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 しかし、事実として――ノクスは、知らぬ仲でもないレティーツィアを平気で攫った。セルヴァの命令に従って。ノクスにとって、セルヴァ以上に大事なものなどないからだ。


「…………」


 まただ、と思う。


 ゲームをプレイヤーだった時には、主従を超えたセルヴァとノクスの関係やその関係を築くに至ったきっかけのエピソードはとても魅力的に思えて、キュンキュンした。


 しかし、この世界で生きる者となり、ゲームでの定められた結末とは違う展開を迎えた今では、どちらもひどく歪んでいたのだとわかる。


(ゲームでの台詞が、ここまで印象が変わってしまうなんて……)


 それは、マリナの言動をはじめて目の当たりにした時も感じた。 


 ゲームのプレイヤーだった時にはまったく見えなかった。気づけなかった。この世界に生きる者――レティーツィアとなって、はじめて感じることができるようになったこと。


 ゲームの中の者とプレイヤーとの、意識のズレ――。


「親父はセルヴァのそういうところを心配してた。このアニエルタニス学園で世界六国の皇子たちと親交を深めることで、変わっていってくれればと思ってたみたいだけど」


 そう言ってため息をついて――イアンはふと周りを見回した。


「それより、綺麗だねぇ、ここ。ねぇ、この薔薇園の花って切ってもらえたりする?」


「え? ああ、はい。庭師に言えば、おそらく」


「そう? じゃあ、ほしいな。マリナちゃんへの手土産に」


「えっ!?」


 マリナに手土産――!?


「か、彼女と会う約束が!?」


 びっくりして叫ぶと、イアンもまた驚いた様子で目を丸くする。


「は? まさか! そんなわけねーじゃん! 俺はトラブルを起こしたヴェテルの皇子で、しかもこの学園島には三日前に到着したばかりだし、マリナちゃんが住んでる学生寮にはがっつり監視がついてるし、そんな中でアポを取るなんて普通に無理だから」


「え? じゃあ……」


「事前にアポなんて取らねーって。監視の一瞬のスキをつくなんて真似が、何度もできるわけがねーんだからさ。ノーアポで突撃すんの」


 ――女性の部屋に? それはそれでどうなのだろう? と言うよりも、そもそも各国の監視の目を掻い潜るなんてことが、本当に可能なのだろうか? 『六聖のごとき乙女』に監視をつけているのは、何もシュトラールだけの話ではないはずだ。


 しかし、今までの話だけでもわかる。この皇子はとんでもなく型破りで破天荒だけれど、決して暗愚ではない。まったくできもしないことを語ったりはしないだろう。

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