【書籍化】悪役令嬢は『萌え』を蕩けるほど堪能したい!

烏丸紫明

プロローグ

プロローグ

「黙っていてはわからない! 答えよ! レティーツィア・フォン・アーレンスマイヤー!」


 シュトラール皇国第一皇子――リヒト・ジュリアス・シュトラールが苛烈な怒りを滾らせ、叫ぶ。


 その言葉に、膝をついたレティーツィアは唇を噛み締めた。異論? 反論? そんなもの、あるどころの話ではない。むしろ、肯定できる事実のほうが少ないぐらいだ。


 今、リヒトの従者であるイザーク・リードが読み上げた告発文にあった『レティーツィアが行ったとされる所業』のほとんどは、まったくもって身に覚えがない。事実無根だ。わずかに心当たりがあることも、大きく話が歪められてしまっている。


 これが『告発』だと言うのか。事実をあきらかにし、その罪を白日のもとに晒す行為だと?まさか! 冗談ではない。こんなものは、もはや『創作』だ。それも、恐ろしく不出来な。


 しかし――逆に相手の正気を疑いたくなるような内容だったからこそ、言葉が出てこない。反論しなくてはならないことが多すぎて、どこから手をつけていいかわからないのだ。


(ああ、リヒト殿下……)


『断罪』の名のもとに一方的に有罪を宣告し、罪なき者を容赦なく奈落の底へと突き落す――その時でさえ、彼の輝かしい美しさには一点の曇りも見られない。


 太陽を思わせる、輝かんばかりの金色の瞳。強い意思に彩られた視線は力強く、だがどこか甘く、切なげだ。

 凛々しく引き締まった頬に、真っ直ぐ通った鼻筋。薄く形のよい唇。スラリとした長身で、細身でありながらも男らしく精悍な体躯。

 ゾクゾクするほどの色香に満ちた魔性の美貌に、一分の隙もないスタイルと美しい立ち姿。それだけではない。さすがは一国の皇子だ。その類稀なるカリスマ性には、感嘆のため息しか出てこない。


 仕草、振る舞いの一つ一つに、強烈に惹きつけられる。魅せられる――。


 それが悔しい。この愚かしい行為にふさわしい醜い姿であったなら、心から軽蔑し、嫌悪し、思う存分憎むこともできただろうに。それすら、させてもらえないなんて。


「……っ……」


 金の装飾と精緻な彫刻が施された純白の壁。六元素を表す六つの国の紋章がデザインされた大理石の床。整然と並ぶ白亜の柱に豪奢なシャンデリア。優美な曲線を描く高い天井は、息を呑むほど素晴らしいフレスコ画で彩られている。

 王宮のそれとまったく遜色ない、美しい大ホール。


 その正面――奥。目にも鮮やかなビロードの絨毯が敷かれた大階段の中腹に立つリヒトは、レティーツィアをねめつけたまま、傍らに立つ女性の肩をそっと優しく抱き寄せた。


 その愛しさに溢れたしぐさに、胸が焼ける。


「どうして……!」


 マリナ・グレイフォード。どうして彼女が、そこにいるのか。その場所は自分のものだったはずなのに。


「どうして……?」


 マリナがレティーツィアを見つめて、桜色の唇を綻ばせる。


「何を言っているんですか? ここがあなたのもの? まさか。ここはヒロインのための場所。あなたは悪役令嬢ですよ?」


 そっとリヒトから離れ、とろりとした艶のあるチョコレート色の髪を揺らして、ゆっくりと階段を下りてくる。レティーツィアのもとへ。


「ヒロインへの所業で断罪され、みじめに退場する。それこそ、悪役令嬢の正しい運命のはずでしょう?」


 這い蹲ったままのレティーツィアを見下ろして、くすくすと残酷に笑う。


 チョコレート色の瞳が、勝ち誇ったように歪んだ。


「本当に幸せになれると思っていたんですか?」




 悪役令嬢なのに?




 

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