4(改)

 「ああ、いえ、『六聖のごとき乙女』の夢と言うと、少し語弊があるかもしれませんわね。どちらかと言うと、リヒト殿下の夢と言うべきかもしれませんわ」


「え?」


「殿下の、ですか?」


「ええ、リヒト殿下が『六聖のごとき乙女』をお選びになって、婚約を破棄されてしまう夢ですから」


「……! 私がか?」


 リヒトが驚いた様子で目を丸くし――しかしすぐに一転、穏やかに目を細めて笑う。


 そして手を伸ばして、レティーツィアの金糸の髪に。その綺麗な指を絡めた。


「――馬鹿だな。そんなことは天地がひっくり返ろうともありえない。言っただろう? それでも俺はレティーツィアを選ぶ、と。その言葉だけでは不安か?」


「っ……い、いいえ! そ、そんなことは……! た、ただ……」


 甘く見つめられて、頬が燃えるように熱くなってしまう。

 レティーツィアは慌てて首を横に振って、俯いた。


(でも、レティーツィアは悪役令嬢だから……)


 リヒトとレティーツィアが結ばれるなどという結末は、乙女ゲームのシナリオとしてはまったく正しくないから。


 キャラクター設定なんて、シナリオなんて関係ない。今、ここで生きていることにこそ意味があるのだから、ただリヒトの幸せのために自分の信じる道を突き進めばいいのだとわかっていても、あんな夢を見てしまうと不安にもなる。


 悪役令嬢なのに『想う相手』と結ばれる『幸せな結末』は、はたして本当にありえるのだろうかと。


 いつか、どこかで『修正』されてしまうのではないかと――。


「ただ、なんだ?」


「い、いえ……あの、その……」


 口ごもるレティーツィアの華奢な手をつかまえて、リヒトが身を乗り出す。


「不安なら何度でも言おう。レティーツィア。お前がお前であるかぎり、俺の妃はお前だ。お前をほかの誰かにくれてやるつもりなどない」


 レティーツィアの手を握り直して、そっと引き寄せる。

 そしてレティーツィアを見つめたまま、その中指に形のよい唇を押しつけた。


 レティーツィアを映した金の双眸が、甘やかに煌めく。


「お前は俺のものだ。俺を誰よりも幸せにしてくれるのは、お前だそうだからな。絶対に手放したりするものか」


「っ……!」

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