Episode 7.Everyday

 五分後、中学生にサングラスを奪われた高校生の俺がいました。


「おいおい兄ちゃんよぉ、負けたからには分かってんだろうなぁ?」


 椋が俺のサングラスを掛け、ちょい悪っぽく絡んできた。ウザい。


「どうなるんだよ?」


 腹が立つので、とりあえずデコピンをする。


「あうっ、い、痛いであります……」

「サングラスを外すと、昔と変わらず子犬みたいな目をしているのね」


 萌がまじまじと観察してくる。


「コンプレックスなんだよ。ほら、さっさと返せ」

「このサングラス暗くて分かりづらいですけど、度が入っているであります!」

「そこまでしてサングラスに拘るの……?」

「うるせぇな! さっさと返せ!」


 逃げる椋と追いかけっこをしていると、萌が警告してきた。


「そろそろ午後六時になるわよ。中学生はさっさと帰ったら?」


 ゲームセンターには時間ごとに年齢での入場規制がある。中学生は午後六時で、高校生は午後八時までだ。


「嫌であります。我輩は帰らないであります」

「それは駄目だろ。我がまま言ってないで帰れ」

「我輩ほどの大人の魅力があれば、高校生でも十分に通用するであります」


 どの口が言っているんだ……。椋の身長は百四十センチあるのかどうかも疑わしく、胸は言うまでも無くペッタンコである。高校に入学した萌と比べれば、その差は一目瞭然だろう。


「今着ている服は中学の制服だろ。どうやって誤魔化すんだ?」

「ふっふっふ……。秘策があるであります」


 そう言って椋は鞄を持ってトイレへ行くと、暫くしてから私服で戻ってきた。


「どうでありますか? この大人っぽい服装は? これなら店員の目を欺くことができるであります! って、ちゃんと話を聞くであります!」


 萌は、「アイカツでもやってなさい」という言葉を残し、ゲームをしに行ってしまった。アイカツというのが何なのかは知らないが、ニュアンスで椋を子供扱いしているのはなんとなく分かる。


 離れる萌と入れ替わるように、若い男性店員が近づいてきた。


「君、小学生だよね? 駄目だよこんな時間にいたら」

「小学生じゃないであります! 我輩は高校生であります」


 キャーキャー喚く椋を無視して、俺はゲーム雑誌を読む。


「はいはい。次からはお父さんお母さんと一緒に来ようねぇ」

「は、放すであります。我輩は子供じゃないであります~~っ!」


 俺は椋と目を合わせようとはせず、無心で本を読み進めたのだった。



第二章


「ただいま」


 家に帰ると、姉が玄関で出迎えてくれた。


「おかえり。ご飯できてるぞ」

「分かった」


 部屋着には着替えず、制服のまま食卓に着く。


「今晩は青海の大好きなハヤシライスだぞ」


 そんな好きだったっけ? まぁ、美味いけどさぁ。


 姉も席に着くのを待ってから食事を始めた。


「いただきます」

「なんか最近、帰りが遅いな。何かやっているのか?」

「ごちそうさま」

「おかわりもあるぞ」


 くっ、逃がしてはくれないか……。


「もうお腹いっぱい」

「育ち盛りだろ。たくさん食え」


 もう高校生なんだけど……。断る暇も無く、皿にこんもりと白米を盛られた。


「で、どうして帰りが遅いんだ?」


 姉は絵に描いたような真面目ちゃんなので、ゲーセンに入り浸っているなんて言えない。白状してしまえば、かなり面倒なことになるだろう。


「食べながら話すのは行儀が悪いよ?」

「だったら休みながら食べろ。それに食事は家族のコミュニケーションだろう? お父さんとお母さんはいないし、お姉ちゃんは寂しいんだ」


「じゃ、テレビつけようか」

「必要ない。家族の会話にはいらないものだ」


 そこから繋がる会話もあると思うんだけどなぁ……。


「姉貴の好きな小説、今度映画化するらしいよ」

「本当か⁉ じゃなくて、帰りの遅い理由を言うんだ」

「ちょっと今お腹痛いかも」

「何っ⁉ お姉ちゃんにお腹見せてみろ」

「やっぱ治ったかも」


 危なかった。実の姉に腹なんか恥ずかしくて見せらんねぇよ。それにしても、どうして姉は目を輝かせていたんだ?


「さっきから、わざと話を逸らしているな? お姉ちゃんに言えないことなのか⁉」


 チッ、バレたか……。


「そんなことないよ」

「だったら言えるだろう。早くするんだ。さもないとこのままチュウするぞ?」


 姉の顔が至近距離に迫って来る。というか、眼鏡がガチャガチャ当たっている。


「か、彼女ができたんだ」


 時が止まった。


「…………そうか、彼女ができたのか……」


 咄嗟に吐いた嘘にしては上出来だったらしい。姉に効果覿面だった。


「ああ、だから帰りが遅いんだ」

「……どんな女性なんだ?」

「いつか紹介しようと思ってたんだ。だからその時まで待っててくれ」


 都合の良い嘘が次から次へと出てくる。自分の才能が怖い。


「……お風呂入ってくる」

「え、飯は?」

「捨てといてくれ」


 姉は意気消沈したまま食卓を去って行く。テーブルの上には大量のハヤシライス。食べきれそうにないが、何故か俺は時間をかけて食べきった。


× ×


 休みが明けても姉は元気が無く、話しかけても上の空だった。


 実は割と最近に、前にも同じような事があった。それは俺が金髪グラサンにした時であり、姉は三日三晩泣き叫んだ。


 しかし翌日にはケロリとして、今まで通りの生活に戻ったのだ。だから今回も大丈夫だとは思うのだが、怒っている理由が不明なだけに心配になってくる。素直にゲーセンに入り浸っていると言っても、火に油を注ぐだけだろうし、一体どうしたら機嫌を直すんだ?


「今日はいつになく真剣ね。 何かあったの?」


 無心になるためゲームに集中していると、萌が横からプレイ画面を覗き込んできた。俺はそっけなく返す。


「別に」


いつまでも考えていられないな。放置しとけばいいか。


「やぁ、調子はどうだい?」


 ゲームをしながら思案に暮れていると、お世話になっている一心ファ乱さんが話しかけてきた。萌は丁寧に挨拶をし、俺はプレイ中なので軽く会釈する。


「ぼちぼちですね」


 ボス戦だけは気を抜くとやられてしまうが、他のコンピューターに負けない位には慣れてきた。そんな俺のプレイ画面を見て、一心ファ乱さんはある提案をする。


「大河原君もけっこう上達してきたし、そろそろカードを登録してもいいかもね。今の内に登録しておけば、何かとお得な特典が付くし」

「特典ってなんですか?」


「近々、鉄拳の新作が出るんだけど、今プレイしているバージョンは最後ということで、新規ユーザーにはポイントが多く貰えるんだ。さらに継続者にはボーナスポイントが貰えて、今から始めれば二倍お得ってわけさ」


 カードは別にいつ買ったっていいのだが、なんとなく後回しにしていた。一心ファ乱さんに言われたのを切っ掛けにするのがいいかもしれない。


「じゃ、後で見てきます」

「そうするといいよ。オレはあっちの方に行くけど、また何かあったら呼んでくれて構わないから」


 先輩からのありがたいお言葉に、相槌を打つ。CPU戦をさっさと終わらせ、券売機のある休憩所の方へ向かった。すると途中で椋に出くわす。


「あ、ついにカードを購入してくるでありますか?」


 二日おきに計三回しか会ってないというのに、椋の態度は妙に親しい。人見知りしないタイプなのか、それとも俺が懐かれているのかのどっちかだろう。前にあれだけ騒いでいれば、相手に対して遠慮する気も失せる気がしないでもない。


「そうだけど、なんでついてくるんだよ?」

「カードには様々な絵柄がありますので、青海殿のがどんなのか気になるであります!」


 確かに遊戯王カードとかでは、他人がどんなカードを引き当てるのか気になるが、鉄拳のプレイヤーカードにまでそれが当てはまるのだろうか?


 何はともあれ、三百円を払ってカードを購入する。


「なんだこれ?」


 俺のカードには、三人の女性キャラが可愛くデフォルメされていた。


「それを引き当てたでありますか! うう、羨ましいであります」

「そんなに珍しいのか?」


 休憩所のソファーに座っていた萌に訊いてみる。


「レアがあると言うわけではないけど、必ずしも欲しい絵柄が手に入るとは限らないわけでしょ? ちなみにあたしは三島財閥よ」


 そして椋は普通にポスターの絵柄だった。種類は全部で六枚あるらしいが、一枚で使えるのに全部揃えようとは思わないだろう。


「これはバナパスポートといって、この一枚で全てのゲームに対応するの」

「鉄拳しかやることないからなぁ」


 ネオンの光に満ちている店内を見渡すと、様々な種類のゲーム筐体がたくさんある。鉄拳以外の格闘ゲームもあるし、中には音ゲーなるものもある。騒音を撒き散らせるゲームというのも、ゲームセンターならではだろう。目がチカチカしてきた。


「鉄拳を極めるのもいいけど、他のゲームをやってみるのも悪くないわよ。ゲーセンは様々なゲームを楽しむためにあるんだから」

「そういうもんか」

「ま、我輩は鉄拳を極めるであります!」


 そう言って椋は一人で筐体の方へ戻った。

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