曹魏の遺跡

初めての遺跡巡りー張遼城・徐晃墓

忘れもしない、初めての遺跡巡りの超ハードな思い出。 


 許昌在住の先生の知り合いの電気自動車に乗って許昌郊外へ。この電気自動車、日本の軽四よりもこじんまりしており、超狭い。先生は道案内で助手席へ。そして、後ろに乗った私の横になぜかおばちゃん(40代くらい?)も乗って来る。運転手の知り合いなのか、このおばちゃんもついてくるんだとか…そんな奇妙な面子でいざ出発、中国語が出来ない私はちょっとドキドキしながら、後部座席で大人しく景色を眺めていた。


 しばらく走ると、それまできれいに舗装されていた道路がだんだん狭くなり、いよいよ舗装もされていない、とんでもないでこぼこ道になってきた。昨日までの雨で水たまりもあちこちに出来ていて、車は大きく蛇行しながら走る。こうなると車線も分からない。車が溝を踏んで飛ぶたびに、派手に天井に頭をぶつけることになった。景色もしだいに郊外らしくなり、ほこりっぽい店が立ち並ぶ通りを抜け、さらに小道に入っていく。いよいよ人家もなくなった辺りで車を降りてここより歩くという。外は朝もやに煙る一面の緑の大地、まばらに生える並木が絵になる風景だ。日本だと北海道にでも行かないと見られない地平線が遥か彼方まで広がっている。


 11月なのに短い草が生えていて、見渡す限り緑の絨毯を敷きつめたような現実離れした美しい光景に、謎の感動を覚えた。霧に煙る緑の大地はまるでファンタジーのような世界を見せてくれる。雨にぬかるんだ道をしばらく進み、見えてきたのは高さ2メートルほどの土の壁、これぞ張遼城遺址。張遼が駐屯した場所!!いきないrの大御所登場!!今歩いているこの大地を1800年くらい前に張遼が踏んでたかもしれないのだ、はたまた馬で駆けたのかもしれない。体の奥から感動が湧き上がった!!何も知らない人にはただの土盛りにしか見えないだろう。

 

 余談だが、中学生の時に地図を持って古墳を探して歩くという面白くもなんともない行事に参加したが、ただの土の山と思って通り過ぎたらそれが有名な前方後円墳だった、という体験を思い出した。そう、興味が無い人間にはなんてことない土の山かもしれない。だがしかし、三国志好きの諸氏ならばこの何もない平原にも、馬を駆る張遼の姿や城影を見るのではないだろうか。最初の遺跡からこんなに飛ばしていいのだろうか…。土の壁の上には草木が生えており、人の手が入っていない、ありのままの自然に守られた感が堪らない。遺跡と言っても入場料も必要なければ説明文すら無い。観光地化されていないこのナチュラルさにひたすら痺れた。しばしこの張遼がいたという土の壁を眺めたり触ったりした後、名残を惜しみつつ張遼城遺址を後にした。


 引き続き車で移動、周辺の景観はとにかくド田舎。田んぼのあぜ道を車で行けるところまで進み、そこから徒歩で向かうのは徐晃墓。徐晃!!武の真髄を見せてもらおうじゃないですか!遠くに見える土盛り目指し、いざ!!…と意気揚々だった私は、数分後に半泣きの状態でぬかるみにハマって身動きできなくなっていた。前日の雨であぜ道が超マッドな泥と化していて、恐ろしい程に足を取られるのだ。大陸の泥は半端なく粘度が高く、本気で靴を持ってかれそうになることン十回、靴に絡みつく泥はだんだんと重さを増し、気が付けば靴の周囲10センチもの泥をつけて歩いている状態だ。これがまた重くて足を振ったところで全然取れない。本当に悲惨なのである。とうとうぬかるみから抜け出せずにハマって素で「ぎゃああああ」と声を上げてしまったことろを先生に腕を引っ張ってもらい、なんとか脱出できた。


 郊外の遺跡巡りは汚れても良い格好で来てください、という先生の言葉がリフレインした。遺跡なめてました、本当にすみませんでした。次来るときは魚屋さんが履いてるような長靴を持参します。普段からおしゃれに縁遠い私は、大して良い服も着て来なかったのだが、知らぬ間に泥をはね上げて、想像以上にジーパンが泥だらけになっている。これだけ汚れたことは小学生のときの田植えの体験学習以来ではないだろうか。こんな童心に帰れるなんて、素晴らしい…訳はない。靴にまとわりつく泥は重いし、何より靴に水が染みて足は重いし、くそ冷たい。それでも徐晃(墓)に会う為に田んぼの中を突き進んだ。そして、目の前に、石碑。徐晃墓、とくっきり刻まれている。ありえないくらい泥まみれになったけど、諦めずにここまで来て、本当に良かった。


 石碑の裏側には略歴も刻まれており、漢字なのである程度読めてしまう。すごい、官渡とか、袁紹とか、曹操とか!!これは夢か!?無双や小説で見た地名や人名がここに刻まれている(当たり前だが)三国志の世界が本当にこの地で繰り広げられたのだと実感、感激のあまり石碑の文字をすりすり触りまくってきた。スターウォーズが好きでもダーズベイダーの墓には行けないんですよ。北斗の拳が好きでもラオウの墓には行けないんですよ。でも、蒼天航路が好きだと徐晃の墓には行けます!無双が好きだと徐晃の墓には行けるんです!これってすごいことですよね。三国志が好きで良かった…!!石碑のことばかり話してしまったが、石碑はある意味スタンドで本体の墓は背後の土盛りなのであしからず。草ボーボーでオーガニックな感じがいかにも1800年前からここにありますという雰囲気を醸し出している。土盛りにもちょっと触ってみたりしながら、石碑の土台を良く見ると…何やら石板が立てかけてある。なんぞこれ…?と思って先生に聞くと、「それ古いバージョンの石碑です」って…え?なんでそのままここに置いとくの??先生「重いから持っていくの面倒だったんじゃないですか」…わー…そうなんだー…。なんだろう、大陸の人民のおおらかさをひしひしと感じる光景であった。

 

 もと来た道をやはり半泣きになりながら戻り、車で移動。ここで隣のおばちゃんがなぜか乾燥したトウガラシの枝を握っている。どうやらその辺の村を通りがかったときに拝借してきたらしい。うーむ、何ともおおらかだ。

 ちなみに、この日の靴は泥を落としてみようとしたものの、どうにもならず、中国に捨て置くこととなった。汚れたら捨てようと思っていた靴だった。晴れていたならこんな目に遭わなかったのかもしれないが、忘れられない思い出となった。初の遺跡巡りは超ハードな泥との戦いだった。

(同人誌原稿より改稿)

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