていた。

 そこでは有名でない武将も地元の人々に愛されていると感じる。それがまたいい。好きな武将の生地を訪れるのことも聖地巡りに欠かせない。

 

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