10(改)

「あの、殿下。『六聖のごとき乙女』のことなのですが……」


 レティーツィアは握り合わせた両手に力を込めると、まっすぐにリヒトを見つめた。


「あの、彼女は今、もとの学生寮に引き籠っていると伺ったのですが……」


「そうだ。あれが犯した罪については、セルヴァの件もあって、ヴェテル王にしか伝えていないからな。現段階で、公の場でその罪を問うことはできないんだ」


 リヒトがテーブルに肘をついて、そっとため息をつく。


「そうでなくとも、『六聖』や『六聖であった者』を罪に問えるかどうかは怪しいがな。それだけ、この世界で『六聖』は絶対的な存在だ。『六聖』のなすことに異を唱えられる者など、そうはいないだろう。それこそ、セルヴァがレティーツィアを攫えなんて命令に素直に従ったようにな」


「そもそも、『六聖のごとき乙女』がどこの国の出身なのかもはっきりしていませんしね。一国の皇子の婚約者に手を出すなんて、大罪です。ですが、基本的に、どの国にも他国の民を裁く法はありません。もちろん、我が国にもです」


 イザークがお手上げですと言わんばかりに、両手を広げる。


「だから、こちらとしては、『六聖のごとき乙女』が二度と馬鹿な真似をしないように、監視をつけることぐらいしかできないんですよ」


「え? じゃあ、『六聖のごとき乙女』が学生寮に引き籠っているのは……」


「あれの意思だ。こちらが軟禁しているわけではない」


 ――そうか。この学園の生徒は、彼女が『六聖の乙女』であったことを知っている。

 尊き力を失った『六聖のごとき乙女』として腫れもの扱いされるのが耐えられないのか、自分の力を奪ったレティーツィアと、自分をフッたうえで断罪したリヒトとは二度と顔を合わせたくないのか――いずれにしろ似たような理由だろう。


「彼女は今後どうするつもりなのでしょう? もう学園には来ないのでしょうか?」


「さぁな。――なぜ、そんなことを気にする?」


「そ、それは……」


 自分と同じく前世の記憶を持っているから――とは言えない。


 モゴモゴと言葉を濁すと、エリザベートがひどく不愉快そうに顔をしかめた。 


「個人的には、来ないでいてくれたほうがいいです。だって、レティーツィアさまにまた何かするかもしれないじゃないですか」


「エリザベートさん……」


「今、『六聖』の力を持っていなくったって、元・『六聖の乙女』というだけで、彼女に無条件で従っちゃう人はいると思います。そもそも『六聖の乙女』として覚醒する前から、彼女はレティーツィアさまを目の敵にして、何度も陥れようとしていたって聞いてます。そんなの怖いですよ。気が気じゃありません」

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