Episode 6.Reunion

 次の日にまた同じゲームセンターに行くと、いつか見た顔がそこにいた。


 見間違えるはずがない。金髪のツインテールに、有名な私立中学校の制服。小さい体をちょこんと、ゲーム筐体の前に座らせていたのである。


 ここであったが百年目。数日前に舐めさせられた苦汁を、今ここで晴らす時が来た。


「おい、お前。俺のことを覚えているか?」


 振り返ったのは翡翠色の瞳……ではなく、牛乳瓶の底みたいな分厚い丸眼鏡だった。


「い、いきなりなんでありますかっ⁉ 驚いたでありますっ!」

「なんだその口調は……。まぁ、いい。思い出すのも忌々しいが、先日お前にゲームで倒された男だよっ!」


「あ、愛の告白でありますかっ⁉」

「違ぇよ! どう解釈したらそうなるんだ! 自分で言うのもアレだけど、よくこんな金髪グラサンを忘れられるな!」


 なんか調子が狂うな。最初に出会った時のクールな第一印象とは程遠い、ひょうきんな性格の奴だった。


「ああ、あの時の恥ずかしい醜態を晒した人でありますか。失礼ですが、弱い人のことは覚えられないのであります」


 テメーは俺を怒らせた。


「よくも言いやがったな……。俺と勝負しやがれ!」


 もう何も知らなかった、あの時の俺じゃない。萌という上級者のインストラクターを付け、ゲームでの実力は大幅に上がっている。俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ!


「いいでしょう。挑戦を受けてやるであります! しかし負けたら、そのサングラスを取るでありますよ?」


「上等だコラァ! こっちこそテメェのギャグ眼鏡を粉砕してやるよ! 泣きながらゾフでオシャレ眼鏡でも購入するんだな!」

「うう~っ! 言ったでありますね! 眼鏡デスマッチです! さっさと対戦台に座るのであります!」


「おう、今から並んでやるよ! 首を洗って待ってろ!」

「大人しく並んでいる間、念仏でも唱えているがいいであります!」


 口の減らない奴だ。年上をバカにすると、痛い目に遭うということを教えてやろう。

 イメージトレーニングをしながら待っていると、やっと二番目まで順番が回ってきた。ゲームプレイを観察しようとして後ろから覗き見るが、金髪ツインテールの使用キャラがタイガーマスクを被ったキングというプロレスラーではない。


 キャラを変えたのかと思っていると、目立つ金髪ツインテール頭が列からはみ出していた。


「なに負けてんだよっ!」

「う、うるさいであります! もう一度並び直すであります!」


 こうなったら俺が勝ち進むしかないようだな。昨日も何度か勝つことができていたし、運が良ければ連勝することも不可能ではないだろう。


 はい、負けた。


「やーい、やーい! あれだけ啖呵を切っておきながら、カッコ悪く負けているであります!」

「うるせぇ! ぶっ飛ばすぞ!」


 よく考えたら、金髪ツインテールを下した相手を、さらに上回る相手に勝てる見込みは薄かった。運の要素は排除して、確実に勝つ手段で攻めるしかない。


 もう一度並び直し、二番目まで順番が回ってくると、金髪ツインテールが列からまたはみ出していた。


「いい加減にしろよ!」

「人のこと言えないであります!」

「あなた達、何をやっているの?」


 二人で醜い言い争いをしていたら、遅れて来た飯妻に呆れられてしまった。


「いや、ちょっとな……」

「取り込み中であります! 部外者は邪魔をしないでください!」


 気が立っている命知らずな金髪ツインテールは、まだ飯妻の纏う雰囲気に気づいていない。生意気な小娘にムカついたのか、飯妻は鬼をも震え上がらせる絶対零度の視線で睨み付けた。


「店の迷惑よ。休憩スペースに来て」

「は、はひっ……」


 怖気付いた俺たちは、黙って飯妻に従うしかなかった。休憩用のソファーに座る。


「で、どうして喧嘩したのか説明してもらえないかしら?」


 飯妻が詰問すると、すかさず金髪ツインテールが俺のせいにした。


「この男が恐喝してきたのであります!」

「嘘を吐くな! お前が挑発したんだろ!」

「小学生みたいな口喧嘩をしないでくれる?」


 喧嘩両成敗ということで、二人とも飯妻から説教を受けた。みっともなく罪を擦り付けている場合ではない。


「あ、あなた達は一体、何者でありますかっ⁉」


 叱られて泣きそうになっている金髪ツインテールのため、飯妻は話を円滑に進めようとした。


「あたしの名前は飯妻萌。朝芽高校に通う一年生よ」

「俺の名前は大河原青海。郡山西高校に通う一年生だ」

「ちなみに、あたしと青海は幼馴染でもあるわ。あんたは?」


 飯妻が補足説明をする。それはいいのだが、どうして勝ち誇るような表情なんだ?


「ふん、どうでもいいであります。我輩は鼠田椋。黎明中学校に通う、中学一年生であります」


 黎明中学といえば、エスカレーター制の有名な私立女子中学だ。お嬢様校の人間が、どうしてゲームセンターにいるんだ?


「よし、ムックね。こうなった経緯を話しなさい」

「ムックではなく、椋であります! 変な名前で呼ばないでください!」

「そうだぞ飯妻。鼠『だ』が可哀想だろ」

「鼠『だ』ではなく、『た』であります! 田んぼの田と書いて、『た』! 濁音はいらないのであります!」


「じゃあ、鼠ね」

「『田』を付けろであります! 『田』を!」

「ややこしい名前ね。話が全く進まないわ」

「勝手に間違えているのは、そちらでありますよっ⁉」


 それはその通りなので、間違えないように提案を出した。


「だったらあだ名で呼ぶとかはどうだ?」

「ムックが駄目なら、雪男と呼ぶしかないわね」


 気に入るわけがない。


「選択肢が少なすぎるであります! もう、プレイヤー名で呼び合った方が早いのではありませんか?」


 一心ファ乱さんみたいに見ず知らずの人間だったら、本名で呼び合うよりかはプレイヤー名で呼び合った方が安全だろう。


「青海はまだカードを購入してないのよ」

「マジでありますかっ⁉ さっさと買って、登録してくるであります!」

「まぁ、そう急くなよ。鼠田のプレイヤー名はどんなのなんだ?」


 今後のゲーム人生を左右しかねないので、慎重に考えたい。そしてあわよくば他のを少し参考にしたい。


「我輩のプレイヤー名はクローチェであります!」


 男の俺には聞き慣れない単語だったが、同じ女である飯妻は知っているらしい。椋に対してメンチを切る。


「子供が高級シャンプーを使ってどうするの? 女なら黙ってヴィダルサスーンよ」

「シャ、シャンプーだけは譲れないであります!」


 どうやらシャンプーの名前のようだった。飯妻がキレるので、プレイヤー名で呼び合うのも無理だな。ってか、シャンプーの名前を付けるのが流行っているのか?


「普通に下の名前で呼び合うか」


 名字は言い辛く、プレイヤー名でも確執が生まれる。あだ名は論外とすれば、最終的に行く着く先はそこしかなかった。


「我輩はいいですよ?」


 これでいちいち、金髪ツインテールと呼称する必要がなくなった。あっさり承諾したということは、俺の意図を読み取ったということでいいんだな?


「青海がそういうのなら……というか、あたしは元々呼び捨てだったわよ」

「そうだっけ? まぁ、呼び方も決まったし、ゲームしようぜ」

「今度は負けないでありますよ~っ!」

「受けて立つぜ!」

「待って」


 なるべく自然を装って筐体へ戻ろうとしたら、飯妻に呼び止められた。掴まれた肩に、指が強く食い込んでいる。


「どうして喧嘩をしていたのか、説明がまだだったわよね?」


 最後まで誤魔化すことができず、ありのままを打ち明けることとなってしまった。


「何が純粋にゲームを楽しみたいよ。 完全なる私怨じゃない」

「負けず嫌いなのは本当だったろ?」

「男が言い訳しない!」

「ごめんなさい……」


 幼馴染の剣幕に、どういうわけか逆らえない。


「ふっふっふっ……それでは雌雄を決するであります!」

「まだ混んでるぞ」

「初心者用の台を使えばいいじゃない」


 頭いいな……。昨日の今日だからか、マナーの悪い客はいない。


「それは我輩のプライドが許せないであります」

「ゲーム歴は?」

「半年であります」

「全く問題ないわね。早くやったら?」


 有無を言わさず、無理やり初心者用の台に座らせる。


「う~、屈辱であります……」


 こういう奴が多いから、初心者用の台は空いているんだな……。


 どうでもいい悟り方をしながら、俺も対戦台に座って百円玉を投入した。椋はキングを選択し、俺はレオを選択した。いよいよ、因縁の対決が始まろうとしている。


「覚悟はいいでありますか?」


 ステージの中央で向かい合うタイガーマスクのキングと、金髪美少年のレオ。同じ相手に負けるわけにはいかない。


「いつでも来い」


 ゲームスタート。


 突然の衝撃に備えるため、俺はガードを固める。そして少し距離を取ってから、小技を布石にして攻め立てるのだ。その戦法が功を奏したのか、相手も攻めあぐねていた。だがそれはお互い様であり、俺も決定打を与えられずにいた。


 このまま削り合いの泥試合になっていくのかと思った矢先、相手が先に仕掛けてきた。防御無視の投げ技で、拮抗状態を打破したのだ。俺は為す術が無いまま、壁に叩きつけられる。


 突進してくる相手に対応するため咄嗟にガードをしたが、それを読んでいたかのように腕で足元を薙ぎ払われる。そして空中コンボに移行し、またもや壁に叩きつけられると、その状態から投げ技をされた。レオの体力はゼロになり、一ラウンドを取られる。


「なんだあの投げ技はっ⁉」


 思わず叫んでしまうと、萌が解説してくれた。


「壁に叩きつけると発生させることができる、少し変わった投げ技よ。壁投げのコマンドは普通の投げ技と同じだけど、特定のキャラにしかこの技は無いわ」

「投げ技が豊富なんて差別じゃないか⁉」


 レオには普通の投げ技しかない。あの状態でも高威力の投げ技を出せる、キングの方が優遇されているだろう。


「馬鹿の一つ覚えみたいに、ガードばかりしている方が悪いであります!」


 プツッ。よくも言いやがったな……。目に物を見せてやるぜ。


 第二ラウンドが始まった。さっきと同じくガードを固めていると、さっそく相手は下段攻撃でコンボを狙ってくる。それが囮だとも気づかずにな。


「馬鹿め!」


 見え見えの攻撃をガードし、立ち上がりながらのRPで相手を浮かせた。そのまま空中コンボに移行し、完璧なフィニッシュで相手を壁に叩きつける。


 その後も間髪入れずに壁際で攻撃をしていると、ステージの壁が破壊され、さらに追撃のチャンスが回ってきた。元より高火力キャラであるレオのコンボを受け、相手のダメージは半分以下になっている。


「ピンチであります!」

「現在進行形でなぁ!」


 この好機を逃すわけにはいかない。俺は相手に向かって突進していった。

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