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 エリザベートがレティーツィアの手を見つめて、「このお美しい手にあんなひどい傷をつけられるのは、一度で充分です。二度と嫌です」と奥歯を噛み締める。


「まぁ、そうですね。相手は伝説級の存在なわけで、その危険性は十二分にあります」


「そのとおりだな。こちらとしては、あまり望ましくない」


 それは――どうだろう?


 リヒトやイザーク、エリザベートがそう考えるのは、至極自然なことだ。


(でも、ここが乙女ゲームの世界と知る者は、そうは思わないと思う)


 シナリオどおりに進まないことに苛立ち、時間をかけて絆を深めてゆくことを放棄して、『六聖の乙女覚醒イベント』を強制的に起こしてしまったことで、マリナには攻略対象を『力で従える』以外の選択肢がなくなってしまった。


 だが、マリナはレティーツィアの排除にもリヒトを手に入れることにも失敗し、あげく大切な尊き力を失ってしまったのだ。


 彼女の最終的な目標は、あくまで『六恋』のヒロインとしてゲームのシナリオどおりに素敵なキャラクターたちにチヤホヤされ、大本命に深く愛され、ハッピーエンドを迎えることだ。レティーツィアを毛嫌いしていたのも、陥れるためにさまざまな画策をしたのも、レティーツィアをそのための最大の障害と見定めていたからにすぎない。


 けれど今、彼女はハッピーエンドを迎える手段をすべて失ってしまった。


 万に一つの望みもなくなってしまった今、彼女にレティーツィアを攻撃する理由がない。 すでに『設定』は守られておらず、無茶をした結果『シナリオ』まで破綻してしまった。『設定』と『シナリオ』に頼りきりだった彼女は、攻略対象と真正面から向き合うことをしなかったため、現時点で攻略対象の誰とも良好な関係を築くことができていない。


 そんな状況でレティーツィアを攻撃しても、彼女にとってなんの旨味もないし、彼女の立場を悪くするだけだ。


 彼女は、すでに詰んでしまっている――。


(だからこそ、今なら話ができるかもしれないのよね)


 なんとか、彼女に会えないものだろうか?


 訊きたいことは、山のようにある。


 でも、仮に彼女が登校してきても――衆目がある。『六聖のごとき乙女』である彼女は何かと注目されるだろうし、リヒトやイザーク、『尊き方々』は彼女を警戒して、ほかの生徒たちとは別の意味でその動向を注視することだろう。


 そんな中で、前世の話ができるとは思えない。


(なんとか、二人きりで会いたいわ)


 難しいことは重々承知しているけれど、どうにか。


 芳しいお茶や美味しいお菓子にいっさい手をつけることなく、うーんと考え込む。

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