Episode 19.Information
ショッピングモールは大通りに面した所にある。いつも行っているゲームセンターもこの中にあり、平日でも大勢の人間で賑わっている。その人混みに紛れて通り魔に襲われたのは、建物の陰にいたホームレスだった。腹部をナイフで刺され、そのまま出血多量で命を落としたのである。監視カメラの死角で起こった犯行だったため、発見が遅れたそうだ。
何か事件の手掛かりになりそうなものを探すが、時間が経ちすぎていたため、それらしいものは見つからなかった。事件から一カ月経った今でも、アスファルトの上には細かい血痕が残っているような気がした。
次に向かったのは、北にある神社だ。ここが最近に起きた事件現場で四件目ということもあり、マスコミの注目度が高かった。朝のニュースで報道され、同年代の女子が殺されたということで、特に胸糞悪かったのを覚えている。神社の裏は森になっており、そこで遺体が発見された。どうして被害者の女子高生がその場所にいたのかは不明である。森の入り口は立ち入り禁止になっていたため、中に入って調査することができなかった。
そして次に西の公園へ向かう。ここは二番目に事件が起きた場所だ。正確には公園ではなく、トンネルの中である。この公園は線路に即しているため、団地から公園へ行くには線路の下にあるトンネルを通らねばならない。その中を歩いていた途中、子供を連れていた主婦が通り魔の被害に遭った。幸い被害者は一命を取り留め、今も近所の病院に入院しているらしい。
遊具や広場もある割と大きい公園なのだが、今はあまり人がいない。通り魔を警戒して、この場所を避けているのだろう。トンネルも暗くてよく見えないし、駅裏を見て帰ろうか迷っていると、ブランコになーんか見覚えのある人影が目に映った。
「ぷ、ぷぷぷぷ、プッチョ、食べる?」
「わーい♪」
土曜日に対戦したコピンが、俺のサングラスを掛けた少女にお菓子を与えようとしていた。両方とも不審者にしか見えないが、ここは少女の顔を立てる。
「……お前、何やってんだ?」
「げげぇ! ち、チミは確か……」
俺を見るなり、一目散に逃げ出そうとしたコピンの襟首を掴む。
「まさか、懲りずに誘拐しようってんじゃねーだろうなぁ……」
「え? なな、なんだよ! ち、違うって! ぼくチンは迷子を助けようとしただけで!」
「中学生が迷子になるわけねーだろうがぁ!」
この少女は言動こそ幼いが、椋の同級生である。制服だって着用しているし、迷子とは考え辛い。
「ひいいっ! ほ、本当だ! ぼくチンは改心したんだ! 信じてくれ!」
「改心だと? どうして?」
「ぼくチンはクローチェたんの純真さに心打たれたんだ! も、もうあんなことはしないと誓うから、許してくれ!」
「よくもぬけぬけと……。おい、確か梅とかいったな? お前は本当に迷子なのか?」
「迷子じゃないもーん♪」
彼女は無邪気に公園でプッチョを食べていただけのようだ。公園はみんなものであるからして、何ら不自然なことはない。
「ただ遊んでいるだけみたいだが?」
「えええっ! ぼ、ぼくチンはただ、この辺は危ないから早くお家に帰ったら? って、忠告しただけなんだ! そしたら迷子って言うから!」
この少女ならありそうな話である……。変態行為に及ぼうとしたら俺が来る前にできていたわけだし、信じてやってもいい。
「…………本当に改心したんだな?」
「YESロリータ、NOタッチ!」
「分かった。信じてやるよ。でも、こいつをどうするかだよなぁ……。とりあえずサングラス返せ」
「やーだよー♪」
このガキ……。ムキになって追いかけようとした時、俺の携帯電話が鳴った。画面に表示された連絡先を見ると、都合の良いことに多々良さんからだった。
「もしもし。大河原です」
「多々良簪だ。今どこにいる?」
「駅から西にある公園にいます。今から来られますか?」
「いいでしょう、今から向かいます。近くに喫茶店はありますか?」
あまり駅裏の地理には詳しくないが、辺りを見渡すと見慣れた看板が目に入った。
「キーコーヒーがありました」
「了解です。中で待っていなさい」
「分かりました。じゃ、また後ほど」
簡潔な受け答えだけをして電話を切る。現場を巡回したこともあるし、多々良さんの意見もちゃんと聞いて相談したい。
「ちょっと来い。喫茶店に行くぞ」
「わーい♪」
「お前もだよコピン」
「ぼ、ぼくチンもぉ⁉」
「参考人として連行する」
二人を連れて店の中に入ると、カウンターにいる店主が挨拶してくれた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
会釈だけしてテーブルの四人席に座る。店内はなかなかモダンな雰囲気で味があるのだが、梅の無邪気な声がそれを掻き消していた。
「好きなの食べていいのー?」
「ジュースならいいぞ」
「えー、ケチー。パフェ食べたーい!」
「我儘を言うんじゃありません!」
「ぶー」
ファミレスじゃねーんだぞ。コーヒー二杯とミルクココアを注文すると、多々良さんが喫茶店に入ってきた。
「お待たせしました」
「先生だー♪」
「……何故、信濃梅がここに?」
「そこの公園にいたんすよ。なかなか家に帰ろうとしないんで、多々良さんに引き取ってもらおうと思って」
「いいでしょう、引き受けます。そして、隣の方は?」
「は、初めまして! コピンと申します!」
「ゲーセンで知り合った人なんすけど、梅に声をかけてたんで多々良さんに教えといた方がいいかなと」
「やっぱり信用してなかったんだなっ!」
よほどショックだったのか、コピンが食い気味に立ち上がる。
「初めまして。この子の担任を務める多々良簪と申します。あなたが私の生徒に手を出したのですか?」
「いや、あの、でも、手は出してないです! どうか酌量の余地を!」
「もしも何かしたら、この私が直々に制裁を加えます」
「は、はいいっ!」
背筋を伸ばし敬礼するコピンを無視し、多々良さんは梅の隣に座ってマスターにコーヒーを注文する。
「では、本題に入りましょう。あ、席は外さなくても結構ですよ」
このまま逃げようとしていたコピンに向かい、多々良さんは鋭い視線で釘を刺す。コピンが席についたのを確認してから、彼女は俺に質問してきた。
「今日、街を巡回してみてどうでしたか?」
「事件現場を一通り回ってみたんですが、これといった成果はありませんでした」
「それでいいのです。私としては、信濃梅を見つけてくれただけでも、十分な成果と言えます」
お使い程度の働きしか期待されていないのね……。まぁ、それが条件だったわけだし、自由にやらせてくれるだけでもいいか。
「多々良さんの調査は、どの辺まで進んでいるんですか?」
「現場にいた人から訊き込みをしたのですが、あまり有益な情報は得られませんでした。しかし、一つだけ気がかりなことがあるのです。先週、女子高生が神社で殺害された事件を知っていますか?」
「はい。でも、現場は立ち入り禁止でしたよね?」
「そうです。なので、被害者の親族や友人、神社の宮司にも訊き込みをしました。ですが、被害者が神社に行く理由が見つかりません。家からも遠いですし、あまりにも不自然だと思いませんか?」
確かにそこは俺も不自然だと思っていたが、それよりも多々良さんの調査力に感心する。自分はそこまでの行動力が無かった。人が見習っていると、話の流れを汲み取ったのか、コピンが何かを言いたそうにしていた。
「なんだよ?」
「あ……死体をそこに捨てたというだけで、れ、レイプが目的なんじゃ……?」
「それも考慮しましたが、遺体にそれらしい外傷はなかったそうです」
多々良さんはその情報を、一体どこから仕入れてくるのだろうか? 今度こっそり訊いてみよう。コピンはなおも推測する。
「さ、攫ったのはいいものの、計画が不十分で、抵抗した女子高生を勢い余って刃物で刺したのかも……ね?」
自分の生徒に穢れた話を聞かせたくないのか、多々良さんは見るからに不機嫌そうだった。注文したコーヒーを飲みながら睨み付けている。
「大河原青海。この人はなんなのですか? 不愉快極まりないですね」
「同感です。っていうか、お前が犯人なんじゃねーのか?」
「し、失礼なっ! ぼくチンはただ、憶測で言っているだけで、他意は無い!」
「それにしても発想がゲスです。やはり警察に突き出して、然るべき場所で事情聴取をした方がいいのでは?」
「冤罪だ! ぼくチンは無罪を主張する!」
言い訳は署で聞く。弁護士を呼べ! などという、無駄なやり取りをしていると、ココアをちびちびと飲んでいた梅が徐に言った。
「わたし見たよー。女の人が無理やり車に押し込められてた」
「何っ! それはどこだ⁉」
「わたしの家の近く」
いや、どこだよ。
「そこの団地がある方面ですか。攫われたのがあなたでなくて本当に良かったですが、これからは日が落ちる前に帰宅しなさい。先生との約束ですよ」
「はーい」
担任だけあって、問題児の扱いが上手い。話が円滑に進んで非常に助かる。
「そうすると、通り魔の他にも事件を起こした犯人がいるんですか⁉」
「そうなりますね。犯行のカモフラージュとして、通り魔事件に紛れ込んだのでしょう。許せません……」
「先にそいつらを捕まえた方がいいんじゃないですか?」
そんな奴らがまだ街を徘徊しているのかと思うと、椋だけでなく萌や姉まで心配になってくる。頭悪そうだし、簡単に見つかりそうな気もするのだ。
「早急に手を打ちましょう。明日は住宅街を中心に巡回します」
「じゃ、俺も……」
「駄目です。夜に私が歩いていれば、あわよくば犯人が釣れるかもしれません」
「だったら、なおさら!」
「ご心配には及びません。敵が集団だろうと、私一人で壊滅できます。その時にあなたがいても、足手まといにしかなりません」
うん、説得力あるわ。一度この人に殺されそうになったので、多々良さんの実力が強いのは知っている。
「でゅふふ……でゅふふ……足手まといとかダサ(笑)」
「あん? 何だテメ、殺すぞ?」
「ひいいっ!」
こんな奴を殴っても仕方ない。それに、俺の巡回だって事件を解決する糸口になるかもしれないのだ。ここは納得するしかないだろう。
「……分かりました。明日も俺は今日のルートを巡回してます。何かあったら連絡ください」
「了解です。では、今日はこの辺でいいでしょう。気をつけて帰りなさい」
「バイバーイ♪」
別れを言って店を出る。俺は駅へ。二人は住宅街の方へ向かった。
「あれ? お会計は? ちょ、ちょっとおおおおぉぉーーーーッ!」
コピンの悲鳴は聞こえないフリをして、俺は夜の街へ繰り出したのだった。
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