Episode 20.White

 時刻は二十三時。補導されるギリギリまで街を巡回し、そろそろ日付が変わろうとする時間に帰宅したのだが、家には全く明かりが点いていない。


 姉はもう寝ているのだろうか? だとしたら、音で起こさないように自分の部屋まで辿り着かないといけない。植木鉢に隠された鍵を拾い、裏口から静かに入る。抜き足差し足で階段を上り切ると突然、居間の明かりが点けられた。


「曲者めっ!」

「うおおおおおおおおおおっ!」


 咄嗟に身を捻ると、鼻の先を刃が掠っていく。


「実の弟に何すんだコノ野郎っ!」

「こんな夜中まで、どこをほっつき歩いてた!」


 なんて説明したらいい? 馬鹿正直に事件の犯人を捜していると言えばいいのか、それとも開き直って夜遊びを覚えたとでも言えばいいのか。どっちにしろ、この剣幕では殺されるだろう。このまま黙っていても殺される。あれ、詰んでね?


「お姉ちゃんに言えない事なのか?」

「男には、やらねばならない時がある!」


 なんかデジャヴ。俺って、言い逃れする時は諦めが悪いのね。姉はそんな弟に呆れたらしく、溜息を吐く。


「本当、お父さんにそっくり」

「やめてくれ! あんなのと一緒にするな!」


 俺の親父といえば、武術の修行と称し、家族を置いて旅立ってしまった自分勝手な人だ。それでも毎月の生活費は振り込まれているらしいが、その収入源が謎に包まれているので信頼はできない。事実、お袋が病気で亡くなる時も、親父は看取りにも来なかったのだ。あんな大人にはなりたくない。


「もう何も言わん。好きにしろ」

「勝手に納得しないで!」


 姉の背中に手を伸ばすもそれが届くことは無く、自分の部屋に戻って行ってしまった。親父に似てきたと言われるのは心外だが、それでお許しが出るなら我慢しよう。


「私も人のことは言えんしな……」


 姉が一人で何か意味深なことを呟いていたが、あまり気にしないようにした。それよりも、とにかく早く休みたい。明日も調査を続けないといけないため、俺も自分の部屋に戻って就寝した。


× ×


 次の日も昨日と同じく巡回し、特に異常は見つけられなかった。外も暗くなって、そろそろ帰ろうか悩んでいると、萌から一通のメールを受信する。題名は無く、駅中のハンバーガーショップに急いで来いとだけ記されてあった。


 事件に関わる際に怒らせてしまったので、断るわけにもいかない。待ち合わせのハンバーガーショップに着き、ガラスの向こうに萌がいるのを見つけた。


「何だよ急に?」

「何だよ、とは失礼ね。事件の捜査を手伝ってあげるんじゃない」


 やっぱり萌も口では不満を言いつつも、友達想いのいい奴である。憎まれ役をかってでも友達を守ろうとするその姿勢に、俺はけっこう感動した。


「……ありがとな。それで、何か分かったのか?」

「目星というか、尻尾のようなものを掴んだだけよ。あまり期待しないでね」


 何もあての無い俺にとっては、非常に貴重な情報である。期待するなと念を押されても期待してしまった俺は、速く知りたくて急かしていた。


「それでもいいよ。早く教えてくれ」

「あんた、ホワイトライオットっていうチーム知ってる?」

「クラッシュの曲だろ?」


 和訳すると白い暴動である。曲は短いが、その分スピーディでキャッチーな名曲だ。パンクバンドの中で、俺はクラッシュが一番好きかもしれない。


「そうだけどそうじゃなくて、いわゆるカラーギャングよ」

「はぁ? 今時そんな奴らがいるのか?」


 カラーギャングというのは、各々のチームカラーを持ち、その構成員はチームカラーのバンダナや服などを着用して、グループを誇示している不良集団のことだ。俺もドラマで観ただけだが、実際に十年以上も前に流行っていたらしい。


「それが存在するの。今回の事件について何か知っているんじゃないかしら」


 そういえば、前に魔導師のような白装束を着込んだ人が駅中にいた。しかし、それからは街を巡回した時にも、見かけるようなことはなかったはずだ。


「でも、どうやって接触するんだよ? 訊き込みをしたからって、正直に話すような連中じゃないだろ?」

「今日の夜、集会があるらしいの。だからチームに入るフリをして紛れ込むわよ」


 なんとも大胆な作戦である。彼女がここまで肝が据わっていることに驚きだが、俺も怖気付くわけにはいかない。


「分かったよ……。服は? 何も用意してないぞ」


 ホワイトライオットと名乗るからには、チームカラーは白なのだろう。白い服などシャツくらいしか持っていないが、あまりにもフォーマルすぎる。


「柔道着があるわ」


 ファッション性の欠片も無かった。


「駄目だろ」

「白帯よ」


 だからなんだと、普通なら一蹴するのだが、白帯かぁ……。チーム名の由来がパンクバンドだし、音楽好きならその辺のジョークが通用しそうである。白帯ってのがいい。


「うーん……なんか、これはこれでアリな気がしてきた……」

「でしょう?」


 この微妙なユーモアが伝わって嬉しいらしい。店内だというのに、袋から柔道着を取り出し、広げて見せている。


「それで集会する場所はどこなんだ?」

「駅裏にある工事現場を利用しているみたいよ。時間までは分からなかったから、もう行った方がいいわね」


 萌の提案に従い、足早に店を出た。そして駅裏へ繋がる地下通路を通る。


「それにしても、どこからそんな情報を?」

「ネットで調べてみたらホームページがあったわ」


 情報社会、恐るべし……。


 ちなみに、この地下通路は三番目に通り魔事件が起きた場所である。地下通路自体は長い直線なのだが、何故か出口付近で直角に曲がっており、鏡を通してでないと曲がり角の先を視認できない。遺体は出口付近に倒れていたため、待ち伏せしていた所を運悪く襲われたというのがニュースで見た推測である。


 事件について思い出したら不安になってきたので、萌にも忠告しておく。


「親御さんの帰りが遅くなっても、夜は一人で出歩くなよ?」

「それ、多々良さんにも言われたわ。彼女があんたのことも昨日のことも全部、あたしに説明してくれたのよ」

「知っていて潜入捜査を実行するのかよ⁉」


 多々良さんの言葉を無視するとは、命知らずな奴だ……。しかも、いつでも俺を壁にできるという、完璧なリスクマネジメント……。


「まぁ、あの人なら一人でも囮捜査できるわよ。それに犯人と思われるチームは集会があるわけだし、今日のところは大丈夫ね」

「いや、俺はお前のことを心配してんの!」

「……不良のくせに情けないことを言わないで。それに、あんたが守ってくれるんでしょ?」


 そんなことを言われてやる気が出てしまう俺は、きっと救いようのない馬鹿だ。これはなんとしてでも、彼女を守り通さなければいけない。


 地下通路を抜けると、病院が立つ予定の工事現場がある。立ち入り禁止なのだが、中を覗くと白い格好をした物が数名立っていた。魔導師のような白装束を着た者も、何人かいる。


「ここよ。もう既に何人か集まっているようね。さ、早く着替えて」


 萌に手渡された柔道着をその場で羽織る。上着の上から着られるので便利だ。帯を締め、堂々と歩いて彼らに近づく。


「ん? なんだテメェら?」


 昔の暴走族を連想させる特攻服を着た男が、こちらを睨みつける。強面の顔に怯まず、親しみをもって話しかけた。


「こんちゃーす! 俺たちもチームに入れてもらっていいっすか?」


 いかにも下っ端っぽい雰囲気が功を奏したのか、相手の警戒心が緩む。このままのノリで馴染んでしまおう。


「まぁ、入りてぇなら歓迎するけどよ、そのダッセェ服はなんとかならねぇのかよ?」

「何言ってんすか! こちとら白帯を守り続けて十五年っすよぉ! まさにロックンロールってやつっす!」

「……ロックンロールかは知らんけど、別にいいか。リーダーが来るまで待ってろ」

「あの、リーダーというのは、どういう人物ですか?」


 後ろで控えていた萌が前に出る。


「ああん? そりゃお前、すげぇに決まってんだろ」

「具体的には?」

「なんつったって、見た目は子どもで頭脳は大人らしいぜ?」


 凄さの尺度が意味分かんねーよ。


 これ以上の質問は無意味と悟ったのか、萌は黙ってリーダーが来るのを待つことにした。


「事件については、まだ訊かない方がいいよな?」

「そうね。もう少し様子を見て、信用を得らないと怪しまれるわ」

「そのためには、何回か集会に参加しないと駄目なんじゃないか?」

「できれば、今日中にアクションを起こしたいところだけど……」


 今後の作戦を確認し合っていると、さっきと違う人から話しかけられる。


「おい、新入りぃ! 何をコソコソ喋ってんだコラァ!」


 白いバンダナにフレームの薄い眼鏡と、腹の出たTシャツに洗濯しすぎて色素が抜けた古いGパン。病人用のマスクを被れば給食当番にしか見えないその男に、俺は昨日会ったような気がした。


「……お前、コピンか?」

「馴れ馴れしく呼んで……え?」

「どうしてここにいる?」


 萌もコピンを思い出したのか、冷たい口調で詰問する。


「いやあの、なんのこ、ことだか」

「しらばっくれてんじゃねーよ。テメー知ってて昨日、このことを話さなかったな?」


 このことを言っていれば、多々良さんが一人で囮捜査をすることもなかった。つい怒りでコピンの胸倉を掴んでしまう。


「ひいいっ!」

「うるせーぞ下っ端共! リーダーのお出ましだ!」


 騒いでいたらスキンヘッドの男に怒られる。気づいたら広場を埋め尽くすほどの白い人間が集結していた。とりあえずコピンのことはどうでもいいので放って置いて、リーダーの顔を一目拝もうと前に出ようとし……唖然とする。

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