Episode 5.Challenge
喫茶店で飯妻のレクチャーを受けた後、さっそく近くにあるゲーセンへ向かった。
「騒がしいな」
格闘ゲームの筐体だけでなく、スロットや音ゲー、コインゲームまである。これではゆっくり落ち着いて話などできなかっただろう。一度喫茶店で待ち合わせたのは正解だった。
「ここは街で一番大きなゲーセンだから。時々イベントも開かれるのよ」
「混み過ぎだろ」
「初心者用の台もあるはずよ。ちゃんとマナーを守っているかは知らないけど」
鉄拳の筐体には、一際大きい人だかりができていた。
「見事に埋まってるな」
「待つ間に攻略本でも読みましょ」
「そんなものがあるのか?」
「休憩スペースに何冊かね。ソファーに座っていて」
言われた通り、店内の隅にある少し大きめのソファーに座った。飯妻が本を片手に隣へ座ってくる。
「これよ、『拳怒重来』」
「分厚いな。参考書かよ」
受け取った本の重量に気後れしながらも、パラパラとページを捲る。
「ガードやレバーの練習は後でするけど、対戦をするなら立ち回りの仕方を覚えないといけないわね。レオのページもあるから読んでおくこと」
序盤の方には、初歩的でありながら便利な機能が書いてある。中盤には各キャラの詳細なコマンド。終盤には対戦攻略が事細かく載っていた。
「とても参考になるけど、読んでるだけで一日が終わりそうだ」
「ほどほどにしときなさいよ。それじゃあ、今日来た意味が無いわ」
「分かってるよ。でも、レオのコマンドは複雑だな」
レオにだけ、他のキャラにはない独特な操作方法があった。他にもトリッキーなキャラはいるのだが、もっと簡単なキャラにした方が良いのだろうか?
「レオの操作が難しいのは最初だけ。練習して慣れてしまえば、初心者から上級者まで幅広いプレイができるわよ」
もしかして俺は励まされたのか? いや、性格のキツイ飯妻に限ってそれはない。しかし、飯妻のお墨付きならレオのままでもいいのだろう。
そのまま攻略本を二人で読んでいると、爽やかな眼鏡の男性が話しかけてきた。俺とは対照的な人種である。
「やぁ、ヴィダルさん。久しぶりだね」
ヴィダルって誰だよ? ぶん殴ってやろうかと思っていると、隣の飯妻が立ち上がり丁寧にお辞儀をする。
「一心ファ乱さん。御無沙汰しています」
え、そんな変な名前の奴と知り合い? しかも敬語って。
「隣にいるのは彼氏?」
「違います。昔の知り合いにゲームを教えているだけです」
否定するの早っ! まぁ、いいんだけどさ……。なんかモヤモヤするわぁ~。
「ああ、そうなんだ。今日は対戦してかないの?」
「初心者用の台が空くまで待っているんです」
「今は混んでるからね。みんな関係なく使ってるんじゃないかな?」
「やはりそうでしたか」
筐体の方を覗くと、未だ客足に衰えは無かった。活気に満ち溢れていて、人が減る気配が一向にない。
「なんならオレから言っといてあげるよ」
「ありがたいです。お願いします」
飯妻から一心ファ乱さんと呼ばれた人物は休憩スペースから離れ、一人筐体の方へと歩いて行った。
「あの人は誰?」
「あれは一心ファ乱さん。鉄拳で知り合った人よ」
口の悪くなった飯妻が敬語を使うとは、よほど一目置かれている人なのだろう。
「それって本名なのか? お前もヴィダルとか呼ばれてたし」
「ただのプレイヤー名。カードを買ってネットで登録すると、プレイヤー名と戦績が対戦時に表示されるの。ゲーセンの顔馴染になると、プレイヤー名で呼ばれるようになるのよ」
「なんでシャンプーの名前?」
「放って置いてくれる? 好きなのよ」
どうせ特に思いつかなかったからなのだろうが、使っている内に愛着が湧いていたようだ。あまり追及しない方がいい。
「そのカード、俺も買った方がいいのか?」
休憩スペースの横には、カードの券売機がたくさんある。さっきから、それを提示してプレイを始めている人が多かったのだ。
「無くてもプレイに支障は出ないわ。さっきも言ったように戦績も表示されるから、もっと上達してから購入することね」
「そういうものか」
「いいから、あたし達も行くわよ」
俺のために行動してくれているのだから、その俺が現場に行かないのは失礼か。筐体の方に近づくと、既に一心ファ乱さんが交渉中だった。
「優月さん。ここは初心者が練習する台ですよ。隣に移ったらどうですか?」
「うるせーな。混んでるんだから別にいいじゃねーかよ」
一心ファ乱さんと話しているのは、長い陰毛のような髪を明るく染めているヤンキーデブ眼鏡だった。マナー違反の客だけあって、見た目からして面倒な相手っぽい。飯妻が静かに舌打ちをする。
「チッ、あいつか……」
「マナーは守りましょうよ。ここはみんなのゲームセンターですよ」
「練習してーなら、家庭用ゲームでも買えばいいだろ。そんなに偽善者ぶりてーのか? なんなら相手になってやるぜ?」
どうしてあの男は、俺たちと同じくゲームを楽しむ立場でありながら、上から目線でものを言えるんだ? 昨日のキモデブ眼鏡といい、何が人を狂わせる?
「武力解決は好きじゃないんですけど、優月さんがそう言うのなら分かりました。受けて立ちましょう」
対戦台の向こう側で並んでいた人達が、一心ファ乱さんに順番を譲る。
「よく観ておいて。攻略本を少しでも読んだ今なら、あんたでも凄さが分かると思う」
飯妻が忠告する、その意味が理解できた。
一心ファ乱さんは、名前の通りファランを選択。テコンドーという、足技が主体の武術を得意とするイケメンキャラだ。
対してプレイヤー名に優月と表示されている男は、カポエラーという足技が特徴的な、エディというドレッドヘアーの黒人男性を選択した。
近距離攻撃でこそ効力を発揮するファランと、遠距離からトリッキーな下段攻撃で敵を寄せ付けないエディ。
一見するとファランの方が不利かと思いきや、ファランはエディの下段攻撃を次々と防ぎ、あっという間に接近した。そして繰り出される高火力のコンボ。体力ゲージの減った相手はなんとか逃れようとするが、ファランは猛追して少しも距離を空けなかった。
その調子で一ラウンドを取ると、残り二ラウンドもあっさりファランが勝利してしまった。負けて腹立たしいのか、エディ使いの相手は台パンをし、文句をいいながらまた投入口に百円を投げ入れた。
「混雑時の連チャンはマナー違反ですよ」
「うるせぇ! 黙れっ!」
一心ファ乱さんが注意するも、それは優月の神経を逆撫でするだけになってしまった。これではとことん打ちのめされてもらうしかない。
二人が対戦している間、飯妻に解説を頼む。
「相性は悪いのに、どうして圧倒することができるんだ?」
「下段攻撃は崩しとしては優秀だけど、ガードされると通常よりもフレーム数が多いのよ。そこに立ち上がりながらのRKなどで素早く反撃することができるってわけ。よく使うテクニックだから、ちゃんと覚えておくのよ」
簡単に言ってくれるが、下段だけを見極めてガードすることなんて俺には不可能だ。下段攻撃に過信してはいけないとだけ覚えておこう。
「ついでに言っておくと、エディの攻撃は複雑のように見えるけど、実は空中コンボの入力自体は簡単なの。そして人は追い込まれると、無意識の内に簡単なコンボを出したがるものよ。ただでさえ単調な攻撃パターンを少なくさせることで、次の相手の行動を予測できるというわけね。まぁ、これは一心ファ乱さんくらいにしかできないことだけど」
焦って攻撃を当てようとするだけ、泥沼に嵌っていくのか。
優月の背後で飯妻が解説していたせいか、優月は諦めて台を蹴飛ばして去っていった。どうやら聞こえていたらしい。多分、飯妻は聞こえるように解説していたのだろうけど。
「ほら、席が空いたわ。相手してもらったら?」
せっかくなので一心ファ乱さんの対面に座る。
俺が飯妻から教わったものは知識だけだ。技術はこれから体で覚えるしかない。赤ん坊に毛が生えた程度の俺が、一体どこまで通用するのだろうか。俺が今いる場所と、強者との差を試したい。
「と言っても、オレが勝ったらいけないんだけどね」
周りにいた客たちの笑い声を聞きながら、心を落ち着かせて百円玉を投入した。キャラ選択は勿論レオだ。
「お手柔らかにお願いします」
「はいよ」
ゲームが開始される。
一心ファ乱さんは手加減しているようで、先程までの動きにキレは無かった。それでも下段を入り混ぜたコンビネーションなどで、俺にガードの練習をさせてくれた。制限時間が近づくとわざと空中コンボをさせてくれるのだが、やはり最後が上手く行かなかった。
「落ち着いて一つ一つボタンを入力すること。二回目のWPを打っている間に、素早く236を入力するのよ」
飯妻からコツを助言され、三回に一回はフィニッシュが成功するようになった。最後は勝たせてくれたが、一心ファ乱さんから吸収できたものは多い。後で気づいたら、それが俺にとって対人戦での初勝利だ。少し自信がついたこともあり、その後の対戦でも上手く立ち回ることができた。
その日はそのまま、夜の二十時まで同レベルの人と対戦したのだった。久しぶりに充実した気分を味わえたと思う。
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