3(改)

「申し訳ありません。わたくしは……」


「謝る必要はない。別段、それを不快に思ってはいない。理由が気になっただけだ」


「理由、ですか?」


「そうだ。少々のことなら、昼まで引きずったりしないだろう? お前は」


「ええ、たしかにそうですわ」


『推し』の今日も絶好調な作画を拝めただけで、少々の嫌な気分はすべて吹っ飛ぶ。


 つまり、朝、リヒトに挨拶することができるだけで気分は花マルハッピーになるため、昼まで嫌な気分を引きずることなどありえない。


『推し』が今日も息をしている。


 リヒト推しであるレティーツィアは、それだけで最高に幸せを感じる生きものだからだ。


 ただ、今朝は――。


 レティーツィアは目の前のサンドウィッチに視線を落として、再度ため息をついた。


「でも、本当に大したことではないのです。夢見が恐ろしいほど悪かっただけで」


「夢見が? それを昼間で引きずるか? お前が?」


「ええ。その……『六聖のごとき乙女』の夢だったものですから……」


 瞬間、リヒトがその流麗な眉を寄せ、イザークが肩を震わせる。


「なんだと? あの『六聖』の?」


「レティーツィアさま、それは……」


『六聖のごとき乙女』とは、乙女ゲーム『六聖のFORELSKET(フォレルスケット)~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』――通称『六恋』のヒロイン――マリナ・グレイフォードのことだ。


 乙女ゲーム『六聖のFORELSKET~語れないほど幸福な恋に堕ちている~』では、六元素の力を宿す聖剣を目覚めさせて、『六聖の乙女』となる者だ。そのうえで、元素を司る六つの国を一つに統一したり、しなかったり。それは攻略ルートにもよりけりだが、とにかく、マリナ・グレイフォードは世界に選ばれし乙女――この世界における絶対的なヒロインであることには間違いない。


 しかし、今のこの世界では、少し違う。


 ヒロインであるマリナ・グレイフォードはリヒトの攻略に失敗し、六聖の乙女としての覚醒イベントを、シナリオを無視して強制的に起こした。


 そして、『六聖の乙女』という、この世界における絶対的な地位を得て、リヒトを手に入れるべく、レティーツィアを排除しようとしたが――失敗。六聖の力を失ってしまった。


 聖なる力を失った『六聖の乙女』は、今は『六聖のごとき乙女』と呼ばれている。


 その事件は、世界六国のありようを根底から揺るがしかねないものだった。


 リヒトとイザークがその名に強い反応を示すのも、無理からぬことだ。


 レティーツィアは慌てて、首を横に振った。

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