Episode 21.King

 何人かに囲まれて現れてきた人物は、タイガーマスクからはみ出る神々しい金髪を靡かせていた。さらに衝撃だったのは、子どもにしか見えない小さな体躯である。


「リーダーじゃねぇ! キングだ!」

「すいやせん!」


 側近らしい女性がスキンヘッドの男を窘めた。その外見は白というより、プラチナブロンドの流麗なロングヘアー。眉毛も睫毛も銀色のため、天然ものらしい。おとぎ話から出てきたような美人だが、右目の眼帯と、左目の青い瞳の凛々しい目つきが凄みを利かせていた。


 どうやら珍しいことに、ここは男性よりも女性が強いチームらしい。だとしたら、強姦なんて行為がチーム内で許されるのだろうか? そう思案していると、側近の女性がメンバーの前に立つ。


「これからホワイトライオットの集会を始める! だがその前に、新しくメンバーが入会したようだ! 前に出て自己紹介しろ!」


 マジでか。こんな大勢の前で名乗り出るのかよ。まだ心の用意が……。


「……おい、出番だぞ」


 メンバーの誰かに急き立てられる。ええい、こうなったら自棄だ。どうとでもなれ!


「押忍! 大河原青海! 一五歳です!」

「押忍。飯妻萌。同じく十五歳です」


 こんな場であっても萌は淡々としている。自己紹介はこれで以上だが、キングと呼ばれるリーダーには何ら動きが無い。マスクで表情は読めず、硬直しているように見えた。


「……キング? どうかしやしたか?」

「あ、いや、何でもない。よろしく頼む」


「分かりやした。では、今回集まった主旨を説明する! この頃、我らのチーム名を語って犯罪を行う不届き者が出没しているらしい! これは許し難ぇことだ! こんなことをするのはおそらく、プロミスキャストの連中だろう! 今夜中にこいつらを全て捕まえ、血祭りに上げんぞぉ!」

『おう!』


 は? このチームも事件の真犯人を捕らえようとしているのか⁉ まさか目的が同じだったとは、予想外の活動である。


「各自、探索に向かえ! 見つけたら連絡し、応援が来るまで追跡しろ! 決して一人で早まるなよ! 分かったかぁ⁉」

『おう!』

「三時間後、またここに集まれぇ! んじゃあ、散開ッ!」


 合図に応じてメンバーたちはバイクに乗り、それ以外は駆け足で広場から出ていく。まだ状況を呑み込めず、広場に残っていた俺と萌に側近が近づいてきた。


「どうした新入り?」

「……えーっと、チームで何が起こっているんですか?」


 主旨も動機も説明は受けた。しかし、急すぎる展開に頭の中で整理がまだできていない。そのことを告げると、側近は面倒臭そうに話してくれた。


「最近になって発生している通り魔事件のことを知っているなぁ? その冤罪が我らホワイトライオットにかけられている。そんで無罪を証明するために、真犯人を見つけるんじゃ。分かったらとっとと、お前らも探しに行かんかい!」


 思い切り尻を蹴っ飛ばされる。そのまま逃げ出したくなったが、萌はまだ冷静に状況を分析しようとする。


「プロミスキャストというのは?」


「アタイもよくは知らねーが、政治目的の無いテロリストと、規模の小さいレジスタンスのようなもんだ。特徴があるとすれば、こいつらは組織じゃなく、集団じゃ。闇雲に探して見つかるもんじゃねぇ。だとしても、舐められたまま大人しくしているわけにもいかねーんだよ。必ず警察よりも先に見つけ出して半殺しにする」


 チームの面子を汚されて、怒り心頭の様子である。これならチームに協力した方が人数も多いし、効率良く犯人探しができそうだ。


 だというのに、萌が放った言葉は期待を裏切るものだった。


「情報ありがとうございます。よーく、理解しました。なので、あたしはこのチームから抜けます」


 潜入捜査先の人間から情報を引き出すために、交流を深めて信用を得るというプロセスを飛ばせたが、だからといって手の平を裏返すようなことをしてしまっては元も子もない。


「……お前も死にてぇらしいなぁ」

「おいっ、何を考えて……」

「ネズミ! 出てきなさい!」


 萌が叫んだのは、鼠田椋のあだ名である。そしてそれを、ホワイトライオットのリーダーに向けて言ったのだ。


「…………」


 バイクに跨ってこちらの様子を見ていた彼は、全く何の反応も示さない。小さな体躯に金髪という特徴は確かに椋を思わせるが、ここに彼女がいるシーンを想像できない。なんとも馬鹿げた話だ。


「冗談は止せよ。あいつがここにいるわけないだろ?」

「事情を説明して」


 俺のことは無視して、萌はリーダーをさらに問い詰める。暫し無音の時が流れると、リーダーは自分からタイガーマスクを脱いだ。青い瞳と柔和な輪郭はまさしく椋のそれであり、その素顔は涙と鼻水でグチャグチャに濡れていた。


「……わ、我輩は悪くないでありますぅ……ひぐっ……」

「なんでいるのっ⁉」


 ここに来てからというもの、心臓に悪い出来事ばかり起きている。その中でも今回のサプライズに関しては、心臓が飛び出す衝撃であった。


「キング! どうして泣いてるんでい⁉」

「うぐっ……気づいたらこうなっててぇ……」

「怒っていないから泣き止みなさい」

「うええええ~~~~んっ!」


 駄目だこりゃ。泣き過ぎて椋は落ち着いて話せる状態ではなく、萌は矛先を側近に向ける。


「あんた、ネズミとどこで知り合ったの?」

「誰がネズミじゃあ! このお方はキングだ!」

「いいから答えて」


 有無を言わさぬ萌の視線。威嚇する野生のような目つきの側近とは対照的に、それには刀のような鋭利さがあった。


「……チィッ。一人でこの辺を歩いていたから、拉致ったまでだ」


 普通に暴露しているけど犯罪だろ。萌はなおも質問を続ける。


「拉致った理由は?」

「はァ? どうしてアタイが答えにゃならんのじゃ」

「いいから」


 能面のように表情を変えない萌。その威圧に押され、側近はか細い声で答える。


「……か、可愛いからじゃ」


 ………………は? 聞き間違いかもしれない。そんな一縷の希望に懸けて、萌はもう一度聞き直した。


「ごめんなさい。よく聞き取れなかったのだけれど……」

「可愛いからじゃボケぇ! こんな夜道を一人で歩いてたら、心配にもなろう! アタイは保護してあげたんじゃあ!」

「保護とか、そんな理由で……?」

「そんな理由とはなんじゃい! お前らこそ、どうしてキングと知り合いなんじゃあ⁉」


 それを話すと長くなる。どこから話せば簡潔にまとめることができるのか悩んでいると、先に萌が質問に答えていた。


「知り合いではなく、友達よ。少なくともあんたよりは親密な関係のつもり」

「んなっ!」

「うあ……姉御ぉ……」


 椋は感動のあまり号泣している。


「そんなもん、鼻糞にして丸めて捨ててやるわぁ!」


 女のくせにデリカシーの無い奴だな。右目の黒い眼帯に江戸っ子のような口調といい、冷たい見た目に反して短気すぎるぞ……。


「ちょっと待ってくれ! 事件の犯人を捕まえようっていう目的は同じなんだし、ここは仲良く協力しようぜ!」

「やかましいわボケェ! 文句あんならかかってこいやぁッ!」


 もう会話になってない。そろそろ潮時かと判断しかねていると、俺と側近さんの携帯から同時に着信が入った。姉からだったので思考を中断し、慌てて出る。


「なんじゃい⁉ 今、取組中じゃあ!」

「なんだよ姉ちゃん⁉ え、晩飯? ハヤシライスでいいよ! 補導される十時前には帰るから! 説教は後にしてくれ!」


 通話を切る。ゲーセンで対決して以降は大人しくしていた姉だったが、まだ過保護っぽさは抜け切れていない。まぁ、それもありがたいことだが。


「くッ、野暮用じゃ。お前らを殺すのは後にしてやる」


 そう言うと、側近さんはヘルメットを被ってバイクに跨った。


「ちょ、どこに⁉」

「探索中、メンバーがどこぞの誰かに襲撃されたらしい。すぐに片付けてくるけぇ、首洗って待っとれ!」


 この隙に逃げられると思ったが、自分の中で何かが引っかかる。思い当たる節があるぞ。ここは駅裏だから、チームの皆さんもまずはそこから調べているはずだ。そして昨日に相談した通りなら、多々良さんも西の住宅街を探索している……。


「多分その人、俺の知り合いだ! 一緒に乗せてってくれ!」


 この二人が衝突したら何が起きるか分かったもんじゃない。どちらも頭が固そうだし、話が通じ合わなそうだ。


「アタイの荷台に乗せるんわ、キングただ一人だけじゃボケ! お前は黙って地面に這いつくばってろぉ!」


 ……別に見捨ててもいいんだが、協力者同士で潰し合っている場合ではない。面識のある俺が仲介せねば。


「青海をバイクに乗せるであります! これはキングの命令です!」


 どう言い包めて納得させようか考えていると、椋が側近にお願いしてくれた。


「仕方ねぇ、キングの頼みとあっちゃ断れねぇな。さっさと乗れ!」


 なんだかんだで、椋に対しては甘々だな……。実はいい人なんじゃないか?

まぁ、それはこの際どうでもいい。バイクに乗る前に、萌に言っておかねばならないことがある。


「萌、嫌な予感がするから椋を家に送ってくれ」

「……分かったわ。後はあたしに任せて」


 理解が早くて助かる。女子二人で帰らせるのは危険だが、多々良さんに椋を合わせるわけにはいかない。カラーギャングと関わっていたことが知れたら、とてつもなく面倒臭いことになるだろう。


「早くしろ!」

「はい! じゃ、後は頼んだ! 椋もありがとな!」

「頑張るです!」


 椋の声援を受けながら、渡されたヘルメットを被ってバイクに二ケツする。


「お願いします!」

「飛ばすぜ!」

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