ガイドとの攻防 麦城遺志

 宜昌市に関羽終焉の地、麦城遺址がある。麦城はGooglemapに麦城村という場所があったのでおそらくその近くだと見当はついた。近くには周倉墓もあるという。鄙びた農村のメインストリートを車で走っていると、「周倉将軍廟」の看板があった。文化センターと看板が出ていた。敷地中へ入ると、立派な墓碑と封土まであった。造花ではあるが、華やかに彩りを添えている。周倉は三国志演義に登場する架空の人物。関帝廟に関羽と共に祀られているため、有名な人物だ。そのため記念碑として墓が造られたのだろう。封土の背後に関羽の青龍偃月刀を持って立つ姿の石像もあった。さらにその背後には廟があり、本尊は周倉のみ、ひとりぽつねんと鎮座している。最近建てなおしたのか綺麗な廟で、がらんとした内部に周倉がひとりだけというのが寂しく、切ない気持になった。


 同行のガイド氏が周倉墓から徒歩圏だというので、車を置いてそのまま歩いて向かうことにした。周倉墓の脇の農道を進んでいく。大陸の農地はとにかく広い。広大な地を眺めていると赤兎馬を駆る関羽の勇姿が浮かんでくる。

先が見えない程長く続く道、これが関羽が最後に立てこもっていた麦城に続く道かと思うと身が引きしまる。周倉墓がこの地にあるのは三国志演義では麦城で周倉が自刎したと語られているからだと気がついた。途中、ガイド氏が農家のおばさんに麦城の位置を尋ねているが、「没有」(何もないよ)と言っているようだ。麦城テーマパークがあるでもなし、確かに何もないのだろう。気にせずそのまま先へ進み、またガイド氏がバイクのおっさんを捕まえ、道を尋ねている。やはり知らない、無いと言っているようだ。この先も農道は真っ直ぐに伸びている。周囲にそれらしきものは見当たらない。


 やや不安になってきた。十字路にさしかかり、左右を見れば、どちらも地平線の先まで道が伸びている。これはどっちなんだ??ガイド氏が民家の人や通りすがりのおねえちゃんに道を尋ねているが、良い返答はもらえていないようだ。「無いですね、時間もあまり無いし…」と言い始めた。確かにこの日は18時台の高速鉄道で武漢へ帰るようにしている。道に迷っている時間はないのは確かだ。だがここまで来て諦めて帰るなど後味悪すぎる。もうちょっと探そうとガイド氏を促し、また農道を歩き始めた。ていうか、ガイド氏よ、来たことあるって言ってなかったっけ…!!?不安絶頂の中、農道の脇の畑の中にこんもりとした林を見つけた。もしかして、あれじゃないか?あれっぽいので、帰ろうオーラを出しているガイド氏を説得してとりあえず近くまで行くことにした。


 林の近くの農家のおばさんに麦城の所在を尋ねると、やはりこの林らしい。畑から周り込んで林に近づいてみる。ただの盛り土が続いている。いやこれだよ、可能性超濃厚だよ。盛り土の上に登り、文物碑を捜索。すると黒御影の石版を発見、走っていって確認すると麦城跡に建てられた小学校の跡地だという。ならば、この土が麦城であることは間違いない。高まる興奮、あとは文物碑を見つけたい。盛り土の端に行った時、ガイド氏が「あったよ」と言う。文物碑を見つけたらしい。汗だくになりながら、周り込んでみると、見事「麦城遺址」の文字が刻まれている。思わず感嘆の溜息をついた…関羽はどんな想いでここに留まっていたのだろう、その無念、英雄の最期に思いを馳せながら、盛り土を見つめる。


 「じゃ行きますよ」ってガイド氏、そんな無体な。ここに1800年の浪漫、そしてある意味ひとつの時代の終焉を告げる遺跡があるというのにまだ滞在5分くらいなんだけど!?「列車の時間があるから間に合いませんよ」そう言われると、浪漫に浸り続けることができない。名残惜しく麦城を跡にした。農道に戻ってみると、これ手前からすんなり入れたよね…という場所だった。でも麦城の上を歩くという貴重な体験もできたので良しとしよう。しかし、途中の人民たちこんなに近所に住んでいるのに麦城を知らないというのが驚きだ。林はあるけど、それが遺跡なんて知らないんだろうか。何も無い、という回答は確かに間違ってはいない。ただの土だけだから何も無い、ということだ。いやあるよ、1800年の浪漫が!!と心の中でツッコミを入れた。

(同人誌原稿より改稿)

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